レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 五十二話、似ているのは雰囲気だけ】
数日後、真選組屯所はまた新たな活気に満ちていた。
先の募集によって選ばれた新隊士が加入したからだ。今回は一度に六人もいるらしい。多いのか少ないのかはイマイチピンとこない。それぞれが見習いとして訓練後に各部隊に配属されるとのこと。しかし攘夷組織の手先、あるいは間者等を疑って私には紹介はされなかった。遠くから見ただけで新人なのはわかるけれど。採用試験から数日、真選組幹部の方々はとても忙しかったようで、ゆっくりとお話する機会は殆どない。そして今日、刀の手入れをなさっている沖田さんの元を訪れて、先日見たあのアフロヘアの方について尋ねてみたのだが「ああ、終兄さんのことだろ」と、あっけらかんに言われてしまったではないか。
「真選組三番隊隊長、斎藤終。真選組結成時からの長い付き合いだが、終兄さんは派手な見た目と違ってシャイな人なんでさァ。滅多に口を開かない。隊の中じゃ声を聞いた奴は殆どいねぇ。ま、終兄さんなら隊長格の中でも安心していいぜィ」
「斎藤さん…ですね。覚えておきます」
「まあ野郎ばっかの隊士ですら声を聞いた事ねぇから、異性がどうこう話しかけた所で…いや案外すんなりいくか?ま、頑張れ」
そう言いながら彼は薄く刀に油を塗り広げている。聞いたところによれば、刀の手入れというものは欠かせないらしい。刃の部分は案外毀れやすく、こうして毎日…あるいは数日に一度はメンテナンスが必要とのこと。特に土方さんはほぼ毎日しているという。とても几帳面な方だなと思う。廃刀令が敷かれたこのご時世、一般人の私が本物の刀を見る機会なんて殆どない。その輝きをマジマジと見つめていた。「持ってみるか」なんて言われたけれど、物騒な品物に手が震えて思わず落としかねないので丁寧にお断りしておいた。その代わりお手入れの様子をこうやって眺めさせていただいているのだ。手入れが終わると刀は鞘に収まった。
「あー疲れた。休憩休憩。ったく肩が凝るぜィ」
「お疲れ様です。私で良ければ揉みますが」
「そう?」
後ろに回ると、失礼しますと声をかけて肩に触れる。ポイントを絞って親指に力を入れた
そのままグリグリと回した。後は全体的に血行を流すように撫でると「ああ気持ちいー」なんて首を傾げていた。
「休憩ならお茶などいかがですか?淹れてきますよ」
尋ねると「頼んだ」と、即答。
そのまま席を外して、厨房に向かいお茶を淹れる。食事当番の方がおやつの饅頭を私と沖田さんの分を差し入れてくれた。ちなみに例のバナナはパウンドケーキを作った三日か四日後位に消費しきっていたが。せっかく頂いたので自分用にもお茶を淹れよう。そのままお茶と菓子を盆に乗せて、廊下を歩いていると例の斎藤さんがいた部屋の障子が開いていた。次は、お行儀が悪いけれど意識して中を覗く。
派手な後ろ姿は相変わらず、机に向かって熱心に何かを認めているようだ。その真剣な姿はまるで私が日記を書いているかのよう。私って日記を書いている時、客観的にこんな感じだったんだろうな…なんて想像してしまった。私の視線か気配に気づいたのだろう、その人はゆっくりとこちらを振り返った。
「「…」」
やはり最初はどちらも口を開かずに見つめ合ったまま。そして口を開くのは私から…なのも同じ。でも今回は前とは少し違う。その人の名前を知っているから。沖田さんもこの方は隊長格の中でも安心できる人だとおっしゃっていた。今回はもっと交流を深めてみたかったというのもあるかもしれない。
「あの…斎藤さんですね。沖田さんからお名前を伺いました。以前は一方的に自己紹介して申し訳ございませんでした」
「…」
「これは食堂で頂いたお菓子です。良ければ、どうぞ召し上がって下さい」
「…」
“終兄さんはシャイな人で、滅多に口を開かないんでさァ” と、沖田さんの言葉が浮かんだ。特に会話が始まることは期待していない。そのまま自分の分の菓子とお茶を、彼の向き合う文机の上に乗せる。ある意味強引だけど。もっと段階的に話しかけて距離を縮めたら良かっただろうか。わからない。そもそも距離が縮まるのかもわからないけれど。「では」と声をかけつつ頭を下げて、私は沖田さんが待つ部屋に急いだ。
「随分時間がかかったな。何かトラブルでもありやしたか?」
「いえ。斎藤さんにご挨拶を」
「ふーん。で、終兄さんは何か言ってた?」
「何も!でも前よりは不審に思われていないかな、なんて」
そう言いながら菓子とお茶を沖田さんの前に。すると彼がジーッとこちらを見つめてきたではないか。何だろう。「自分の分も貰ってきたらよかったんじゃねーですかィ」と。確かにそうかもしれないが、実際は自分の分を斎藤さんに差し入れした。それを沖田さんに正直に告げると「終兄さんも幸せもんだ」なんて言われたけど。
「沖田さんも信頼を置く斎藤さんや三番隊について、少し伺いたいのですが…」
「何、終兄さんに興味あんの?」
「はい。本当なら直接お話しするのが一番ですが、まだお近づきになれてないので」
「ま、三番隊は色々とワケありな隊で、俺の一番隊や他の隊とは存在意義が異なるんですぜィ」
何でも、彼が隊長を務める三番隊には今の所斎藤さんを含めて三人しかいないらしい。って、三人?少なすぎではないだろうか。聞いたところによると、他の隊には平均して十数人の隊士が所属しているので、三番隊の所属人数が少ないのは明らかだ。沖田さんの一番隊にも、三番隊から移動してきた方がいらっしゃるらしい。異例の三番隊とは、一体何をする部隊なのだろうか。尋ねてみても曖昧な答えしか返ってこなかった。何だろう。その時「おい
。近藤さんが部屋まで来てくれとよ」部屋に顔を出したのは土方さんだ。すぐに、と返して沖田さんに断りを入れた。
*****
近藤さんのお部屋に案内されると「トシ、茶でも頼めるか。
さんはここに」と明るい笑顔で彼は私に座るように促した。土方さんが勝手場に行こうとするので慌てて、お茶は私が!と制止する。いくら局長の命令とは言え、真選組副長が使い走りなんて…他の隊士に示しがつかないだろう。そのまま近藤さんの部屋を離れて先ほどと同じようにお茶を淹れる。次は三人分だ。再び戻って来た私に食事当番の方が驚いていたけれど、近藤さんと土方さんの分とお伝えした。その言葉を聞いてだろうか次は大袋を差し出される。「さっき届いたもので」とパッケージを見てみると“激カラせんべい”と書かれた真っ赤なせんべいだった。私には縁がないお菓子だったけれどお二人が好きなのだろうか。食堂の隊士にお礼を言って食堂を離れた。開けっ放しの障子が近づく。
「どうぞ」
前に座る近藤さんと土方さんにお茶を差し出すと、「これ当番の方に頂いて。先ほど送られてきたそうで」次はおせんべいを。その袋を見た途端にお二人の表情が固まったように感じたけれど。
「いやァー
さんはほんとによく出来た女だよ。な、トシ!!」
「あ、ああ」
「前から色々と思ってたんだ!俺も田舎に置いてきた“彼女”の事を思い出しちまうくらいに!」
え、近藤さんって地元に彼女いたんだ。にしても確か、惚れている女性が江戸にいなかったっけ?…あれ? と考えていると、慌てて男女関係の“彼女”ではない事を説明していた。ついでに惚れているのは“お妙さん”と言う方であることも主張しているけれど。片付けられたあの写真に写っていた女性だろう。確かに綺麗な人だった。
「その女性は総悟の姉上で沖田ミツバ殿と言って。キレイでお淑やかで賢くて!」
「…」
「雰囲気だけかな?初めて
さんの横顔を見た時にミツバ殿が被って見えたんだ。毎月このせんべいを送ってくれていてね!今はあまり体調がよろしくないみたいなんだが…」
「…」
近藤さんが意気揚々とミツバさんと言う沖田さんのお姉さんについて話す手前、土方さんは静かに煙草を吸い続けていた。沖田さんのお姉さん…とは、想像しただけで綺麗な女性が浮かぶ。沖田さんもとても顔が整っているから。あくまで想像の範疇だけど。弟である沖田さんもお姉さんの治療費諸々の為に、お給金を毎月送付しているらしい。
「私も昔は体が弱くて…今では想像出来ないんですけど。外も歩けない体でした」
「ほう?それは初耳ですな」
昔は病弱だった、その言葉に今まで沈黙を通してきた土方さんもこちらに視線を寄越したのがわかる。ぽっかり穴の空いた記憶のさらに向こう側、幼少の記憶を辿るように私は語り始めた。
、科学者
賢人の娘。
家は代々天文方として徳川幕府にお仕えしてきた家系であった。そして私には妹が二人いた。三姉妹は生まれた時から心臓が弱く、殆ど寝たきりの生活を余儀なくされていたのだ。宇宙や星を研究していた父は、いつしか“賢者の石”の研究に勤しんだと言う。やがて父は研究所に篭りきりになり、家に帰ってくる時間は僅かになってしまった。そんな中で私がむかえたのは半日を越える大手術。どうにか成功した後、私は奇跡的に回復し数ヶ月のリハビリの後、車椅子の生活からも離れる。私は初めて自分の足で立った。父は私に妹たちも救うと、私も医者になる事を互いに約束した。妹たちは手術を前に亡くなった。父はそれでも研究を続けたがその最中で爆発事故に巻き込まれて、そして後に母も別の交通事故で帰らぬ人になった。
私の過去を二人は静かに聞いてくれた。「お辛いことでしょう」声をかけられても「それでも今がありますから」と微笑んだ。今は医者として困っている誰かを救いたいという夢があると語る。皆が繋いだ私の命を、誰かに繋いでいけたら…と思う。
「それで今回、
君を呼んだのは参考品として預かっていたこれを返却しようかと思ってて。汚れていて再び着ることも出来なさそうだが、勝手に処分するのもアレなんでな」
前に置かれたのは肩の位置が破れて薄茶に染まったナース服だった。一目でわかる私のものだ。しかしこの傷の位置からして…あの夜に着ていたのだろうか。自分では着物を着ていたようにも記憶しているが。手にとってみると、一度洗濯はしているようだが茶色の染みは取れないらしい。どちらにしろもう着られはしないだろう。胸の位置には医療従事者の紋章が五つ並んでいた。「不要ならこちらで処分するが」遠慮がちに近藤さんが口を開いた。
「お願いします」
私の言葉には躊躇いはないけれど「でも…」と付け足した。これだけは取らせて下さいと紋章を指差した。「なんだこれ」二人が覗き込んでいる。
「医者や看護師の試験合格時に頂ける紋章です。一つは私の先生だった医者のもの、一つはもう一人先生だったの看護師のもので、この二つは私がそれぞれ頂いたもの。この一つは医学生が貰える紋章です」
これを胸に付けていると今は亡き彼らが側に居てくれるような気がしたから。少しでも勇気が貰えるような気がするから。だからこれだけはずっと持ち続けていた。これ以外に大切にしているものは母の形見のペンダントくらいだろうか。後で裁縫道具を取りに行かねば。私がナース服を手にしながら紋章を指でなぞっていると「で…」と、土方さんが部屋に響くように声をあげる。
「お前はいつまでそこで突っ立ってる気だ」
彼が唐突にそう言うものだから、何事だろうかと首を傾げてしまった。彼の言葉の矛先はどうやら部屋にいる誰でもないらしい。しばらくして、吐き出すようなため息の後「あーバレちまいやしたか」と沖田さんが部屋に姿を見せた。「総悟!?」と近藤さんも彼が部屋の外にいた事に驚いていた。「別にいいでしょ。特別、機密情報なんて話してやせんでしたし。俺も誰にも言わないんで」向こうも悪びれる様子もないけれど。「ったく!」なんて言いつつも土方さんからはお咎めなしのようだ。
沖田さんの分を始め、ぬるまったであろう皆のお茶の替えを促しても「いや構わんさ」とさっき出したお茶を飲んでいた。沖田さんも要らないと言うので、私も先のお茶を頂く。袋に入った激辛せんべいを一口食べた私は余りの辛さと痛さに涙が滲み、茶を飲み干してもしばらく声が出なかった。
せんべいでてきましたね。あと色々語っていただきました。
20200906*星宮はちこ 裏語