レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 六十三話、小さな女子会】
「いらっしゃ〜い
さん」
目の前にお茶を置きながらお妙さんが笑う。スナックすまいるの騒動から数日後、私は新八くんの実家である恒道館道場に招待されていた。彼に道案内されてここにたどり着いた時に、立派な門とお屋敷が聳えていて驚いてしまったのはここだけの話。彼らのお父様が経営されていた剣術道場も、廃刀令が敷かれたご時世の煽りを受けて門下生が激減。経営難に陥り、道場を畳む瀬戸際に立たされるという厳しい状況になったと言う。しかしこのままこの道場を失いたくはないと奮闘した今は、姉弟二人で道場の復興の為に頑張っているとのこと。
「この前はありがとうございます。店長も儲けが出たと言っていたし、将軍様にも喜んで頂けて諸々の粗相をチャラにして頂いたし」
「いえ。私はほとんど何もしていませんので。それでもお役に立てて良かったです」
「まあ今日は女同士仲良くしましょ♪あの時は時間がなくてお話も出来なかったので」
改まって彼女に自己紹介を。名前に経歴、記憶喪失の件から今どうして万事屋にいるのかも。隠さずにお伝えした。「まあ、そんなことがあったなんて」と頬に手を添えながらお妙さんは心配してくれた。
「新ちゃんの姉の志村妙と申します。神楽ちゃんもここによく遊びに来てくれるの。
さんもいつでも来てくださいね」
お淑やかな雰囲気のお妙さんだけど、年齢は私よりも下なのである。まあ当たり前といえば当たり前なのだが。彼女が自らの目標のためにスナックで働き頑張っている事実に心が揺れた。それに引き換え…私は一体、どこで何をしていたのだろうか。医者として働く夢と、攘夷浪士と繋がっていた現実。埋まらない空白は罪悪感しか生まなかった。「あの大丈夫です?ご気分が優れないとか?」パチパチと瞬きを繰り返しながら尋ねられて、ごめんなさいと謝罪に加えて、考え事をしていた旨を告げた。
「まあ、色々ありますもの。そうだ!甘いものでも頂きません?ちょうど差し入れに沢山頂いたので取ってきますね」
彼女が立ち上がろうとした時だった。スッと音もなく部屋の襖が開いたと思えば、お盆にハーゲンダッツバニラ味を乗せた近藤さんが入ってくるではないか。
「ああ、お妙さんはそのままで。女の子同時気兼ねなく過ごしてくれ」なんて言いつつアイスを置く姿は自然すぎて違和感がない…。いや違和感だらけだ。なんで近藤さんがここにいるのだろうか。そう思って顔を凝視していると横から伸びてきた手が男の胸ぐらを掴んだ。
「テメェェェェ!!!何勝手に家に上がり込んどるんじゃァア!!!」
大人一人(しかも体格の良い成人男性)を振り回しつつ放り投げたお妙さん。かの近藤さんは天井に突き刺さり、両手両足が力なくぶら下がっていた。パラパラと木屑がこぼれ落ちてくる。
「騒がしくてごめんなさいね。最近ゴリラが不法侵入してきて困っているの。さ、アイスでも食べましょう。真選組にご迷惑をかけたものだから、差し入れしろって言ってるの」
「あの…色々と大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ〜。どんな防御策を張り巡らせても奴らはやって来る。もうGの方が一思いに始末できるからありがたいわ、なんてね」
蓋を開けて、中のビニールを剥がすと濃厚なバニラの甘い香りが鼻に届いた。私が聞いた“色々と”にはもう本当に色々な意味が込められているのだが、もういい。なぜ近藤さんがここにいるのかとか、人一人ぶん投げられるなんて凄いですねとか、真選組に迷惑をかけたのに差し入れを要求している所とか、突っ込んだら負けだ。すなっくスマイルの一件で私の感覚はおかしくなっているのだろう。アイスを一口含むとやっぱり美味しい。
「美味しいですね。さすが天下のハーゲンダッツ」
「でしょ〜」
なんて女同士の会話の最中、天井の板が開いた。変な音がしたと思い、天井を見上げるとポッカリ空いた穴から覗く顔が一つ。
「ふっふっふ。こんな所で井戸端会議なんてしていて良いのかしら。銀さんを巡る恋敵が増えたと思ったらここで一網打尽にしてくれるわ。ねっ銀さん!!」
天井から身を翻し降りてきたのは身軽な格好をした猿飛さんだった。机の上に正座しつつ私の手を握り「銀さん」と語りかけ続けているのだけれど。人違いも甚だしいのだが。
「猿飛さん。この手は銀さんじゃありません、私です
。以前にスナックでお会いしましたよね」
「
さんいいのよ。この女頭がおかしいから」
眼鏡をかけ直した猿飛さんは周囲を見渡し銀さんを探している。いやだからここに居ないってば。ハーゲンダッツを食べ終わったお妙さんがよっこいしょと立ち上がると、猿飛さんの頭を握りつぶさんばかりに締め付けていた。「お妙さん。私にこんなことして良いと思って?」苦しみに踠きつつ、お妙さんからの今すぐ帰ってくださいと最後通告が。その後ろにはまだ天井からぶら下がったままの近藤さんの体。
「お妙さんの周囲は賑やかですね。そう言えば真選組屯所に居た時に、写真が貼られているのを見ましたよ」
「まぁ。次は屯所ごとゴリラ燃やさないといけないかしら」
「屯所はダメですよ」
「
ちゃん今の発言よく考えて!ゴリラも燃やしちゃ駄目だから!」いつの間にか近藤さんも復活していた。彼の頬にお妙さん渾身の拳がめり込んでいる。「とっとと帰れ!」彼女が怒鳴るとトボトボと二人の姿が見えなくなった。「さ、うるさいのがいなくなって良かったわ」と手を叩きながら、お妙さんが向かいに座ると屋敷に再び静寂が訪れる。これが日常茶飯事らしい。
「それでね、あの夜から店長が
ちゃんを是非ともウチの店にって聞かないのよぉ。万事屋のお仕事だけじゃあ不安もあるじゃない?どうかしら?」
「夜の仕事…ですか。実は万事屋以外のお仕事を考えていて…銀さんに話したら全て却下されてしまって」
「そうなの?」
外に出て働こうと思ったのは、決して万事屋に不満があるわけではなかった。金銭的にも環境的にも…だ。単純に医師免許があるから常勤あるいは非常勤の医者か、あるいは看護師として働いた方が効率がいいのではないかと思ったのが始まり。資格は有効に利用した方がいいし、医者ならば少なからず皆に迷惑もかけずに家賃や生活費くらいは稼げるだろう。かぶき町にある非合法なお医者さんは裏社会(攘夷組織)に繋がっている可能性があるから、普通の病院で。それを進言した時の銀さんの反応は鼻をほじりながら「無理」の一言。どれだけ説得しても首を縦には振ってくれなかったのだ。
「うふふ。あの銀さんがそんなにも大切に考えて下さっているなんて…妬いちゃうわ」
「そんなのじゃないですよ」
「まあ、大切な人を目の届かない所になんて行かせるわけないですもの。しかしウチ(すまいる)も従業員が増えるに越したことないのよ。特に前みたいに人が足りない時とか。私も銀さん説得しちゃおうかな」
キャバクラも楽じゃないけれどお金にはなりますから。いつでもいらして下さいね、お待ちしてますよ。そう言われて私も頷いた。すると、
「失礼する。お妙ちゃんはおられるか」
玄関から声がした。「はーい。あ、
さんはちょっと待ってて下さいね」と彼女が腰を上げて部屋から出て行った。戻ってきたお妙ちゃんの後ろからポニーテールに眼帯姿の九兵衛さんが続く。初見の時はツインテールに艶やかな柄のミニ丈着物姿であったが、今日は装飾が少なく前回と印象が異なっていた。とても
に似ている。しかし彼女は見たまんまメイド服を着ていて女らしい。一方の九兵衛さんは中性的というか何というか。
「君は
さん?」
「九兵衛さん…すごく格好いいです!」
女子校にファンクラブがあるような存在とでも言うべきか。私の賞賛を聞いて「いや、そんな…」と頬を赤らめている。一見男性にも見紛ってしまうだろう。しかし女性の彼女に言ってしまえば失礼なだけだ。「さあ、女同士楽しく過ごしましょ!」小さな女子会が始まる。
以前にも聞いた通り九兵衛さんの家は、将軍家に剣術指南を行う武道の名門。剣術の腕は相当のものらしい。
「と言っても、以前にあの侍には負けてしまったが。それは僕の心の弱さが招いた結果。いつかもっとずっと強くなって君を迎えに行くから。それまで待っていてほしい」
「九ちゃん…」
手を繋ぐ二人を眺めていると、まるでドラマのようだ。美男美女…いや美女二人。掌を握り合わせて熱っぽく眺めていると、私の視線に気づいたのか九兵衛さんが「…すまない。世界に入り込んでいた」と繋いだ手を下ろす。
「すみません!あまりにもお二人がお似合いなもので、見惚れていました」秘密の花園をこじ開けてしまった感じ…とでも言うべきか。イケナイ妄想を脳内から排除する。九兵衛さんは「お似合いなんて…そんな」彼女も彼女なりの世界に入り込んでいるご様子だ。
「そう言えば、
さんは恋人とかいないの?」
「え…いないですけど」
現時点で残っている記憶を巡っても、恋人どころか好きな人がいた試しがない。憧れの人は一応、存在しているけれど。口ごもる私の隣にお妙さんが寄る。肩で押されながら「えっ!?候補はいるのね!誰?誰なの?」と盛り上がっていた。
「いや。好きとかでなくてその…憧れの存在というか、いつか会いたい人。名前も、今生きてるのかも知らなくて」
「まあ。どのようなご縁が?」
「昔…」
覚えているのは僅かばかり。
長く続いた攘夷戦争の後期、私は医学校の生徒だった。卒業前に実務研修としてある医療組織に研修生として従事するのが学校の決まりで、参加するのは未来の医者と看護師になる存在だった。もちろん各種免許は貰っていないので各々が一人で仕事をするわけもなく、現役医者の下について勉強するというもの。医学校卒業前の諸先輩方に混じり、卒業までまだ数年ある私が何故か研修従事に選ばれた。驚きと希望に溢れた研修だった。
“理由なき医師団”
それが私たちが所属する医療集団の名前。要は研修先。幕府軍に天人軍あるいは攘夷浪士の分け隔てなく、我々を必要とする人に医療を施す。そこに理由はいらない。半ば幕府公認の存在であり…攘夷浪士を治療しているのは黙認されている。完全下っ端であり、先輩研修生のお手伝いが主だった私。そこで出会った医者(ファザー)と看護師長(マザー)に、先輩研修生(シスター)と戦場を巡る、最前線の現場。穏やかさとは無縁ながら、人を救うという目標を実感できる場所だった。
ある戦地でのこと、突如私たちの拠点が何者かに襲撃された。私は助けを求めて必死に逃げ惑った。そして後ろから追ってきた奴らの仲間に殺されかけたその時、あの人が現れたのだ。その人は私を助けてくれた。記憶喪失以前に、詳細は忘れてしまって覚えていないけれど、私はその人に助けられたという事実だけは鮮明に覚えている。名前も顔も覚えていないけれど、その人の後ろ姿は覚えているのだ。
「どんな人なの?」
お妙さんが興味津々な様子で尋ねてくる。隣の九兵衛さんも腕を組みながら話の続きが気になるようだ。あの時のこと。命の恩人のことですら、どうしてこんなにも覚えていないのだろうと思えるくらいに記憶が抜けているのもまた事実。私は、その人に手を伸ばしたのだ。その人の背中は…血飛沫もなくただ、
「真っ白だった」
それが私のあの人に対する記憶。「意味不明ですよね」なんて笑いつつ私はまぶたの裏にその人を描く。どこの誰かもわからない命の恩人。幕府の人か、天人か攘夷浪士かもわからない。「あの頃は江戸各地が混乱していたからな。我が柳生家の伝手を使っても見つからない可能性の方が高い」九兵衛さんが思想顔で言った。
「いいんです。ご縁があればまた会えますから。いつどこでどんな形でも…」
暗い話はお仕舞いにしましょう、と手を叩く。「そうね。
さんの運命の人だもの」きっと会えますよとの二人の応援をいただき、私は思い出を再び記憶の奥底に仕舞った。
夕方になり、お妙さんに晩御飯を食べて帰ってくださいなと誘われたので、銀さんに電話を掛けたら電話口で慌てふためく声が。止めろ、戻ってこいと必死に叫んでいる。しかしもう頂きますと言っちゃったわけだし…。
しかしその後、すぐに銀さんが恒道館まで迎えにきてくれた。お妙さんはあーだこーだ文句を言っていたけれど、代わりに涙目の新八くんを置いて私は万事屋に引っ張られて帰る。「お妙さんの手料理を食べるチャンスが!」と言っても、「真実を知れば俺に感謝しきれねーぜ。大体明日腹壊すのがオチだ」とのこと。お妙さんの料理ってそんなに危険なのだろうか? 万事屋に帰って私を待っていたのは、何だかんだ器用な銀さんの美味しい手料理だった。
プチ女子会開催。日常でもある。
20201206*星宮はちこ 裏語