レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 五十七話、覚えているのは忘れたいものだけ】
翌朝、目覚めはバッチリ。昨夜にあんなことがあったのに、夢にも見ずにぐっすり眠れたのは沖田さんが貸してくれたアイマスクがあったからだろうか。布団を片付け身支度を整えて広間に急ぐ。真選組の会議などで使われる広間はがらんと広く、戸を開いた先に居たのは近藤さんに土方さん、そして沖田さんの三人だけだった。
「おはよう。気分はどうだい」
「お気遣い頂きありがとうございます。一晩ぐっすり眠ったおかげでしょうか」
前に座るよう促されて座布団の上に腰を下ろす。今日はいい天気だとかの世間話を挟んで、「本題に入る」と土方さんが切り出した。
「昨夜の出来事は忘れてくれ…なんて言えねーな。斎藤が斬った坂本という男は、ある攘夷浪士との繋がりを嫌疑されていた奴だ。此度の粛清は曲中法度に背いた結果。真選組としても粛清には問題ない。で、お前が彼処にいた経緯を教えてくれねーか」
私は頷いた。一つ一つ順を追って思い出すように記憶を辿る。
眠れなくて部屋の障子に映った斎藤さんの影を追って夜中の勤務区域に踏み込んだこと。事務所奥の資料室で、真選組隊士と攘夷浪士が秘密裏に資料を盗み見ていたこと。そこで見つかり屯所内を逃げ回っていたこと。行き道を塞がれて外に逃げたこと。たどり着いた建屋の影に隠れていたが、後ろに裏切った隊士の仲間である攘夷浪士がいたこと。その場で捕まり抵抗するも拷問部屋に連れていかれたこと。体を弄んだ後には殺されて攘夷組織に売られようとしていたこと。しかしその最中に、情報屋を名乗る侵入者がいたこと。情報屋が消えた後に、あの部屋に斎藤さんが現れたこと。そのまま坂本さんが斬り殺されて粛清されたこと。そして近藤さんと土方さんが現れたこと。
「侵入者だと?」
「はい。その人は自らを情報屋と名乗り、明るい髪に眼鏡を掛けていました。残念ながら顔に覚えはありません」
「何でも攘夷組織やら幕府の暗部までに顔を利かせる、神出鬼没の情報筋がいるって話ですぜィ」
「そいつが真選組屯所に入り込んでいたってことか」
私は頷く。思い出せる限りあの男の言葉を辿る。「情報収集をしていたそうです。坂本さんやらの件ではなく別件で」それ以上のことはあの情報屋は口にしていない。近藤さん曰く、設置されていたビデオカメラは屯所内に無い刃物で一刀両断されていたと言う。外から持ち込まれた武器。それも一発でカメラの中心を仕留めていたことから、相当の手練れであるとのこと。その情報屋と名乗る男は私の事を知っていた。真選組隊士に化けて私の前に現れていたのだ。それも一人ではなく、一人三役の三回も。
「近藤さん!その、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何でも聞いてくれ」
気前良く言われて心が少しだけ安心する。人柄が良いと言うのはこの事だろう。
は新入隊士の中にいる“大熊”、“犬飼”、“白鳥”という名前の人物をご存知かどうかを尋ねた。三つの名前を聞いて、近藤さんだけではなく隣の土方さんまでもが顔を傾げる。
「んな奴いたか?」
「聞いたことも無い名前だな。総悟はどうだ」
「知らねーです。其奴らがどうかしたんですかィ」
やはり、存在すらもなかったのだ。昨日の昼間に、近藤さんの命で部屋に三人の新人隊士が現れた事を告げる。彼らは其々自らを“大熊”、“犬飼”、“白鳥”と名乗った。大熊と名乗る男は硬派なイメージ通り、余り会話が弾まず出されたお茶を頂いた。犬飼と名乗る男は、人当たりの良い青年で主に真選組について話をしたこと。最後に部屋にやってきた白鳥さんという男は中性的で、逆に質問攻めされて、屯所でどんな生活を送っているのかだとかを聞かれた事を伝えた。土方さんの表情が曇っている。
一息ついて再び口を開く。その三人の正体が恐らくであるが、あの夜に現れた情報屋であったこと。情報屋は自ら“声帯模写”と“変装”を得意とすることを告げて、すぐに三人の声で私に挨拶したのだ。三人が同一人物の演技であることは間違いない。それに…最初の大熊さんが出してきたお茶には何かしらの“薬”が盛られていたことも、情報屋の言葉からわかっている。気分が良くなって全部話すようになる薬だとか。
「体に異常はないか!後遺症は?依存性は?」
「いえ何も。後で会った清蔵さんにはテンションが高いとは言われましたが」
「それは自白剤の一種かもしれやせんぜ。どっかの製薬会社が開発したとかで」
「って何でテメーが知ってんだよ!」
土方さんと沖田さんが押し問答を繰り広げていて近藤さんがそれを必死に止めようとしている。この方々は相変わらずの関係で、どこかおかしくて…私は笑っていた。こっちを見た三人の(正確には取っ組み合っている土方さんと沖田さんの二人だけど)内の誰かが手を離した。
「ごめんなさい。皆さんがあまりにも仲良しなもので!」
「「「仲良くねーから/よ/でさァ!!!」」」
次は声まで揃っているではないか。再び私は笑った。男同士のこの関係は正直羨ましい限りだ。女の子のグループには見られない独特のやつ。そのままポツリと口を開く。
「今回の一連の事件…記憶には無いんですけれど、意識のどこかで覚えているんです」
「は?どー言う事だ」
「無意識の領域と言いますか。…以前にも一度経験したことがあるような気がします」
「忘れている期間に、似たような出来事に遭遇した可能性があると」
「恐らくですが」
確証があるわけではない。でも場面に直面した時の感覚は本物だ。逃げたり、縛られたり、拷問されたり、誰かが助けてくれたり。それがいつ、どこで、誰にだったかは覚えていないけれど。ただ一つ、脳裏に浮かんだのは後ろ姿だったことも。言葉では表しにくいし絵にもしにくいからこれ以上は伝えられないけれど。「記憶を解く手掛かりにもなりえるか」と近藤さんが腕を組む。その隣で土方さんが口を開いた。
「此度の件、一般人のお前を巻き込んじまった失態とお前を守りきれなかった責任は俺ら真選組にある」
彼は胡座を掻きながら深く頭を下げた。普段の土方さんからは想像も出来ないくらいに潔くて、それでいて見たくない姿でもあった。頭を上げてください、と次は私が頭を下げる。「ご迷惑をおかけしました。助けて頂いてありがとうございました」私が部屋を出なければ、ここまでの騒動にはならなかっただろう。
「副長は責任とって切腹でさァ」
「俺だけかよ!?」
再びの押し問答の最中に、顔を上げるように言われて静かに体勢を戻した。「俺らも色々と考えた…」と土方さんが話し始める。
真選組屯所は安全な領域である。と、それは間違いないだろう。しかし私を屯所内に匿うことで相当の自由が制限されること、同時に巡察並びに度重なる緊急出動で見張りが行き届かない事態が増えたこと。もはや屯所内の安全は絶対的なものではないこと。
「何がお前にとって絶対的安全かはわからねぇ。が、少なくとも野郎ばっかのここに匿うこと事態が間違っていることなのかもしれねぇ」
「木を隠すには森の中。人を隠すには人の中って言うからな」
重苦しい空気が漂う中で沖田さんのあっけらかんとした声はよく通る。
「俺ァ反対ですがね。何でよりによって旦那のとこなんでさァ」
「今回は万事屋も噛んでやがる。下手に貸しを作りたくないから仕方ないんだけど、俺だって首を縦に振りたくはないんだ!で、よりによってあの変態パーマのとこなんだよトシィィィ!!子羊を猛獣の檻に入れちゃうようなもんだよ。もう一口でパックンだよ!?」
「んなもん俺が言いてーわ。何をどう間違ったら、こんなことになっちまったんだよ近藤さん」
「って俺!?いや俺か…ってマジか」
ワイワイと仲睦まじそうに(?)三人の話が進む。近藤さんと土方さんの額に冷や汗が滲んでいるように見えるのは気のせいではないはずだ。「
君の身柄は我々真選組が預かっていた。しかし此度の一件で我々の警護体制にも限界があることが判明した」今一度畏まった近藤さんが口を開く。これから何を言われるのだろうか。私も心が落ち着かない。
「君の身柄は“一旦”外に預けようと思う。だかしかしこれだけは言わせてくれ。真選組は君のことを見放した訳ではない。これは、安全を最優先して考慮した結果だ」
「野郎のことは一応信用しているが、問題が発生したらいつでも屯所に飛び込んでこい。警察権限を使って引き戻してやる」
「まあ近藤さんが決めた事でさァ。俺が恋しくなったらいつでも調教してやらァ」
お出ましのようだな、と三人の視線が私の後ろに注がれた。ゆっくりと障子が開く音につられて私も後ろを振り向いた。開いた障子の所には、昨日出会った白髪のお侍さんが立っていたのだ。名前は確か、
「銀さん?」
「
…」
黒いシャツの上には白い着流し。腰には木刀が一本提げられている。その瞳はどこかで気だるげで…言ってしまえば死んだ魚の様な…やる気のなさが垣間見えた瞳。しかし昨日は無罪で留置場に拘束されていたので、解放されていることに胸を撫で下ろす。
「万事屋ァ。今回の一件はテメーにも貸しがあるからな。
の身柄を“一時的に”万事屋に置くことを認めてやる。目立つ様な行動は控えろ。加えて手ェなんざ出してみろ。我ら真選組が全力でぶっ潰すからな」
「おうおうおう。最近の警察ってのはおっかねーな。無罪放免な一般人閉じ込めた挙句、脅しかぃ。
ちゃんもこんな猛獣の檻の中で怯えてたんじゃね?大丈夫か、怖いマヨ副長に手ェ出されてねーか」
「テメー喧嘩売ってんのかァ!?また留置所ぶち込むぞ」
ここの皆は仲が良いようだ。三度、クスクスと笑いが溢れる。しかし銀さんは警察関係者ではなくただの一般人。こんな…記憶を失くして攘夷組織と繋がりがあり、増してや命を狙われる女なんて転がり込んだところで、迷惑極まりないようにも思えるが。心配していると「安心しやせィ。旦那のとこなら一応安全でさァ」隣にやって来ていた沖田さんがそう言って頭を撫でてくれた。彼がそう言うのならば…問題ないのだろう。このまま荷物を纏めて、銀さんの家まで連れて帰っていただけるとのこと。
「真選組の近藤さん、土方さん、沖田さん。短い間でしたがお世話になりました。このご恩は忘れません…。また落ち着いたらご挨拶に伺いますので」
「いつでも顔を出しに来てくれ!ここは君の第二の家みたいなモンだから!」
「だそうだ。さっきも言ったが身の危険を感じたら戻ってこい」
「心配しなくても俺から会いにいってやりやすぜィ」
お前巡察中にサボる気だろ、と沖田さんの言葉に土方さんが突っ込みを入れていた。前を向きながら互いに言い合っている。その沖田さんの前に、お礼の言葉と共に昨夜お借りしていたアイマスクを差し出す。フン、と何も言わずに彼は上着にそれを仕舞った。
「ほらよ。せめてもの選別だ」
土方さんが差し出したのは、医者の免許証。以前はいつも持ち歩いていたのだが、記憶喪失になった時にはもう見当たらなかった。きっとどこかで失くしたのだろう。毎日必死に過ごしていたので、免状のことなんて考えもしなかったのに。すっかり忘れていた。医者だった私を。
「身分証くらいにはなるだろ。上に黙って再発行させた。
の情報は漏れないように徹底的に根回ししてある。次は失くすなよ」
「ありがとうございます。私、思い出しました。以前は医者として我武者羅に突っ走っていたこと。一生懸命、夢に向かっていたこと」
「人間、道を踏み外しちまうことだってあるだろうよ。問題はどーやって軌道修正するかだ。頑張れ」
嬉しくて、感極まって涙が滲んだ。ありがとうございますと頭を下げる。
屯所に来た時よりも少しは増えたけれど、それでもまだ少ない私の荷物を纏めるにはそう時間はかからないだろう。銀さんには広間で待っていただいて、急いで自室に戻って荷造りだ。着物やら日用品やらを風呂敷にまとめていく。「全部持っていかなくて良い。要らないなら捨てろ」と言われているので嵩張ったり荷物になるものは捨てよう。筆や硯など、個人で持たずにお借りしていたものも多い。私の荷物は大きな包みが二つ分。左右に抱えたら持って歩けるだろう。結び目を左右に持ちながら広間に急ぐ。
「お待たせしました」
私の荷物を見て「送ってやる」と言ってくれたのでお言葉に甘える事にしよう。胸元から包みを取り出すと土方さんに差し出す。
「斎藤さんにお渡しいただけますか。昨夜は助けて頂いたのでお礼文を。お部屋を覗いでも不在でして」
「わかった。さっ、その荷物を寄越しな。パトカーに積み込むからよ」
「はい…って沖田さん?」
後ろから通り過ぎざま私の荷物を掻っ攫った沖田さんは「早くいきやすぜ」と一足早く廊下に出ていた。パトカーの横には数こそ少ないけれど山崎さんに清蔵さんとその下の隊士が数人、私によくして頂いた隊士の皆さんが並んでいた。斎藤さんは…やっぱり見当たらないけれど。「また会いに来てください!」「どうかお元気で」と声をかけられて、「今までありがとうございました。皆さんもお元気で」と挨拶を忘れない。
“斎藤さんへ
昨夜はこの身の窮地を救って頂いてありがとうございました。私は真選組屯所を離れますが、どうかこれからもお体にお気をつけて。
より”
頭を下げてパトカーに乗り込む。思い起こせば…ここに来た時も似たような状況だったものだ。土方さんに沖田さんがいて私は荷物を抱えていて。しかし今回は私の隣に銀さんがいるのだけれど。
ゆっくりとパトカー動き出す。人通りの少ない裏門から出ると、進行方向はかぶき町の方向へと一直線。流れる景色も程々に、チラリと隣に座る銀さんを見ていると、やっぱり綺麗な髪だなぁとか考えてしまう。瞳の色も滅多に見ない綺麗な紅色。すると、ルームミラーからギリギリ見えない位置から伸びて来た手が私の手を包んだ。「!?」思わず確信犯を見上げると、気だるい眼差しを寄越しながらも微かに笑っていた。
「旦那。痴漢の現行犯で逮捕でさァ」
「警察車両で犯行に及ぶったァ余罪もたんまりだろうよ。一度戻って取り調べるか」
しかし運転席と助手席の真選組にはバレバレのご様子。「おいおいおい。誤解だ」取り乱した男はバッと手を離して両手を降参の位置に上げた。ちなみに狭い車内ながら、沖田さんの抜き身の刃が銀さんの首元に添えられているのだけれど。「まあまあお二人とも」窘めれば刀が引っ込む。
少し物騒なパトカーは信号待ちから抜け出て、真っ直ぐに進みだした。
六章忘却 【完】
記憶喪失真選組編はこれにて完結。次は勿論…
20201011*星宮はちこ 裏語