レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 五十九話、恋する君へ“愛してる”】


朝食を終えて神楽ちゃんは定春くんの散歩に出かけた。そして私は後片付けの真っ最中だ。銀さんが情報番組を見ながら鼻をほじっているのは見なかったことにしておこう。ちなみに朝食後、新八くんは実家までお布団を取りに戻ってくれている。麗らかな朝…とでも言うべきだろうか。玄関から扉を叩く音が聞こえて、慌てて水道の蛇口を止めた。

「あ、さん!すみません!」
「大丈夫ですか?半分持ちますね」

扉を開けると大きな布団を背負った新八くん。大きさと重さに両手の自由が利かなかったのだろう。そのまま入るように促すと掛け布団の方の移動を手伝う。ご苦労様ですとお茶を差し出すと居間のソファーにへたり込んだ彼はコップに手を伸ばし、一気に飲み干した。見た目以上に大変だったのが想像出来る。「ただいまヨ」タイミングよく神楽ちゃん達が散歩から帰って来たようだ。散歩が終わると次は定春くんの食事の時間。彼は見た目通りによく食べる。大きなドックフードの袋を一つ、また一つと開けていく。


「んーまた残してるアル」


最初こそパクパクと食べ進めていたのだが、あるところを境にほとんど食べなくなったのだ。お腹がいっぱいになったのかなと思っていたらどうやら違うらしい。神楽ちゃんが銀さんに定春くんの不調を訴えている。普段どれほど食べているのかはわからないけれど、もう五袋も空けている。しかし神楽ちゃん曰く普段は七袋らしい…。食費にいくらかかるのだろうか。犬は飼ったことがないから正解がわからないけれど。定春くんの頭を撫でているとワンと鳴き声が応じた。「夏バテじゃねーの?」と銀さんが進言するも、犬だけど人間のファッション雑誌を見ているご様子。うん。犬がファッション雑誌を見るなんて…私の目の錯覚ではない。定春くんは犬型の天人ではないらしいし。考えちゃダメなやつだ。現実を受け入れよう。犬だって雑誌を読みたくなる時があるのだろう。
長くフサフサの毛に暑そうやら衣替えやらと話が進んだ結果、神楽ちゃんがカットすることになった。犬も人も、大体、散髪を素人がやると何かしら失敗はつきものなのだが。神楽ちゃんが持っていたのはハサミではなくバリカンの方。大丈夫なのだろうか。は内心ハラハラとしながら神楽の手先を眺めている。怪我なく終わることを願おう。「定春ぅ、イイ男にしてあげるからネ」躊躇なく眉間から後頭部まで刈り取られていく。まるで羊の刈り取りみたいに。その思い切りの良さは思わず声をかけてしまう程。

「えっ!?神楽ちゃん!それ大丈夫?」
「心配ないネ。これくらい思い切りが重要ヨ」

頭部が終われば耳の下から後頭部にかけて。新八くんが全体のバランスを見ながらあれこれ指示を出していく。「は毛の処理をお願いアル」言っている側から長い毛が床中に散っていく。慌てて箒を取り出して床を掃いた。出来たと声がかかったのは数分後。私が毛の掃除に集中している間に、カットは終わったらしい。


「…」


その仕上がりに私は言葉を失った。いつのまにか前足と後ろ足の毛も刈り取られていた。すっきりはしているのだが、見た目は斬新の一言に尽きる。いやむしろすごい仕上がりなのである。トイプードルなんかはおしゃれの為に毛を刈り落とすこともあるらしいのだが…これは見たことがない。まあ二人が納得しているのだからいいのだろう。多分。
しかし翌日も、定春くんはドックフードを残してるのである。毛刈りでは問題は解決しなかったらしい。「んーやっぱダメアル」との声に銀さんが的確なツッコミをしている。

は定春のこと、どう思うネ」

突然に投げかけられたのは、定春くんは男前かどうかとの質問。私は「まあスッキリはしたよね」と濁すに止まった。正直なところ斬新な髪型だと思うけれど。いきなり町で現れたら三度見くらいはしてもいい。そして肝心の定春くんはファッション雑誌には見向きもせず、マッチョ雑誌を広げているのだが。そのまま新八くんと神楽ちゃんの間で、肉体改造の話になってプロレスラーの話へ。「プロレスラーかぁ」という新八くんのつぶやきがいやに響いてくる。話が変な方向に向いているのは気のせいではないだろう。


「二人とも、もうこれでいいんじゃないかな?定春くんも満足してると思うし」


そう言ってみるも、二人はプロレスラーにするにはどうすればいいのかを必死に考えている様子で、私の声は届かない。定春くんが突如人間らしい行動を起こした理由。考えてみても埒が明かない。いつの間にか左右を陣取っていた二人組が私を見上げる。

は針仕事が得意アルか?」
「まあ一通りは出来るけれど…」
「じゃあ決まりですね!」

そこからあれこれ指示を出されて私は丸一日を使ってある物を作り上げた。特注…というか採寸から何やらまで手作業で、布も百均のものを使用した自前のレスラーマスクに真っ黒なパンツ。どちらも伸縮性の生地を使っていて、ここに毛をつけてほしいやらここはメッシュにしてほしいやらの注文を受けて我ながら頑張った。ちなみにベルトには厚紙を使っている。翌日にはそれを被った定春くんの姿。もはや何が何だかわからない。銀さんの的確な突っ込みにも私は笑うしかない。


「犬じゃないネ。名前は“ウルフザマスク”で得意技は“毒霧”ネ」


最早名前が変わっていることに突っ込むのは野暮だろうか。その時、定春くんがおしっこをしている音がして…慌てて雑巾を取りに走った。食べる量も凄ければ出る量も半端無い。そして定春くんは次は何やら恋愛系の特集にお熱のご様子。

「「「まさか…な」」」

と、私以外の全員の声が重なった。え…何がまさかのだろう?これが一体何に繋がるのか。尋ねても誰も答えてはくれなかった。


*****


雑誌の情報を頼りにその日やってきたのは江戸にある大きな公園だった。
遊具があるエリアから少し進むと芝生の広場が近づいてくる。そして何やら人が集まる一角が。近づく毎に艶やかな着物を纏い、各々犬を引き連れたご婦人の姿。中には男性の姿もあるのだが圧倒的に女性が多い。「行くアル」と定春くんに神楽ちゃんが跨るとズンズンと一直線に進む。
ワイワイと談笑するご婦人方の間を臆することなく進むと、突然現れた巨大ワンちゃん(プロレスラー仕様)に驚き、キャァアと悲鳴と共にご婦人方が引いていく。神楽ちゃんと定春くんは周囲の反応を気にもせずに歩いている。もれなくキャーとかワーとかの悲鳴を上げながら人が逃げているのだが。「何だか大騒ぎになっているけど」その様子を眺めていた後ろの私たちは冷や汗をかいていた。
この会は新八くん曰く、家犬は出会いの機会が少ない。そんな飼い犬の友達や自らの愛犬のパートナーを見つける飼い主たちの社交の場とのこと。辺りを見渡せば数人のグループがいくつか出来ていて、飼い主同士が話をしていたり、犬を遊ばせたりしているようだ。あの雑誌の恋愛特集を見ていた定春くんは、実は恋がしたいのではないか…と勘ぐった銀さんたち。そしてこの会、人間で言うところのお見合いパーティーに参加させることにしたのだ。

「ウチの発情犬に見合う相手はいるのかね?」
「ちょっと銀さんたら!」

周囲を見渡しながらの銀さんのストレートすぎる発言にギョッとした。周囲の犬は流行りだろうか、小型犬か中型犬が中心で大型犬の姿は疎ら。と言っても定春くんが規格外の大型犬なのは周知の事実で、パートナーを探すのは難しいだろう。新八くんもそれが難しいのはうすうす思っていた様子で、せめて友達くらいは出来たらいいなと言っていた。加えてこの会の現状として、ペット関係なしの愛犬家のお喋りの場であったり、男女の出会いを求める人も少なくないのだとか。私も定春くんに良きお友達が出来たらいいなと思っていた。
神楽ちゃん(と定春くん)が先に行っているので、三人並んでレンガ敷きの道を歩く。すると、ウィーン、ウィーンと機械音が耳に届く。何だろうかと後ろを振り返ると、いつかどこかで見たことがある(と言っても流行ったのは数年前だ)機械犬を引き連れた男性と目が合った。しかしその人はスーツにサングラスをかけていて、目線が合ったのかどうかはわからない。咥えた煙草から煙が空に溶けていく。「あの奥さん…」えっと、私話しかけられている?私が足を止めると後ろの二つの気配も私の隣で止まった。と同時に、男性が煙草を落とした。


「違うからねっ!!違うの!!そー言うんじゃないからね!!」


銀さんに新八さんがそれぞれ「いや別に何も…」と言っているのだけれど、男性は彼らの話は聞かずに全力で否定を続けている。この方とお二人は顔見知りだろうか…多分そう。そのまま狼狽しつつも叫ぶ男性。その間にも引き連れていた機械犬は近くの小型犬に近づき、あろう事か…マウンティングしているのだ。

「…」

その光景に私は言葉を失った。機械犬なのに…どういうプログラム?リアリティーを求めすぎたのだろうか。マウンティングされているワンちゃんの飼い主は悲鳴を上げながらも機械犬を離そうと必死だ。自らの愛犬の失態に、サングラスの男性は叫びながら走っていき姿が見えなくなる。


「メカにも心ってあったんですね」
「持ち主の執念が乗り移ったんだよありゃ。は見ちゃダメだからね」
「思いっきり視界に入ってるんですが。あの人お知り合いですか」
「いや知らねー。他人だ。初対面だ」


他人だと主張し続ける男性陣。だかしかし、絶対知り合いだろうとは思った。何か因縁でもあるのか…さっきの光景が浮かび頭を振る。他人のふりをしたいときもあるだろう。

その時、周囲のご婦人方のざわつく声が聞こえた。「アラ!あれ見て!」視線の先には一人のご婦人の姿。この人どこかで見たことあるような…。周囲の声の中で「結野アナ」という単語が届いた。あ、あの人お目覚めテレビのお天気担当、結野アナウンサーご本人なのだ。思い出した。芸能人に会うのはこれが初めてだったりする。は遠目ながらその立ち振る舞いをジッと見つめた。やっぱりテレビに出る芸能人はオーラも何もかも、一般人とは違うような気がした。素敵だ。
私が立ち止っている間に、先を行く神楽ちゃんと定春くんに近付いた銀さん。そのまま定春くんを撫でながら、まさかの結野アナに対して原始人並みのナンパを繰り広げている。は眩暈がするのを感じた。新八くんの突っ込みが的確すぎてどうしよう。離れたところで様子を窺っていても仕方がない。そのまま私も彼らの元に寄った。ちなみに銀さんは結野アナのファンらしい。


「それにしても大きなワンちゃんですね。お名前は?」
「“ウルフザマスク”ネ」
「神楽ちゃん。定春くんですよ」


の指摘も空しく、ウルフザマスクで話が進んでいく。
長いからと結野アナは定春くんをウルちゃんと呼んだ。口元に出した彼女の手はもれなくガリッと噛まれている。「こら定春くん」が横からマスク越しに頬を撫でると、噛んでいた口が緩む。そのまま彼女の掌は離された。他人を怪我させるなんて…飼い主としては失格だ。


「ごめんなさい。大丈夫ですか。普段は大人しいんですけど」
「あらいいんですよ。元気な証拠ですから」


持っていた絆創膏を結野アナに手渡した。
ちなみに結野アナの愛犬は“ラストオブモヒカン リビングオブザデッド マクガフィン”と言うらしい。定春くんことウルフザマスクよりも長いような…と思うのは野暮だろうか。彼女の愛犬が「ワンワン」私に向かって吠え出した。


「あら?貴女のことが気になっているようね」
「私、動物に好かれる体質のようで…。こんにちはラストオブモヒカン リビングオブデッド マクガフィンくん」
「ラストオブモヒカン リビングオブ“ザ”デッド マクガフィンです」
「あ、ごめんなさい。ラストオブモヒカン リビングオブザデッド マクガフィンくん」


長くて噛みそうなのはここだけの話。ゆっくり手を出して頭を撫でると結野アナの愛犬は尻尾をブンブンと振り回している。「ウチの子オスなんですけど」と結野アナ。それに続く銀さんの発言に思わず「コラ」と言いながら彼の頭を軽くペシッと叩いてしまった。これは自業自得です。

ーカランカラン

音がする。何だろうかと目を向けると私達の近くにフリスビーが飛んできたらしい。一番近かった銀さんがそれを拾い上げようとしていると、ワンワンと鳴き声が追ってくる。視線の先には一匹のダックスフンド。一直線に、その犬は銀さんが拾おうとしたフリスビーを咥えてこちらをジッと見つめている。途端に定春くんがワンワンと鳴き始めた。神楽ちゃん曰く、散歩の時によく会う子らしい。と、


「メールちゃァアアアん!!!!!!」


公園中に響くような叫び声。空気が振動しているのは気のせいではない。おまけにドドドドという地響きを起こす足音も。発生源だろう方向を見ると七三分けの男性を先頭に、恐らく堅気でない方々が走りながらこちらに向かってきているではないか。体が硬直する。銀さんたちはお決まりの、その方々と面識がある様子で、存在を視界に捉えた瞬間に表情が固まっていた。周囲のご婦人方は悲鳴を上げながら本気で逃げ惑っている。芝生は途端に大パニック状態。
「うぉ!待て定春!!」私達が固まっている隙をついて、定春くんがあのダックスフンドを連れて走り出したのだ。そして万事屋三人組が定春くんを追って走り出す。取り残されたのはだけ。待って!この展開誰だってついていけないから!


「お前も逃げろ!とりあえず来い!!!」
「え?ええ!?銀さん待って!!」


逃げろという言葉に慌てて彼らに続いた。…しかし逃げ足の差は歴然だ。おまけに私は着物を着ていて満足に動けない。スタートダッシュの差、速度の差、雑念の差。それらを以て、三人からあっという間に引き離されてしまった。

「おい!!ゆっくり減速しながら溝鼠組の追っ手の視界からフィードアウトしろォオオ!!」

銀さんの叫び声が届く。そんな無茶な!簡単に言ってくれるが、背に腹はかえられない。
私は言われた通りに、逃げ惑うご婦人方の方に入り込む。ヤクザと思しき墨入りの追っ手は、ドタドタと足音を立てながら三人の方へと一直線。胸に手を当てて絶え絶えの息を整える。周囲の方々からは「貴女、大丈夫かしら」声をかけていただいた。声を出すのもままならないので、必死に頷く。ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返し、僅かに湿った唾をのみ込む。大きく深呼吸を終えると、はその場に立ち上がった。銀さんたちは無事だろうか。は会釈をしてご婦人方のグループを抜け出した。

芝生の向こう側に大きな池があるのだが、彼らはそちらに向かって走っていたはず。スワンボートが浮かぶ池には木製の沈みかけボート。そしてそれに群がるヤクザの方々。岸に上がった仲間が手を伸ばして、仲間を助けようとしているのだ。

「(銀さんたちは!?それに定春くんも…)」

池の中央には物凄いスピードで進むスワンボートが二艘。一つには新八くんに神楽ちゃんが乗っている。もう一つには誰も乗っていない。乗っていない?なにこれ?そしてよくよく目を凝らして見てみると、二つのボートを繋ぐように人影が映る。


「銀さーん!!前!新八くんに神楽ちゃんも!!前を見て!」


私は池の周囲を走りながらそう叫んだ。二つ並んだ暴走ボートの進行方向には別のボート。このままでは衝突してしまう!彼らがいるのは大きな池の中心近くで簡単には近づくことができない。池の反対側には人が渡れる橋が架かっているものの(そこらへんはボートがいけないようになっていて恐らく浅瀬だろう)その橋を渡っても彼らは遠い。
駄目だ、ぶつかる!ードォオオン と、酷い音と共に上がる水飛沫。三つのスワンボートが衝突した。


「みんな!!」


あれだけのスピードが出ていたということは衝突の衝撃は相当のものだ。見開いた先には水面に浮かぶものはなく、僅かに残骸の一部が水面上に見えているだけ。このままでは皆が溺れてしまう。周囲を走って回り込んだのは池の浅瀬がある区域。バシャバシャと“入るな危険”の看板も気にせずに足を踏み入れる。膝ぐらいまで進んだ時に「ワンワン」と定春くんの鳴き声がする。前には背中に三人、口に一人を咥えたワイルドなプロレスラーウルフザマスクの姿。


「助けてくれたのね!岸まで運んで!ねえお願い!水を飲んでいないか確認するから!」


私がそう言うと定春くんは岸まで走り、助けた人を置いて再び池に戻っていく。次に戻ってきた時に彼は残り全ての人を助けたのだろう。引き上げられたのは先に私に話しかけて来たサングラスの人に結野アナ、万事屋三人組に七三分けの男性。彼らが連れていた犬も無事な様子で、ワンワンと吠えながらそれぞれの飼い主の側に座っている。は彼らの口元に手を当てて呼吸を確認し、次は肩を叩いて意識を確認する。幸いなことに全員水浸しで意識がないような状態ではあるが、呼吸が止まっている人はいなかった。

「定春くんありがとう!まずは救急車を呼ばなくちゃ」
「ワンワン!ハッ!ハッ!」

周囲の人に救急車を手配してもらい。声をかけて体を揺すりながら、借りたタオルで彼らの濡れた体を拭いていく。「アレ?」とどこかで声がして、視界の中で七三分けの男性が起き上がった。その人は周囲を見渡して後ろの定春くんとお話ししている。その間に、彼のワンちゃんに例の機械犬がマウンティングしていて慌てて男性に払われていた。あの機械犬…私なら返品だな。一時期流行っていたが廃れた理由がわかったような気がした。
重しが去ったダックスフンドは、ワンワンと鳴き声を上げて私に近づいてくるではないか。短い前足を私の脛に掛けて立ち上がり、ブンブンと尻尾を振っている。首元には“メルちゃん”のプレートが見えた。


「あら?貴女メルちゃんって言うのね。よしよし…ッ!?」


しゃがみこんで犬を抱き上げようとしたら、頭の中で今の状況と同じシーンが浮かんだ。どうしてだろう頭痛も酷くなる。頭に手を置いて爪を立てながら、クシャリと握った指の間から髪が飛び出る。頭が痛い。このシーン…何処かで…。


「嬢ちゃん大丈夫かいな?」
「あの、大丈夫です。少し頭痛が」
「なあ嬢ちゃん。アンタ何処かでワテ等と会わんかったか?」
「…ごめんなさい。覚えてません」


さよか。その方は顎に手を当てた。覚えてはいないけれど何処かで経験している。
それは先の真選組屯所での出来事と同じ感覚だ。私達の周囲には、池に落ちたのだろう彼の子分と思しき方々が集まりつつある。このまま乱闘にでもなったらどうしよう。救急車だけではなく警察も呼んでもらうべきだっただろうか。後悔してももう遅い。


「ワン公…メルちゃんとの交際は友達からやから忘れんとき。嬢ちゃん、ワテ等は騒動嗅ぎつけたポリ公来る前に引き上がらせてもらうよって。お友達のことは嬢ちゃんに頼んだで」
「はい。この度はお騒がせ致しました」


手をついて頭を下げる。

「頭上げぇや…何やイジメとるみたいやさかい。ワテの名前は黒駒勝男や覚えとき。今回はこっちにも非があるからな。よっこらせ」

救急車の音が近づいて来る。「行くでメルちゃん」と言うと彼の愛犬は名残惜しそうにこちらを振り向きながら、飼い主を追って行く。親分に続いてゾロゾロと子分も見えなくなってしまった。ヤクザの方々が去ってすぐに銀さんたちが目覚めて、サングラスの男性に結野アナも意識を取り戻した。念のためと五人はそのまま病院に運ばれていった。
私は公園に一人残り、定春くんを引き連れて先に万事屋へと戻ることになった。この大きさだ。力も強いのは知っている。リードを付けても引っ張られて意味がないのだろう。神楽ちゃんはよく散歩に連れ出しているようだけど…私の言うことは素直に聞いてくれるだろうか。ワンワンと彼が鳴き声を上げると徐に自らの背中を見てくる。さっきの神楽ちゃんの状態を思い出した。

「乗れってことかしら」
「ワン!」

と、私は一人で初めて定春くんの背中に乗った。足が開かないので両足を横に流して。不慣れでバランスもぐらぐらで何度か落ちそうになったけれど、まるでもののけの姫様になった気分だ。
帰り道、横に並んだ警察車両に乗っていたのは土方さんと沖田さん。交通安全は守れよ、との忠告は確かに受け取った。

沿います。メルちゃん再登場。
20201107*星宮はちこ   裏語