レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 五十八話、初めての“ただいま”】
江戸市内にある繁華街かぶき町の一角に私を乗せたパトカーはたどり着いた。
夜は一層の輝きを見せるこの町も、昼間は影を潜めて穏やかな時間が流れている。町を行き交う人々は他所の町と変わらない。スナック“お登勢”と書かれた飲み屋の二階に“万事屋銀ちゃん”の看板が見えた。ここに銀さんはお店を構えているようだ。パトカーの出現に人々はチラリと視線を寄越すものの到底珍しいことでもないのだろう。皆がそれぞれの日常に戻っていく。「荷物は俺が持つから、
は先に二階に行って扉を頼むわ」後ろから風呂敷包みを抱えて銀さんが声を上げる。いつでも会えるだろうけれど、ここで真選組の二人とはお別れだ。
「土方さんに沖田さん。ここまで送って頂いてありがとうございました」
いつでも戻ってこい、と送り出されてパトカーが走り出す。車が見えなくなってから二階に続く階段へ足を向けた。「鍵はありますか?」経営者の銀さんがここにいるのだから二階は施錠されているものと思い込んでいた。「ああ開いてるから」階段を上りきると引き戸に手をかけた。銀さんの言う通り鍵はかかっていなかった。
「お邪魔します」
一応声をかけた。よっこいしょ、後ろから銀さんが荷物を玄関に置く。玄関から見えるのは廊下で先の部屋に続くだろう扉は閉じられていた。「おーい誰かいねーのか!」銀さんが声をかけると奥から物音がするではないか。誰か従業員がいるらしい。
「あ、銀さん!今までどこほっつき歩いていたんですか?って、貴女は…」
「よっ新八。忘れてねーだろ?お嬢様の
だ」
「
って、えっ!?まさか…もしかして!?」
出迎えてくれたのは眼鏡を掛けた大人しそうな少年だった。慌てて頭を下げるも、玄関先で挨拶もアレだからと奥の部屋に行くよう促される。お言葉に甘えよう。履物を脱いで揃え、銀さんと少年の後に続く。
“糖分”と書かれた書が掲げられた仕事場兼居間と思える部屋には仕事机と応接セットにテレビが置かれていた。手前のソファーに座るように言われて腰を下ろす。台所に行ったのだろう、先の少年がお茶を出してくれたので
はお礼を言った。
「神楽は?」
「定春の散歩に行ってます」
この万事屋にはもう一人女の子がいるらしいのだが、つい先ほど出かけたばかりでいつ戻ってくるかもわからないと言う。一時間ぐらいで戻るだろうとのこと。仕方がねーか、と銀さんが呟いた。
「万事屋銀ちゃんのオーナー、坂田銀時。俺の事は“銀ちゃん”でいいぜ」
「僕は志村新八と言います。みんなが呼んでるんで、新八と呼んで頂ければ」
「お初にお目にかかります。私は
と申します。訳あって真選組屯所でお世話になっていましたが、銀さんが身元を引き受けて頂けるとの事で、しばらくお世話になります。どうぞよろしくお願いします。私のことは
と呼んでください」
「これからお世話になります…ってどう言う事ォォォ!?」
私の言葉に新八さんが戸惑っていた。無理もない。突然、訳のわからない女がやってきて身元を引き受けるという事になっているのだから。というか、銀さん…私のこと預かるとか何とか土方さんに言ってたけど、周囲の人には相談とか一切していないと思われる。まあ、屯所で出会って留置所に入れられていたから、相談できるタイミングなんてなかったのだけれど。この展開、大丈夫だろうか。今更どこかの路地に捨てられたりしない? なんて、まるで飼育放棄されるかのような光景が過る。
の心配をよそに、銀時は気だるそうにソファーに背を預けてどこ吹く風。
「訳アリだったからな。チンピラ警察に軟禁されてたんだよ。野郎の巣窟だぜ。助けるしかねーだろお前」
「いや、そもそも何で、女人禁制の真選組に
さんがいるんですか」
「そりゃあれだろ。あーれーお代官様ァーお許しをーだろ?」
「意味がわかりません。言いたいことはわからなくはないけれど」
淡々としたツッコミが響く。
銀時から事の成り行きを聞くのを諦めたのだろう新八は、姿勢を正し、真っすぐ
を見つめた。
「
さんも、真選組屯所にいるなんて…あの日僕らと別れてから一体何があったのですか?」
あの日。それは一体いつの事?万事屋の方々と別れた日、私は何をしていたのだろう。記憶はない。答えられない私を見かねた銀さんが、「
は記憶喪失で俺らの事は忘れてるからな」口を挟む。
「記憶喪失!!!?」
「はい。医師による診断は受けました。真選組には、捜査に協力することを条件に匿って頂きました」
新八さんは、私の言葉を聞いて何度も記憶喪失…と繰り返していたけれど。銀さんの知り合いならば私は新八さんとも出会っているのだろう。屯所の生活の最中、別の攘夷組織の騒動に巻き込まれて屯所以外の場所に匿う選択肢ができた事。そしてそのタイミングで手を挙げた銀さん。特に土方さんと銀さんは顔見知りのご様子で、どちらともなく、あまり仲良くはない印象。ついでに、私が屯所を出ることよりも万事屋に行くこと自体がご不満の様子だった。
私は、自分を取り巻く状況を全てお話しした。
「まさかそんなことになっていたなんて」
静かな呟きが部屋に消えていく。
彼らとどのようにして出会い、交流したのか…私は知りたい。
が口を開いた時だった。
「ただいまアル」
玄関の方向から女の子の声と“ワン”という犬の鳴き声。意識が削がれて言葉が続かなかった。引き戸に浮かぶ影。ガラガラと居間の扉が開くと途端に騒がしくなったような気がした。現れたのは中華服を着た少女。丸い目がどこか幼さを感じさせる…きっと新八さんよりも年下だろう。白い肌に青い瞳。サーモンピンクの髪はお団子に。少女は私の存在に驚くわけでもなく、何だろうかとでも言いたげに首を傾げていたけれど。促されるまま少女が向こう側に座る。パチパチと瞬きを繰り返している様子は愛らしい。先ほどと同じく、少女にも自己紹介を…ついでに記憶喪失の事も、最後にしばらくお世話になる旨を告げた。
「私は万事屋の紅一点、神楽ヨ。そしてこっちが定春ネ。お嬢様ってあのお嬢様アルか?」
「神楽ちゃんそれ覚えてないでしょ。以前に依頼で会った女性ですよ」
「ま、どれほど女が現れようがジャンプ発刊以来、数ある伝説を打ち立てたヒロインの私の座は揺るがないネ」
「おめーの場合“ゲロイン”だろ」
ハァアアア!?と神楽さんと銀さんがソファーで取っ組み合いを始めている。二人を止めるように間に入った新八くん。仲いいな。そう素直に思った。
その時「ワンッ」と、神楽さんが引き連れていた、まるで着ぐるみのような大きなワンちゃんが寄ってきた。遠目で見ていた時よりも随分と大きい。そして口元から見える牙も鋭い。しかしその子は吠え立てるわけでもなく、舌をペロリと出しながら大きな顔を私に近づける。敵意や恐怖のない事を知った私はワンちゃんの大きな額に手を伸ばして撫でた。動物に好かれやすい体質(?)だからだろう。私は特に気にもしていなかった。
「定春が噛んでませんよ!?」
「大人しく撫でられてやがる…」
「所詮犬も人間も同じ、美女には弱いアル」
「そーなのか?どーなんだ定春!」
「銀ちゃんも自分の胸に聞いてみるネ」
ソファーの陰で三人がコソコソと言い合っている。定春くんがもっと頭を寄せてきた。撫でるよりももっと近い距離。思わず一歩後ろに後退りしそうになったけれど、どうにか止まって、大きな頭を抱えるように手を回して抱き込む。何だか遊園地のキャラクターみたい。ふかふかの毛並みが愛おしい。所謂もふもふと言うやつだろう。もふもふは正義。「定春ぅぅぅ!次俺とチェンジで」銀さんが口を開いたと思ったら、後ろから新八さんに口元を押さえつけられていたけど。ふかふか、もふもふを堪能した私は、定春くんの額を撫でながら「はい。今日は終わりよ」と、まるで人間に語りかけるように言った。伝わるとは思っていなかったけれど、その言葉を聞いた彼は「ワン」と返事。あれ?今、意思疎通できちゃった? 大人しく部屋の隅に座っている。すごい…と
は一人感動した。
「定春が認めたなら今のところは文句なしネ。ただし、このかぶき町の女王である私に上納金として酢昆布三か月分収めるヨロシ。そうすれば万事屋の居候として認めるアル」
「だからなんで基準が酢昆布ゥ!?わざわざ酢昆布払ってまで居候扱いなの!?」
「おーい神楽。嫁さんいびる姑になってんぞ」
女王のように足を組み、鼻をほじる神楽。ツッコミを入れる新八をまるで意に介しない様子。
少女が鼻に指を入れる光景に驚き、
は反応が遅れた。動かない
に追い打ちを立てるように、「おいネーチャンどーするネ」あくどい笑みを浮かべながら少女がこちらを見上げてくる。それに距離も随分と近い。ほぼメンチを切り合っているようなものだ。
しかし、
には気になることが一つ。
「神楽さんは、酢昆布が好きなのですか?」
珍しいなとも思った。今時、流行りの菓子や懐かしの駄菓子も流通しているが、その中でも、手に取られる機会が限られているだろう酢昆布がお気に入りらしいのだ。
の問いに、「癖になるネ。チャラついた菓子には興味ないアル」と返って来た。
私は万事屋にお世話になる身だ。関係者に挨拶がてら菓子折り一つすら持ってきていない状況。後で皆の好物を聞いて差し入れしよう。落ち着いたら…真選組屯所にも挨拶に行かなければ。
「わかりました。酢昆布三か月分!お贈りします!皆さんにもお近づきの印に何か!これからよろしくお願いしますね」
「いやっほーぅ!!」
「あーいいって。気ィ使わなくていいから!銀さんはイチゴパフェね」
「って、皆して乗っかんなァァァ!!!」
「志村さんは?と言っても、あまり大きな事はできないですが」
好きな食べ物でも何でも。そう伝えると遠慮しがちに声が届く。
「でもやっぱり、物や何かじゃないなって…」新八と呼んでくださいと付け加えて。それが今のところ彼の希望らしい。視線を合わさず言葉に詰まる様はどうも初々しい。こっちが赤面するくらいに。
「はい。何度でも喜んで!新八さん」
「
さんって年上ですよね。どうせなら“くん”付けで…お願いします」
「新八君、私も“
”と呼んでくださいね」
「オイ新八!気持ち悪い事何度もやってんじゃねぇぞ。ここは風俗じゃねーんだ」
「そうアル。ホイホイと酢昆布にパフェ強請ったうち等が馬鹿みたいアル。童貞(しんぱち)のくせに!」
左右から伸びて来た掌が、少年の頬を潰さんばかりに押さえつけていた。当の志村は、力のまま顔を歪めて眼鏡はズレ落ちる寸前。ヒクヒクと表情を引きつらせているのがわかる。「ふざけんなコンチキショォォォ!!!」ツッコミか魂の叫びか。少年の雄たけびが万事屋に響き渡る。
それから住居内を案内して頂いた。と言っても居間兼仕事部屋に和室、台所に厠に浴室と至ってシンプルな作り。玄関横の小部屋の押入れには神楽さんが寝泊まりしていて銀さんは和室で寝ているらしい。新八くんは近所にお家があるとのことで、泊まり込むこともあるが基本は実家から通っているらしい。僅かばかりの荷物を広げると、和室にある押入れの隅に置かせてもらった。
「布団は新八の分を使ってくれよ。っても殆ど使ってねーからほぼ新品。あ、お前(新八)は家から新しいの持ってこいよ」
「はあ、わかりました。って銀さんと布団並べて寝るんですか?」
「それは危険アル。居候と言えども身の安全は守らないといけないヨ。寂しいなら私と押入れで寝るネ」
「オィ!聞き捨てならねーな。少しは俺を信用しろよ」
「「出来ないアル!/ですよ!」」
そしてここ万事屋の食事は当番制とのこと。今日は銀さん、明日から新八くん神楽さんそして私の順となった。
そのまま居間で真選組屯所での生活を話していたらお昼になって、次は万事屋の仕事内容やら三人の活躍を聞かせてもらった。以前に大々的にニュースになったターミナルでのえいりあん暴走事故の解決の裏には、万事屋の活躍があったらしい。お世話になっていた診療所の待合室にあるテレビを、患者に医者が総出で齧りつくように眺めていた覚えがある。その日は殆ど仕事にならなかった…確か。騒動の間に人が何人か映し出されていたけれど、記憶喪失関係なしに特に覚えてもいなかった。後は、騒動後にどこかの星の皇子がインタビューを受けているのくらいか。他にも、かぶき町での依頼は小さなことやら命の危険が伴うようなことまで請け負っているらしい。ちなみに今日は特に依頼もないとのこと。
…
‥
「
はお嬢様なのに、こーゆーこと得意ネ」
家事は何もかも当番制で回している万事屋で、洗濯と掃除は得意だから任せて欲しいと頼んで代わって頂いた。和室で乾いた洗濯物を畳んでいると、大好物らしい酢昆布を齧りながら神楽さんが近づいてくる。
「産まれたのが幕府にお仕えする家系だっただけで、私は普通の人間ですよ。医者になってからは一人暮らしをしていて、家事は一通り!」
「仕方ない。私も手伝うヨ」
洗濯物の山に手を伸ばした彼女はタオルを掴むと四隅を合わせて畳む。けれどどこか一辺がズレたのか少し歪んだ畳上がりに。頬を膨らませながらやり直す神楽さんの姿に、歳こそ違うのかもしれないけれど妹という存在の影が重なった。彼女たちが生きていたら…。その先は心の中に留めておこう。二、三度繰り返す神楽さんの手中にあるタオルに手を伸ばすと四隅だけでなく側面の辺も合わせるようにアドバイスをした。ちょっと雑ではあるけれど、明日にはすぐ使用するのだから問題ない。
「おー上出来ネ!…私、家族はいたけどマミーはお星になってしまったし、パピーはずっと家離れてたアル。兄妹はバカ兄貴しかいなかった。奴も小さい時に出て行ってから顔すら合わせてないアル。新八の姉貴は“姉御”の名の通り腕っ節が強いヨ。地球に来てからそよちゃんって言う友達が出来たけど、
と一緒にいると何だか新しいお姉ちゃん出来たみたいアル」
「私、年下の子と一緒にいるとよく言われるんですよ。お姉ちゃんみたい…って。かく言う私にも妹が二人いて…多分神楽さんよりは歳上なんだけど」
「神楽アル。居候とは言え、
はもう万事屋の一員アル。“さん”付けは気持ち悪いヨ」
次の洗濯物に手を伸ばしながら神楽さんは笑った。可愛らしい笑顔だった。本当に、彼女たちが生きていたら…と、叶わない空想を今一度封じ込める。
「じゃあ神楽ちゃん…でいいですか」
「仕方がない。今はそれで許すネ」
そう言って次は二人で笑い合った。何事かと居間から銀さんが覗いていたけれど、二人並んで洗濯物を畳んでいる姿を見て視線を戻す。洗濯物を畳み終えると、そのまま二人で掃除だ。いつの間にか日が暮れかけようとしていた。晩御飯の準備はいつ頃からしているのだろう。お手伝いを申し出たいところだけれど今のところその気配はない。銀さん尋ねてみたら「あー今日はいいから」と言われてしまったけれど。
*****
日が暮れて薄っすらと闇に包まれる頃、かぶき町に明かりが灯る。ゆっくりと町が動き出したのを感じた。そんな時刻になっても万事屋では夕食を作り始めていない。…大丈夫なのだろうか?
「よっこらせっと。おい行くぞ」
気だるくソファーに寝そべっていた銀さんがそう言うと、「うぃー」と新八くんに神楽ちゃんが続く。今から何処へ?首を傾げていると寄ってきた神楽ちゃんが私の手を掴んで引いた。「早く行くアルよ」急かされるまま玄関へ。階段を降りると三人は一階にある飲み屋さんへ入って行ってしまった。恐る恐る顔を覗かせる。
「いらっしゃい。さ、入んな」
「おーい。ここはババアの店だ遠慮なんていらねーぞ」
と、中にいたこの店の主人であろう女性と目があった。先に店に入った銀さんが何かしら小言を漏らしたのでその女将さんにど突かれているけれど。
お言葉に甘えて
もそろそろと店に入る。スナックに入ったのはこれが初めてだ。行儀が悪いがキョロキョロと見渡してしまう。店内はカウンターが数席にボックス状の席がいくつか並んでいた。カウンターの向こう側には日本のものから異国の酒まで見たこともない酒瓶が所狭しと置かれている。
「オ前ミタイナ小娘ガココニ何用ダイ。言ッテオクガ、先輩デアル私ノ言ウ事ハ絶対ダカンナ」猫耳に片言の、彫りの深い女性がカウンターの向こうからメンチを切ってくる。その迫力に思わず怯んでしまうほどに。神楽ちゃんが応戦とばかりに睨みつけているけれど。「立ちっぱなしでも仕方がないからこっちに来て座んな」と女将に言われてカウンター席に腰を下ろした。後の三人も隣に座る。
「銀時から話は聞いたよ。私はかぶき町でスナックをやってるお登勢って言うもんさ。こんな若いのに色々苦労してるんだね」
「私ハココデ働ク、キャサリンデース。小娘ガ何人増エヨーガ私ノ敵デハアリマセーン」
「ばーさんと妖怪がやってるしがねースナックだ。今日はお前の歓迎会だから飲め!」
また小言を漏らすもんだから女将さんと猫耳女性に鉄拳を食らっていた。新八くんと神楽ちゃんはもちろんジュース。「何飲む?」尋ねられて控え目に「そう強くないので…弱いのを」とリクエストしておく。ちなみに銀さんは日本酒だった。皆の飲み物が揃ったところで会(?)が始まる。
「「「かんぱーい!!!」」」
お登勢さんにキャサリンさんのお二人はもちろん万事屋の面々とは顔なじみで、お登勢さんに至ってはこの建物の家主とのこと。そしてちょくちょく一階に顔を出してはご飯を頂いているらしい。今一度、お二人に自己紹介をして頭を下げる。私が攘夷組織に追われている事を知ってお登勢さんは身を案じてくれた。
「しっかし銀時なんかの所に転がり込んで大丈夫なのかい?」
「おいババア。銀時“なんか”ってどー言うことだ」
何かトラブルでも抱えているのだろうか。「大丈夫さ。ババアの小言は気にすんな」と、出されただし巻き卵を頬張りながら銀さんは言っているけれど。もしかして拗ねてる?煙草を薫せながらお登勢さんは口を開く。
「何かあったらウチに飛び込んで来るんだよ。訳アリ抱え込むのにゃ慣れてるし、ってもそう余裕は無いけどね。アンタがいいなら店の手伝いでもするかい?」
「えっ、それは…ここで働かせていただけるのですか?」
「フン。小娘ナンカ雑用デ十分ダヨ。コノ私ノ美貌ニ勝テルト思ッテンノカ!?」
カウンターの向こうから提案された話に身を乗り出して応じる。と、「駄目だ駄目!ここがいくら場末のスナックとは言え、夜のお店なんて銀さん許しませんからね」隣から猛反発を食らう。どうやら少し酔いが回っているご様子。おまけに場末のスナック発言に、従業員組から三度制裁を受けていた。
正直な所、真選組屯所でもそうであったが、手持ち無沙汰で一日を過ごすほど申し訳ない事はない。万事屋でだって日常の家事やらに留まらず、万事屋業務を手伝うか外に働きに出ることを考えていた。医師免許を再発行してもらえたので、医者として働けたら給料もいいだろう。かぶき町の闇医者は、訳アリの方々しか訪れないので裏社会への情報漏洩のことも考えて遠慮するように言われているのだが。とりあえず、今後外に出て仕事に就きたい旨を告げる。
「コラ駄目って言ってるでしょ。お前の事は万事屋が預かってんだから、もしものことがあったらチンピラ警察に何されるか。医者免許あろーが無かろーが心配すんな。いっそ俺を治療してくれねーかな」
「銀さん何か持病でも?」
「あー、あれ。あれってかそっち。日々増大するせー欲…ゴッフォ」
何やら言葉の最中に誰かの拳が後頭部に直撃し、銀さんはカウンターの机に沈んだ。お登勢さんから「アンタ医者なのかい」と尋ねられて「こう見えても。はい」遠慮しながら伝えた。
「必要なら知り合いの医者に掛け合うから言いな。それに上(二階)には一応神楽がいるから安心出来るかね。そうだ、新八の所にも姉がいただろ。素行も言動も、ちと荒いけど歳もまだ近いんだから紹介してあげたらいいんじゃないかい」
「“一応”ってどー言う意味アルか」
「オィィィィ!姉上の悪口サラッと入れないでくださいよ」
「オメー等サッキカラ無視シテンジャネーゾ」
「おい猫耳年増ァ!うるせーのはてめーだ!!」
お登勢さんに詰め寄る新八くんに神楽ちゃん。三人と対峙するキャサリンさん、にメンチを切る銀さん。酔いが回り始めた私にはもう何がなんだがわからない。黒い噂が飛び交いゴロツキの彷徨く夜の街、かぶき町の人間味あふれる一面を垣間見たような気がした。そうでない人がいるかもしれないのは百も承知だけれど、ここには世話焼きで人情溢れた方々が多いように思える。私がここに来たのも何かの縁だろう。「うふふ。あはは!」お酒のせいもあってか、私はこの光景がおかしくて笑っていた。取っ組み合いを始めんとばかりだった全員の手が緩む。
「
。もう心配いらねーぞ。俺らに気ィ使うなよ。そしてこれだけは覚えときな。俺等には俺等のルールってもんがある」
銀さんが熱く語りつつ万事屋のルールについて教えてくれた。挨拶は怠らないこと、食事の前には手を洗うこと、ゴミの日は間違えないこと等々。確かに重要だと思う内容ばかりだ。姿勢を正して銀さんが口を開く。
「ってことで此度、長らく某チンピラ警察にお世話になっていた
が万事屋に帰ってきた。おめー等言うことあんだろー!!」
「「お帰りなさい/アル!!!!」」
言われた声が大きくて恥ずかしいけれど頬が赤いのお酒のせいにしよう。気持ちいいのもお酒のせい。私も笑いながら挨拶に応える。
「ただいま」
こんな私を受け入れてもらえる万事屋の皆には感謝しきれない。居候でも何でもいい。それからたくさんご飯を食べて、お開きになる頃には銀さんは千鳥足の状態。お登勢さんは呆れていたけれど。私と新八くんと神楽ちゃんの三人でどうにか二階に運んだ。神楽ちゃんの力は見た目によらず、すごかったけれど。
記憶喪失の私が過ごす、かぶき町での物語が始まった。
おわかりいただけただろうか…
20201018*1028修正*星宮はちこ 裏語