レプリカ虚像乙女
 【第七章、受容 六十話、居候】


定春くんを家に送り届けてから、は大江戸病院に向かった。万事屋を始め今回の騒動で皆が運ばれたからだ。
総合受付のある大きな待合室。伸びる廊下も建屋も大きいが通常は皆ここを通って内外に動くので、待つならここしかない。 記憶喪失の折、ICUにいて…以前に働いていた時の上司や知り合いが、まだまだ多く働いている。 髪色も印象も変わっているけれど、できれば会いたくないとでも言うべきか。 特に、ジャック先生や内野さん婦長あたりは、記憶喪失の状態の私を知っているのだし。 彼らに会うと、また病院に来て…と怒られそう。銀さんたちがいないだろうかと周囲を探りながらも、 病院関係者と思しき人が通るとシレッと視線を下げた。バレませんように。
意識も戻っていたのだから、医師が軽く診断して終わりかとも思っていたが、 万事屋の方々はまだ受付に姿を見せない。何か問題でも発生したのだろうか。 受付の事務職の方なら、顔バレはないと思うので聞いてみるのも手だろう。 まあ個人情報については日々厳しくなっているので、聞いて教えてくれるかはわからないが。

「あー、病院来た方が疲れるってどーいうこった」
「心配ないネ。薬は沢山もらえるアル」
「神楽ちゃんそれお金かかるから。せっかく仕事で稼いでも医療費に使われたら本末転倒ですよ」
「そう言えば、家賃やべぇわ。婆さんにそろそろ追い出されるぜ」

懐かしい声がして視線が上がった。
廊下の奥には、先ほど公園で別れたばかりの万事屋の姿。皆元気そうなのである。よかった。は椅子から離れて彼らの傍に歩み寄る。

「お体は大丈夫ですか」

立ちはだかる私に各々が驚きの表情。迎えに来たという旨を伝えた。 医師の診察内容を口にしながら、受付で支払いを待つことになる。


「なあ。この紙はどー言う意味アルか?何で点数が書いてるヨ」
「これは診療報酬制度の点数を示しているんですよ」
「点数が高いと良いネ?」


そうとも限らない。私は神楽ちゃんにもわかってもらえるように、できるだけ噛み砕いて、 診療報酬の制度について説明した。主に国に支払っている社会保険に関わり合ってくる。 保険診療の場合、各々の処置や技術料、診察料、薬費が点数計算される仕組みだ。 その点数は自己負担と公費で振り分けられ、医療行為に対する自己負担額が決定する。 神楽ちゃんには少し、難しいみたいだけど。
「次、105番の方!支払い窓口に来てください」アナウンスがあって、銀さんが気だるそうに立ち上がった。 胸元から二つ折りの財布を取り出し、中からお金を…と、どうやら様子がおかしいのである。 胸元を漁り次はお尻のポケット。そのまま固まった様子の銀さんがゆっくりとこちらを振り返る。

「やべえ金ねぇわ。、金貸してくれ」

って、盛大に転けそうになったではないか。神楽ちゃんに新八くんがその額を払えるかはわからない。 ここに私がいなかったら、警察沙汰?来てよかった。その場は支払いを済ませて穏便に。 何でもパチンコで負けたらしい。お金がなかった理由がギャンブルな件については、後ほどお説教だ。


…ちゃん?」


私を呼ぶ声がして振り返る。いつかぶりの懐かしい顔。看護師の先輩の内野さんの姿がそこにはあった。 動揺して「内野さん」と彼女の名を呼ぶに止まる。何か仕事があるのではないだろうか、それらを気にせずに内野さんは私を中庭のベンチに連れ出した。万事屋の皆も隣のベンチに並ぶ。

「驚いたわ。今は真選組にはいないのね。あ、それも坂田さん達の所に居候なんて」
「お知り合いなんですか?皆さんと」

内野さん曰く、万事屋のメンバーは大江戸病院の中でも有名人らしい。 勿論、毎度毎度大怪我をしては運ばれ入院しにやってくる人としてである。 おまけに婦長が病棟内を見回る中、問題行動を起こしたこともあるとか何とか。何それ凄い。 要注意人物の話は回ってきた事があったが、万事屋についてはにとっては初耳である。できれば病院にはお世話にならないでもらいたいし、 目をつけられるような行動も控えてもらいたい。本当に。

「今の所は安心ね。後で先生にも知らせなくちゃ。何かあったら力になるから、いつでも来て頂戴!」

患者じゃ駄目よ、と最後にデコピンを食らった。彼女の一撃は地味に痛い。 手を振りながら病棟へと戻っていく背中には頭を下げた。


「確か以前は大江戸病院にいたんですよね」
「ええ。内野さんと一緒に働いていました」


帰り道。新八くんの問いに私は自身の経歴を語った。と言っても、覚えている限りだけと。 もしかしたら、私が大江戸病院にいた数ヶ月の間に、廊下ですれ違っていたかもしれないのだ。
かぶき町への道すがら、飲み屋ではない一般の飲食店が並ぶ通りを歩く。おすすめ商品の幟が並ぶ中、 目に留まったのはファミレスのカラフルなそれ。昨日の約束が脳裏を過ぎる。


「そうだ!皆さんここでお茶でもしませんか?銀さんお望みのパフェがありますよ」
「マジ?いいの!?」
「ヒャッホー」


遠慮がちな新八くんの背を押してファミレスの扉を潜る。銀さんは勿論パフェで神楽ちゃんは特盛中華セットをいくつか。 新八くんはケーキのセットに私は紅茶を注文する。

「美味いアル!モゴォ」
「よく噛んで食べてね」

神楽ちゃんの食欲旺盛さには驚いたけど、銀さん曰くこれでも抑えている方らしい。 あんなに食べるのに一般女子の体型を保つなんて…代謝が良いどころの話ではないような気が。 なんか似たような大食いタレントがいたはずだ。彼女がそのタレントと同じ特殊体質と言うなら、まだ納得できそう。

「あー美味ぇ。イチゴパフェ最高!糖分最高!」
「甘いのお好きなんですね」
「好きどころか俺の体の八割は糖分で出来てるからね。舐める?」
「要りません!」

その時、隣に座った新八くんがこっそりと耳打ちしてきた。 銀さん、甘い物の取り過ぎで糖尿病の危険が高く、所謂糖尿病予備軍らしい。医者に診せたところ、 糖分の制限を勧められているとか何とか。これはとんでもない事を聞いてしまったではないか。 私は医者である。チラリとこっちを見た彼とバッチリ視線が交わった。はニコリと笑う。


「銀さん?聞きましたよ。何でもお砂糖の摂取を控えるよう言われているらしいじゃないですか」
「新八くーん。今何言ったァ?言っちゃいけない事告げ口したよね?に密告しやがったよな?」


凄い眼光でこちらを見てくるが、そんなのは気にしていられない。私は微笑みの強度を増すのみだ。

「それもこれも銀さんの体のことを思ってですよ。さんも何れ知るでしょうし」
「銀ちゃんは白い結晶(砂糖)中毒アル。ご飯にアンコ乗っけてる時点で終わりネ」
「裏切り者ォォォ!!ってちゃぁぁん!?」

私の手が銀さんの手首を掴んだ。これ以上、彼に糖分を取らせるわけにはいかないのである。 男女の力の差もあるし、元々彼は腕っ節が強いのだろう。私の全身全霊の力を込めての攻防戦が続く。 かなりキツイ。
糖尿病は先天的なものも存在するが、圧倒的に後天的に罹患する場合が多い。生活習慣病のそれである。 糖尿病が厄介なのは様々な合併症を発症する可能性が高いこと。 恩人である銀さんをそんな目に合わすわけにはいかない。食事をコントロールすれば発症は防げるはずだ。

「神楽ちゃん、残り食べちゃって」
「いいアルか?」
「ってオイィィィ!!!?俺のイチゴパフェ返せぇ!!最後のサクサクコーンフレーク食わせろォォォ!!!?」
「一口だけですよ」

言ったそばから彼の利き手が掴む細長いパフェ用スプーンをもぎ取る。 間髪入れずに中身が少なくなった容器に突っ込み、乗るだけのコーンフレークを掬い取った。 残りは神楽ちゃんの前へ。彼女の前に差し出されたパフェは一瞬で胃袋の中に消えていた。


「はい銀さん最後の晩餐です。アーンして下さい」
「ハイ…」
「美女に食べさせてもらって泣いてるアル」
「それも違うよ。きっと」


サクサクコーンフレークを口に含み、噛み締めながら涙を流す銀時の気持ちを知るのは新八だけだ。 これから甘味を巡り銀時との間で戦争が勃発するのは必須だろう。そして彼女の目を盗み、 イチゴ牛乳始め種々のお菓子を食べるのも目に見えている展開。 これから忙しくなるな、そう新八は覚悟を決めた。
ファミレスで代金を支払い、万事屋一行とは帰路に着く。ご馳走様でしたとの言葉が左右から飛んでくる。

「快気祝いです」

今日は色々と騒動があったけれど、怪我も無く無事に戻って来れたから。そのお祝い。 まあ健康に越したことはないだろう。

「水に浸かって病院行ったくらいで祝ってたら先が保ちませんよ」
「そうネ。万事屋はもっと危ないことに首突っ込んでるヨ」
「例えばどんなことですか?」

どこかの星の皇子の我儘に振り回されたり、ヤクザの喧嘩に巻き込まれたり、攘夷浪士の抗争に巻き込まれたり、インチキ宗教に潜入してみたり。 時には三人全員入院したこともあったらしい。そのどれもが一つの映画か物語のよう。 普通の人間では経験できないだろうに。
いくらかぶき町が夜の街で、時にならず者が彷徨いていたとしても、 そんな波瀾万丈な日常を想像することができるだろうか。普通は無理だ。というか…大丈夫だろうか。 この町にも例の攘夷組織の構成員がいるかもしれない。その可能性は否定できない。 騒動が起これば、万事屋の皆さんにもこの町の住人にも迷惑がかかる。それだけは避けたい。


「どうしたアルか?」
「ううん。少し考え事。私、この町で生活してて大丈夫かなって」
「大丈夫ヨ。ちょっとやそっとじゃ動じなくなるネ。もし面倒事に巻き込まれても万事屋なら心配ないアル」
「僕たちだって、好きで面倒事に巻き込まれているわけじゃないですけどね」
「わかっています」


それもそうだ。わざわざ首を突っ込むはずがないだろう。万事屋の仕事として危ないものがあれば 断ればいいだけの話。は楽観視していた。

「そうだぞお前ら。は危険な真選組から保護したんだ。面倒事に巻き込んだら直ぐにあれこれ理由つけて 誘拐しにくるからな」
「誘拐って…真選組の皆さんいい人ばかりですよ」

物は言いようだ。真選組がまるで極悪人かのような言い方。「何でもドSがお熱らしいぞ」銀さんの言葉に、 神楽ちゃんの鼻息が荒くなる。
そのまま四人並んで歩いていると、万事屋の入った建物が見える場所まで戻ってきた。 そのまま側面の階段を目指す。と、横のガラスの引き戸が開くのが見えた。一階のお登勢さんのお店。 勿論昼なので暖簾はかかっていない。引き戸のが開く音がした。


「銀時。家賃はどうしたんだい?まさか約束を忘れたんじゃないだろーね?」
「バ、ババア…」
「逃げようとしても無駄だよ。アンタ言ってたじゃないかい。今日までに払うってな!」
「待てばーさん。ちょっとパチンコでスッっちゃてだな」


横から伸びてきた手が、銀時の首根っこを掴んで引き摺り込む。雄叫びのような悲鳴。 ピシャンと音を立てて閉まった扉。やがて何も聞こえなくなった。残ったのは静かなかぶき町の風景である。

「これは…」

あまりに突然の出来事に、突っ立ったまま動けない私。前を行く二人は我関せずとばかりに 階段に向かっていた。気にしなくてもいいです、と新八くんの声。自業自得アル、次は神楽ちゃん。 中の様子を覗きたくても磨りガラスで見えやしない。銀さん…大丈夫なのだろうか。 私を呼ぶ声が上から降り注ぐ。後でお登勢さんの所に伺うことにして、も階段を踏み上がった。


*****


二人にお茶を出して一息ついた頃、は万事屋を出た。一階に銀さんを迎えに行くと伝えている。 歓迎会をしてもらって以来のスナックお登勢。ガラス戸の向こうは見ることも叶わない。 シンと静まりかえっていて人の気配は感じられなかった。しかし、十数分前に確かに銀さんはここに入っていった。
は恐る恐る持ち手に指を添えると、力を込めて横に引いた。ガラガラと独特の乾いた音がした。

「失礼します」

時間を忘れたかのような人気のない世界。鍵が掛かっていなかったということは無人でもないのだろう。 覗き込むように上半身を滑り込ませる。

「今はまだ支度中だよ、ってアンタかい」
「お登勢さん、突然申し訳ございません。今、少し時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「まあ入んな」

促されるままカウンターの側に歩み寄る。袖を襷で結いたお登勢さんは台所に立ち、 料理の仕込みをしているようだった。手元にはまな板と野菜が見える。
「で、何の用だい」 一息おいてお登勢さんが口を開く。私は、先ほど店の中に消えていった銀さんと家賃のことについて、お登勢さんに尋ねた。 返ってきたのは衝撃的な答えだった。
何でも銀さんは家賃滞納の常習者で、現在三ヶ月分も払っていないらしいのだ。 そして以前にそれを咎められ、今日までに全額を支払うという約束をしたらしいのだが、沙汰がなかった。 とっ捕まえられた彼は、今日中に工面するようにと最終通告を受けて店から追い出されたという。 つまりここにはいないらしい。
万事屋への依頼は流動的で、収入は安定していないのではないだろうか。 月によっては家賃を始め食費など生活費に影響が出るくらいに。 それならばご飯にがっつく神楽ちゃんの姿も納得できる。滞納が続けば、二階を追い出されるのも時間の問題。金銭のトラブルは警察沙汰になってもおかしくはない。 できる限り穏便に…かつ迅速に解決しなければ。


「お登勢さんがよろしいのなら、家賃は私が払います」
「はぁ?アンタ昨日かそこらにやってきたばかりだろ」
「はい。居候ですが、私も万事屋にお世話になる身です。丁度、今、持ち合わせがあるので…」


胸元から封筒を取り出す。私が保護された時に所持品として持っていた帯付きのお金。 逃走資金だったのだろう。番号を追ったけれど攘夷組織に繋がることはなかったので、そのまま返してもらったやつだ。 少し使ってしまったから…帯は取れたが、それでも大金であることに変わりない。一ヶ月の家賃が六万円。 その三ヶ月分を残した封筒をお登勢さんの前に差し出した。よろしくお願いしますとの言葉を添えて。

「はぁ…何の真似だい。こんな大金」
「?」

受け取っていただけるものだと思っていたのに、お登勢さんの反応は意外なもの。どうしたのだろうか。には理解できないでいた。仕込みから手を止めて立っていた彼女は煙草を取り出すと 火を付けて吸い始める。吐き出した煙が宙に消えた。


「気にするこたないさね。だったかい?アンタがそこらの人間と色が違うのは身にしみてわかったさ」
「色?」
「育ちって意味だよ。まあ環境って言ったらいいのかね。ここかぶき町には色んな人間がいるからねぇ」


お登勢さんは語った。
かぶき町は雑多な町であると。真面に生活している人もいれば、その日暮らしで生きている人だっている。 時には他所の町から流れてきたような人間まで。それらが複雑に絡み合い、均衡を取り成り立っている世界。 持ちつ持たれつ。時に曖昧で時に厳しい。私は少し目立つらしい。

「真面目なんだね」

勿論真面目な人間はたくさん居るけどね、と付け加えて。
私が万事屋の家賃を肩代わりする事は、悪いことでもないけれど、直接的に銀さんのためにはならないらしい。 手を差し出すことは大切だけれど、必ずしも救いの手になり得るとは限らない。お金の事は特に。 逆に騒動を生みかねないとも忠告された。手癖の悪い連中はそこら中に彷徨いている。 突き放すことも優しさだと言う。

「医者のあんたに言うのもアレだけどね。死にいく人間にどれだけ手を尽くそうと変わりゃしないんだよ。 無駄な時間に労力使うなら、最期は手ぇ握ってやるだけで事足りるのさ」

死んで心から弔ってもらえれば、きっと成仏するだろうに。それくらい、一つの道が正解とは限らない。 だからその金は仕舞いな。お登勢さんは今一度煙を吸い込む。


「銀時はね、普段はとんだダメ男だけどケジメをつける時はつける漢だよ。さっき尻引っ叩いてやったからね。 なぁに、すぐ耳揃えて持ってくるさ」
「でも、それでも…」
「万事屋に世話になるって気張っているのかい。心配いらないさね。とんだ頑固娘だよ。でも心も瞳も綺麗。 私は嫌いじゃないよ。万事屋の連中も受け入れているんだ。もっと気楽に生きればいいさ」


返す言葉がない。昔…診療所で働いていた頃に似たようなことを言われたことがあったから。 気楽に生きるって、どうすればいいのだろう。攘夷組織に肩入れして、逃げて、追われている私が。 一人であれこれ考えていたら、目の前でお登勢さんが笑った。


「わかりやすい子だね。今は何したって変わりゃしないよ。あれこれ心配する暇があったら…手伝ってくれないかい?」


夕方の開店に向けて、お通しを始め一品料理など仕込んでいた最中だったのだ。少しでも役に立てるならとは頷く。一人暮らしをしていたのなら少しは料理もできるだろうとも言われたけれど、自信はない。 だって…元々料理好きでも得意なわけでもなかった。仕事柄、忙しい日はお弁当やお惣菜で済ませていたから。

「包丁は握れるんだろ。じゃあこの魚三枚に捌いてくれるかい」

まな板の上に横たわるのは、鯖だろう魚。それも何も処理されていない水揚げされたままの姿。 内臓もエラも付いている。スーパーで切り身や刺身の魚を購入したことはあったが、捌いた経験はない。 何なら、人間の方がメスを入れたことがあるほどだ。勿論手術という意味で。


「どうしたんだ?もしかしてやったことないのかい?」
「お恥ずかしい話ですが…切り身しか…」
「若い子はそんなもんだろう。いいじゃないかい。教えてあげてもいいよ。教わる気があるならね」
「よろしくお願いします!」


頭を下げると微笑みが迎えてくれた。そうだ。出来ないことが悪いことなんじゃない。教わればいい。は襷と割烹着を渡されて身に纏う。手を綺麗に洗ってカウンターの内側へ。
それから、お登勢さんは丁寧に魚の捌き方を教えてくれた。それ以外にも野菜の処理の仕方、 見栄えする飾り切りのポイント、その他料理の基本全般。自分で取った出汁を味見した時は感動したくらいに。 鰹節から取った出汁って、とても美味しいのだ。捌いた鯖は味噌煮に。一品、また一品と仕上がっていく。 料理のセンスは悪くないと褒めていただいた。


「あの馬鹿とはそう簡単に言い切れる関係じゃないよ。っても終始振り回されっぱなしさ。 どこでどうなったのか、新八に神楽っていう未成年まで引き寄せる始末。 ついにはお前さんまで連れてきたもんだ。アイツには人を引き寄せる力でもあるのかね」
「銀さんのこと、信頼してるのですね」
「言っただろ?だらしない男だけど筋は通すって。困ったらいつでも逃げてきなよ」
「お心遣い感謝します。…でも、そんな銀さんなら、お世話になることもなさそうです」


頑張りな。お登勢さんはそう背中を押してくれた。
粗方料理が揃ったからもう手伝いはいいよと言われたので、包丁やらまな板を洗う。 アルコールを噴霧して終了。

「これ、持ってきな」

と言って手渡されたのはタッパー。中には見覚えのある料理。さっき私が作った鯖の味噌煮である。 ご丁寧に四切れ分。崩れたから商品としては出せないけれど、家で食べる分には問題ないとのこと。 でも、よくよく凝らしてみても皮にも身にも崩れはないのに。それに野菜の煮物も少し。 お登勢さんの優しさに心が揺れた。「ありがとうございます」は三度頭を下げた。タッパーは洗って返しなよと助言を受けたけど。
割烹着を脱ぐと奥の部屋に置いてくるように言われたので、扉の向こうへ。


─ガラガラ
「よう、ばーさん!家賃全額耳揃えて払ってやるよ!久々にパチンコで当たったからな…ついでに一杯呑ませろよ」


引き戸の開く音と銀さんの声。どうやら、お金を工面して家賃を支払いにきたらしい。 畳んだ割烹着と襷を奥の部屋に置くと身を翻す。よかった。お登勢さんのいう通り、銀さんは約束は必ず守る。

「そうかい。金さえ払って貰えりゃ口は出さないよ。しっかし、こんな時に酒集ろうったってハズレだね。 アンタ結局飲みふけるだろ?」
「は?どゆこと?」
「それ見な」

お登勢の視線の先には、カウンターに置かれたタッパー。中には料理が入っている。 「何だよコレ」と、銀時は意味が理解できないでいた。


「銀さん、お帰りなさい」


はタッパーをマジマジと見つめる男に声をかける。奥から聞こえてきた声に視線が上がり、ばっちりと目があった。私はニコリと笑う。ここにいる理由がわからないのだろう。銀さんはパチパチと瞬きを繰り返している。


「何?何でが、ばーさんの所にいるわけ?」
「馬鹿の尻拭いに来たのさ。そのまま色々手伝ってもらったんだ。そいつはの捌いた魚だよ。こんな年寄りに酒集るくらいなら、とっとと二階帰って飯でも食っときな」
「良いですよ。銀さんだってお酒飲みたい時だってありますよね。 賭け事もお酒も甘い物も程々にお願いします」


お登勢さんから例の封筒を返されると、胸元に仕舞う。カウンターのタッパーを手に取り、お礼の言葉と共に深々と頭を下げた。銀さんには「飲み過ぎないで下さいね」の言葉も添えて。
お店を出ると外の空気が気持ちいい。少しの時間だったけど物事の見方や考え方が変わったような気がする。 私の知る私なら、訪れることがなかったであろう、かぶき町。そしてこれから身を置く世界でもある。

見捨てることが優しさというのなら…私はこの手をどこに差し伸べればいい?
図太く生きるには…ねえ、どうすればいい?

ここで上手くやっていけるのか、少し不安だけど、万事屋の皆がいるなら大丈夫な気がする。 後は皆が怪我をしないように気を配るだけ。大丈夫!
階段を上がっていると、追ってきた足音が隣に並んだ。今日の当番として、頂いたお魚とお野菜、その他簡単に作れるおかず数品で晩御飯にしよう。冷蔵庫の中は把握済みだ。お米を何合炊くかは銀さんに聞くとして。
その日の晩御飯は皆喜んでくれた。
新八くんも今日みたいに、時々万事屋でご飯を食べているらしい。 と言ってもお姉さんのために、実家で料理を準備してるという。 神楽ちゃんのご飯を消費するスピードには目を見張ったけど。お腹いっぱいになったのならそれで良し。 口元についたご飯粒に笑みが溢れる。銀さんは神楽ちゃんとオカズの取り合いになっていたけれど。

借り物のタッパーは洗って一階のお登勢さんの元へ返却だ。暖簾の掛かったお店に入ると、 驚いた表情で迎えられた。キャサリンさんの顔圧は相変わらずだったけど。


「アタシゃ洗って返せと言ったけど、こんなのはいつだっていいんだよ。おまけに店開けてる最中だしね」
「申し訳ございません。早い方がいいかなと思いまして…」
「アンタ馬鹿が付くほど真面目って言われないかい?気にしなくていいんだよ。図太くって言っただろ?」


カウンター越しに話していたら、並んで座っていたお客さんが身を乗り出して話に入り込む。 どうやら突然現れた私が何者か気になるらしい? お登勢さんは簡単に、上で世話してる子とだけ伝えていたけれど。 ここのお客さんは勿論万事屋のことも知っているので、「銀さんとこの?」と納得した様子。

「お登勢さん、ビール頼むわ」

ボックス席から声がかかる。はいよ、と応じながら冷蔵庫から冷えた瓶ビールと栓抜き、 ガラスコップが揃った。お登勢さんはキャサリンさんに持っていくようにお願いしたみたいだけど、 当のキャサリン本人は煙草を吹かしてどこ吹く風。お節介かとも思ったけれど、フロア側にいる私は 「お持ちしましょうか」と声をかけた。

「行キナ。小娘ニハオ似合イダヨ」

先に煙草を咥えたキャサリンが命ずる。お登勢さんが「いいんだよ。もう帰りな」と言ってくれたけれど、 これでだけ運びますからとお伝えする。私はお盆を手にお客さんの元へ。栓はうまく抜けたけれど、 注ぐビールの泡と液体のバランスは中々いい割合にはならない。泡少なめのビールを見て、 お客さんは笑って許してくれたけども。練習だと、顔を赤らめた人が次々にビールビールと連呼して、 一人一本ずつ注文。はドキドキしながらビールを注ぐ。

「ほんと、男ってのは馬鹿ばっかだねぇ」
「アノ小娘ヲ餌ニヤラセトケバ良イデスヨ」
「いやコレ、お前の仕事だからな!!」

やがて、タッパーを返却しに行ってから中々帰ってこない私を心配した銀さんが顔を見せた。 ちょっと不機嫌な彼に引っ張られて私はスナックお登勢を後にする。 随分と酔いの回ったお客さんから、野次やら何やらが飛んでくるけれど、風のように受け流す銀さんが、 大きく逞しく見えたのは気のせいではないだろう。


馬鹿正直で、くっそ真面目ちゃんが、かぶき町の世界を知り、馴染もうと決める話。緩衝材的な話。 そしてやっぱり、おわかりいただけただろうか?(二回目)
20201115*星宮はちこ   裏語