レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 六十九話、半熟モノ共が夢の跡を】


今日は朝からバタバタと忙しい。
依頼も数件、合間に家事をこなしていくスケジュール。午前中に買い物代行の仕事を終えて戻って来た私は、只今、部屋掃除の真っ最中なのである。夜には、ある風俗店の客寄せをするらしい。本来ならば登録制のバイトやらで済ませることが多いのだが、契約している派遣会社から諸事情で条件に合う代わりが見つからなかったので一日だけ客寄せをしてほしいのだとか。本当に万事屋の仕事のレパートリーには驚かされる。

晩御飯を食べ終わった頃、私たちは万事屋を出た。
かぶき町の郊外にある風俗店街(ここは特にそう言うお店が集まっている) にある一件のイメクラにたどり着いた時に、私は神楽ちゃんや新八くんがこういった大人向けのお店に関わる事への心配を銀さんに投げかけた。 やっぱり二人は未成年なのだし…と、直接イメクラの業務に関わることもなければ、外で通行人に声をかけるだけで、ティッシュ配りと似たようなモンだと言いくるめられてしまったのだが。 むしろ店長さんの勧誘は私の方向に向いていて…お断りするのに銀さんが間に入ってくれた。 お店のチラシに目を通しながら客寄せ文句や特色を頭に叩き込む。


イメクラ「化け狐」ではお客様のご希望に答えて、キャストである狐ちゃんたちがお好みの姿に化けてご奉仕いたします。患者とナース、悪代官に女中、痴漢に女子高生、下僕に女王様など思いのまま。各種大型設備完備で…他店では類を見ない満足感を得られます。貴方のお望みのまま、何でも化けちゃうゾ!!


…とのこと。店名が「化け狐」だけに狐推しらしい。
うーん…。やっぱりその手のお店だけあって未成年組への配慮が必要だ。呼び込みはこれをと、各々、可愛い狐の着ぐるみを差し出される。更衣はこちらで。促されるまま裏の男女別の更衣室に入って気がついた。着ぐるみは足が分かれていて、着物のままでは着用できない。神楽ちゃんは下にズボンを履いた中華服なのでそのまま着れるようだけど。店長さんにその旨お伝えすると、うちで使う制服だけど好きに使ってくれていいよと言われたので、いくつか取り出してみる。

SMボンテージ、花魁打掛、学生風セーラー服…

次に手に取ったのは見慣れたナース服だったので、即決。これにしておこう。しかしコスプレ用なので生地は薄いし丈も短いのは仕方がないけれど、着物と違って足は開くだろう。それにこの上から着ぐるみを着るのだから関係ない。悩んでいたらちょっとばかり遅かったらしい。外から声がかかる。慌てて着込んで更衣室の外に出た。私と神楽ちゃん二人、いや二匹の狐が出てくると店長さんが訝しげに首を傾げる。何だろうか。

「さっきのお姉さん。着ぐるみじゃなくて、ナース服にケモ耳でお願いできない?」

一度神楽ちゃんと顔を見合わせた後、「私?」と自らを指差した。被るタイプの大きな頭を取ってみる。あーまだまだ被ったばかりだけど、外の空気が恋しい。このまま動き回るのは中々体力が必要だ。勧誘しながらだと一時間も保つかどうか。店長さんが両手を広げキラキラとした凛々しい眼差しを見せた。


「そうそう。下のタイツもケモ耳も貸し出すし。ちょっと依頼料上乗せするからさ~」
「えーっと…私は…」
「おい店長。そう言う事は俺を通してもらおうか」


イメクラ店長の肩を抱き部屋の隅に寄る銀ギツネ。そのままコソコソと男二人で秘密の会話を繰り返している。「何だか嫌な予感がしますけど」呆れるような新八ギツネの呟き。うーん。これって断ってくれているやつだよね。というかそうだと思いたい。「いや銀ちゃんの事ネ。金に目が眩んで売ったアル」神楽ギツネの推理が続いた。まさかそんなわけがない。心では思っていても否定を口にできるような確証はない。いやお願い断ってよ銀さん。



「と、言うわけで…はナース服にケモ耳だぞ。下はタイツと尾っぽ完備だ」
「「おいふざけんな(アル)!!」」



その言葉に衝撃を受け、突っ立ったままの私の左右からきつね色の拳が飛び出した。銀ギツネの被り物は拉げて見る影もない。うん。これ間違いなく売られたやつだよね。さっき神楽ちゃんが言った通り。

「銀さん?ちょっといいですか…」

そう言いながら、私も銀ギツネの頭と胴体をつなぐ一点をつかみ取る。ちょっと強引に引っ張って、口元のメッシュ部分に顔を寄せて囁いた。どうしてだろう、心は苛立っているはずなのに笑顔が張り付いて消えないのである。


「幾ら貰ったんですか?」


被り物の中から狼狽する声が聞こえた。間違いなくさっき店長と銀さんが条件交渉して売られたやつなのである。さすがに私だって怒る時がある。動きにくいとは言え被り物をしてればただの客引きDくらいで終わるのに。わざわざこんな格好をさせて、風俗街のど真ん中に立たせるとか。本物の風俗嬢ならまだしも私はティッシュ配りのバイト位の感覚でいたい。全く、常軌を逸しているとしか言いようがない。
メッシュの向こうから聞こえた金額はまあまあの額。それを小遣いにでもしようと目論んでいたのか。「本当に?」更に問い詰めると、化け狐のサービス券を数枚貰ったとか。風俗のサービス券なんて私達には意味がない。価値がない。それらは銀ギツネの懐に仕舞っておいてあげよう。


「新八くん神楽ちゃん!客引き終わったら銀さんがご飯奢ってくれるって!」
「マジアルか?」
「美味しい物食べたいですね」

「その代わり、私たちはトリオ組んで頑張りましょう。銀さんは一人で頑張ってくれるらしいから」
「オイ。悪かったって…勘弁してくれよ。なぁ?」
「嫌です。そもそも銀さんが蒔いた種でしょ?店長!ネコ耳下さい」


ケモ耳ね、と渡されたふわふわなカチューシャを頭に装着。身元がバレても困るので、女王用と書かれたトゲトゲのアイマスクもつけることにしよう。うん。これで完璧だ。
呼び込みにはこれを使ってください、とお店の場所やら内容が書かれたプラカードを渡される。仕事終わりのご飯を楽しみに、我々三人組(と、一人)は意気揚々と出発した。


「お兄さん、どう?うちの店。可愛い娘がお好みに化けちゃうよ〜」
「最初の一時間だけサービス価格アルよ」
「お兄さん今晩いかがですか?」


飲み屋街を歩く男性に声をかけるも、夜はまだ始まったばかりで中々人が集まらない。「もうちっと酔いが回ってからが勝負だな」と、銀ギツネのボヤキが空に消えた。確かに天下のかぶき町と言え、今はまだ素面の人も見受けられる。最初はそういうお店に行かず、まずは馴染みの飲み屋で一杯引っかけるのだろう。ちらほらとお店の名刺を受け取る人もいるのだが、足早に去っていくばかり。銀さんの予想通り、そこから一時間か二時間は全然客寄せはうまくいかなかった。

でも…
「お父さん、今から少し遊びませんか」たまたま目に留まった男性に声をかける。一軒目は飲み終えてきたのだろう。顔が少し赤く、足取りは少しふらついている。手持ちの看板を見せてお店の趣旨を説明すると「ふーん、可愛い子いんの?」興味はある様子。もちろんですよ、と推しておく。ふらりと腰に手が回って「ちょっとだけだかんな。サービスしてくれよお嬢ちゃん」お尻をサラッと撫でられた。


「こっちの客寄せ狐じゃないです。お店にたくさんいますから、ね」
「はーい。一名様ご案内アル!」


お尻に回った手を丁寧に離して手で方向を示す。間髪入れずに神楽ギツネの助太刀が入った。男性の腕を握り、半ば強引にお店に案内している。まあいいか。
そんな調子で私がほろ酔い気分の男性に話しかけ、興味を持ってもらった時点で年少組が連れていく作戦成功だ。若いお兄さん二人組は新八ギツネが連行中。このままいけば、結構なお客さんを集められるかも。


「おねーちゃん」


なんて、嫌に耳に残る猫なで声が聞こえて振り返る。どうやら私に話しかけているらしい。ほろ酔い気分とは言い切れないような赤ら顔の中年男性が近寄って来た。気が大きくなっているのだろう。そのまま大きな声で話しかけてくるではないか。何だか嫌な予感がする。

「お胸大きいねー。どれくらいあるの~?」
「あはは。ごめんなさい秘密です」
「おじさん胸大きい人好きなのよォ」
「そうなんですね」

まるで教科書でもあるのだろうかとも思えるくらい見事に絡まれた。おじさんのだらしない眼差しは私とは交わらない。胸元ばかり見ているのである。面倒だな。断ってもこういう人って、変にスイッチ入って逆上しそう。つまり下手に動けない。
神楽ちゃんも新八くんも、さっきのお客さんを店に案内していてここにはいない。私が一人でお店に連れて行けるだろうか。間違いなく触られるけど。うーん。それはちょっと困る。

「何カップ?おじさん触ったら当てられるから当ててあげるよ」
「お触りは困ります。お店に行ったら素敵なキャストさんいらっしゃるので…」
「いいじゃんちょっとぐらい。ね?」
「えっと…」

どうするべき? 私どうするべき? 考えがグルグル回って答えにならない。私の曖昧な反応もあってか、おじさんの両手が近づいてくる。でもやっぱり他人には、それもこんな見ず知らずのおじさんには触られたくないのである。



「はーい。狸親父一匹、イメクラ“化け狐”ごあんなーい!!」



私と中年男性を遮ったのはきつね色の背中だった。男性の節操のない両手は、更に太く確かな両腕によって抑えられているのである。銀さんだ。「え、俺ァ胸触らせて…」諦めの悪いおじさんが抱く胸への執着は中々のもの。視界の隅で、狐の被り物が近付き中年男性にそっと耳打ちしているのが見えた。
泥酔した男性はそのまま腕を引っ張る様に連行されている。流石銀さん。酔っぱらいのあしらい方も上手いの一言に尽きる。その様子をは遠くから見ていた。チラリと振り返る銀ギツネは片手で合図を送っている。“ついてこい”と。慌てて私もきつね色の背中を追った。

銀さん…。

イメクラが入ったビルの下に、二匹の狐と狸親父がたどり着いた時だ。再び街に繰り出すために店を出た年少組と鉢合わせした。彼らは私達とおじさんの顔を交互に見比べ、客引きが成功したのだと察知したのだろう。銀ギツネの合図で、おじさんは年少組二人に左右を抱え込まれながら店に連れ込まれていく。


「来いよ」


不愛想な声に顔を上げた。彼も店に戻るのだろうか。背を見せ足早にスタスタと歩いて行くのは建物の合間。路地とも呼べないような隙間だ。とはいえ、ごみ箱やらエアコンの室外機が並んでいて人が通れないわけではない。だが通る必要もないので人気はなく薄暗い。銀時はゆっくりと頭の被り物を外した。動き辛さもあるのだろう。彼の額は薄っすらと汗ばんでいる。
そんな恰好をさせたままで悪かった、と銀時は謝罪した。ゆっくりと噛み締めるような声に視線が上がる。「本当に思ってます?」なんて追求してみるも「思ってらァ」と間髪入れずに答えが返って来た。

「ったく、無駄に胸のボタン開けやがって」

そして神妙な面持ちで話し始めるから、も息を飲んだ。曰く「野郎ってのはどいつもこいつも変わりゃしねぇ。開いてたら見ちまう。視線が吸い込まれるんだ」とのこと。「銀さんも?」探る様に聞いてみると、例外なく彼も男だからとか何とか。否定もしないけど、単に肯定もできない。女の身としては複雑だ。そしてこの問題はきっとどこまでも平行線なのだろう。


「ほら、これ使うから」
「え?ちょ…え?」


首から下は未だ狐の着ぐるみのまま。フサフサの毛並みの手が何かを握っている。そしてそれを自然な動作で私の胸元にある合間に滑り込ませたのである。一体何を?
状況が掴めないまま混乱する頭。目の前の男はばつの悪そうな表情を浮かべている。ついに目線が泳ぎ始めた。そして胸元には異物感が主張を続けている。何だろうかと見てみると握られてぐにゃりと曲がった紙のような、名刺のようなものが挟まれていた。これは…。

「イメクラ“化け狐”一時間サービス券?」

これってさっき店長から銀さんが受け取っていた賄賂というか、報酬の一部だろう。それが三枚も重ねられていた。


「三枚使うから。三時間!」
「私、キャストじゃないんですけど」
「良いんだよ。ほらケモ耳生えて尻尾生やして立派な狐じゃねーか」
「ふーん。まあ般若に化けるかもしれませんけどね」


私はお願いを受け流して表通りに戻ろうとした。体を動かした途端に、目の前を遮る男の太い腕。慌てて一歩後退。表通りに帰ろうとしただけなのに。
突然の出来事に足が止まってそれ以上は動かない。動かせない。肩に添えられた彼の反対側の手によって、ゆっくりと押され、どこかの壁と背中が合わさる。ヒヤリとした石造りの塀か壁の感覚が、ゾワゾワと湧き上がってくる。何より、薄暗い空間では、男の表情がよくわからないままだ。一歩。男が前に迫り出す。

一体何を。

いつの間にか足元に転がっている狐の被り物。闇の中で一段と存在感を示す銀色の髪。その下の肌も闇に浮かんでいる。何より、真っ赤な瞳から注がれる眼差しに、息が詰まりそう。心音がドクンドクンと頭に響いてくる。



何度も呼ばれているはずなのに。今日の彼の言葉は、一段と心に響く。


「他の誰にツンケンしていいけどよ。偶には甘えられてぇもんだな」
「サービス券…使います?」
「券使わねーと甘えてくれねぇのかよ」
「それは銀さん次第です」


胸の紙をビリビリに破って、再びその奥に突っ込んでおいた。今日の所は許してあげよう。まあご飯の件は無くならないけれどね、そう伝えた。神楽ちゃんと新八くんへの還元は忘れない。彼らのおかげで最初の男性三人はお店に案内できることになったのだから。
私を抑え込んでいた手に触れると、次は優しく外れた。男の顔を見上げてみるもいつもと変わらない気だるい表情…銀さん。 どうしていきなりあんな事をしたのか。わからない。でも今はいつもの彼だ。そのまま男の手を握り二人で表の世界に歩み出た。


年少組二人は私達を探していたらしい。キョロキョロと周囲を見渡す狐二人組が視界に入る。私たちを捉えた途端、彼らが大きく手を振った。

「あ!いたネ!二人共姿が見えないから心配したアル!」
「ちょっと銀さん…頭被ってくださいよ」
「わーってるって」

そして四匹の狐は客引きの仕事を再開した。







こちらです、と男性を引き連れてお店に入る。ちなみに六人目。ほろ酔い気分の男性に声を掛けるといいらしい。同じ調子で次々に声を掛けていく。神楽ちゃんや新八くんも何だかんだ通行人に声をかけてお店に案内していた。
そして次に私たちの目に留まったのは、ほろ酔いではなく完全に足元が覚束なくなっている様子の男性。銀ギツネの肩を突いて「あの人…大丈夫ですかね」と視線を送る。「行っとくか」四匹がかりで勧誘する気らしい。

「オイアンタ。大丈夫か」

振り返った男性は夜なのに真っ黒なサングラスをかけていて、手には十手が握られているではないか。奉行所の人か。うちのイメクラは一応ちゃんと許可を取っているみたいだし…問題はないはず。というか、そもそもこの男性の方が泥酔しているようなので大丈夫なのだろうか。 「ネズミならぬ狐がようやく尻尾を見せたか」突然男性が何か言い出したけど。


「神妙にお縄につけいキツネめが!…なんてプレイしたいんすけどいけますかね?」
「ああ、同心プレイ?岡っ引きにも対応してますよ。何でも化けれるのがうちの店だから」
「マジっすか。基本Mなんで結構キツめにお願いしたいんですけど」
「道具も揃ってますしSMプレイにも対応してますよ」


確かチラシに書いてあった。真っすぐに歩けず道の左右に寄ってしまう男性を私と銀さんで抱え、後ろから新八くんが背中を撫でてあげている。プラカードをもちながら神楽ちゃんが先導してくれた。
奥に消える男性の代わりに出てきた店長が、ちょっと休憩してもらってもいいよと冷たいお茶を出してくれた。ありがたい。お茶を飲みながら被り物を脱いだ三人をうちわで扇ぐ。想像以上に暑いのだろう。彼らの額からは汗噴き出している。おしぼりを人数分貰って配った。
休憩が終わったらまた路上で呼び込みだ。客を引き連れてお店に戻ってきた頃。例のサングラスの男性がお店からお帰りになる時だった。一応、呼び込みからお客さんになってくれたので、ぺこりと頭を下げる。


「おいそこの狐…ちょっと奉行所まで来てもらおう」
「「「「?」」」」


店長さんが「困ります。ウチは許可取ってるんで」と散々言っていたが、男性は自分は奉行所の者だと言って聞かない。一先ず店先ですったもんだも営業妨害だろうと店長に断りを入れて、私たちは男性に連れて行かれることとなった。大丈夫だろうか。少し心配だ。

我々が連れていかれたのは奉行所。男性が門から中に入ると警備の人は何も言わずに道を空ける…という事は、奉行所の人で間違いないのだろう。不審者だったのならまずこの人が止められているはずなのだから。
男性が玄関に顔を出すと上司と思しき人が奥から出て来た。男性と後ろにいる私たちを交互に見ている。一体、私たちは何のためにここに連れてこられたのだろうか。もしや神楽ちゃんと新八くんが未成年だったのが問題だったのでは? 

「被り物を取ってもらおうか」

奥の男性に言われて各々が被り物を外し顔を出した。暑かったのだろう。みんなの額には僅かに汗が滲んでいる。私の心配をよそに例の男性は懐から葉巻を取り出して火をつけ一服しているではないか。加えて変わったハードボイルド調で語り始める。一本がどうたらという内容だったけど頭に入ってこない。このまま捕まってしまうのではないか。ハラハラして落ち着かない。


「何やり遂げた顔してんだァアア!!!」


と、目の前で盛大にシバき倒される例の男性。その有様を直視できずには目蓋を閉じた。ドカドカと鈍い音だけが響いてくる。何と彼は現在も仕事中らしい。それもイメクラに行っていた事実すらバレているのである。もう一体何なのこの人。上司の男性は私たちの方を指差し怒り狂っていた。まあ無理もない。仕事中にこんなことしていたら私だって怒るだろう。

狐面を捕まえてこい。

そう指令を受けた男性が連れて来たのが、イメクラの呼び込みで狐の着ぐるみとコスプレをした我々だったのだ。彼らの言う“狐”とは一応盗人だが、殺しもする凶賊。私たち…そんな物騒な犯罪者に間違われているのか。人違いも甚だしい。「平次、しばらくてめーは謹慎してろ。一歩も家から出るんじゃねぇ!!」そう吐き捨てて上司は奥へと戻って行く。

立ち尽くす我々以外には誰もいなくなった玄関。男性は項垂れていて動かない。このまま捕まる可能性は無くなった。もう…帰ってもいいのだろうか。互いが想いを込めて、四人でチラチラと視線を送り合う。



*****



結局、男性に誘われて私達は一緒にお酒を飲むことになった。
と言っても連れてこられたのは、彼が言うようなBarではなく屋台だったけれど。未成年は勿論ジュースだ。“おもひで酒”と暖簾が掲げられた屋台はどこか味があって、おじいさんが一人で切り盛りしている。長椅子に5人は座れなくて、私はビール箱を重ねた上に座る。


[落ち込みはしない…いつものことだ。人生は様々なことが起こる]


男性の発言は謎のハードボイルド調で記される。というかこんな手法あったんだ。
この人は奉行所に勤める同心で小銭形平次さんというらしい。仕事中に飲酒していたりイメクラに行っていたりとツッコミ所は満載だけど。

いい加減、ハードボイルド調で語られる台詞にイラっとしたのだろう。徐に手を伸ばした銀さんは“それ”を手に取り「ウゼェ」と男の頭頂部に突き刺していた。あれ取れるんだ。初めて知った。もう表現方法だとかハードボイルドが一体なんだとか…突っ込まないでおこう。私は出されたオレンジジュースに手を伸ばす。苦みのある味が美味しい。隣で神楽ちゃんが小銭形さんと言い合っていたり、遠くで新八くんが突っ込んでいたりするけれど気にしたら負けだ。「旦那。その辺にしとかにゃまた奥さんにどやされますぜ」屋台のご主人も、慣れた様子でハードボイルド論に割って入った。

屋台のご主人は煙草を吹かしながら例の狐について語ってくれた。その狐は神出鬼没の伝説の盗賊、狐火の長五郎。義賊と呼ばれていた時代と凶賊への転落。
奴は違う、と綴られる回想がどう見てもさっきのお店でのプレイでしかなく、私は静かに神楽ちゃんの視界を手で隠した。こんな妄想…子供が見てはいけないやつだ。さっきのイメクラ店でこんなことしてたんだ…。うん。その、ね。


「大丈夫ヨ。銀ちゃんの隠し持ってる本の方が激しいネ」
「銀さん…?」
「だぁああ違う。断じて持ってねぇぞ!!こら神楽、何バラしてんだ!ってか何で知ってんの!?」
「持ってるんですね」


いつぞやと同じく笑顔で尋ねると銀さんは酷く狼狽している。健全な男子は持ってるとのこと。まだまだサービス券は利いている。日付が変わるまでは優しくしてあげるんだ。神楽ちゃんに見つからないように隠してくださいと、やんわり約束を取り付けた。


「アニキィィィィ」


その騒々しい声に皆が屋台の暖簾から顔を覗かせる。可愛らしい少年…がこちらに向かって走って来ていた。一瞬男の子にも見えるが、実のところ女の子とのこと。ぱっと見は中世的なのだが近付いて見れば睫毛が長くクリっとした目が愛らしい。まさか女の子だなんて。が驚いたのは言うまでもない。彼女は、例の狐の犯行予告状を手に小銭形さんの元にやって来たのだ。「初めまして」まずは自己紹介から始めよう。遠くで犯行予告が破られる音が響く。しかし私の意識は削がれない。卵がどうとか、ハードボイルドがどうとか。右から左に抜けていくだけ。


「よっし、おめーら。マスターから万事屋に依頼だ」
「マスターじゃねぇ。親父ですよ旦那」
「ハードボイルド云々は置いといて、この一件万事屋が一肌脱ぐぞ。おい、その予告日と場所は?」

「えっと…明後日に大江戸美術館でやんす」


一体何の話だ。目明しの美少女…ハジくんと言うらしい。彼女と少し話をしていたら、いつの間にか向こうで話がまとまっていた。
突如耳が拾い出した単語に頭が追い付いていかない。明後日に大江戸美術館…どういう事だろうか。ここにきて話を聞いていませんでした、とも言い出せなくなった。が新八にこっそり聞いてみると、狐の一件で屋台のマスターから万事屋に依頼があったのだという。それまでにお宅らも準備をしとけと言い残し、我々は万事屋に帰ることにした。新八くんは実家に戻る為に途中でお別れだ。離れた背中が小さくなっていく。

玄関扉を開けると定春くんが駆け寄って来てお出迎えしてくれた。神楽ちゃんと私が大きな額を撫で上げる。ふわふわで可愛い。「ただいま。遅くなってごめんね」言ってる傍から、銀さんの頭を噛んだので慌てて引き離すが、時既に遅し。彼の頭からは血が滴り落ちているのである。ああ、これは相当深いかも。は奥から救急箱を持ってきて居間のソファーで手当をした。
大江戸美術館での窃盗犯の捕縛とは一世一代の大仕事になりそうだ。世紀の盗人を捕まえたとなれば、万事屋としても宣伝になるし、報奨金だってあり得るかもしれない。

銀さんには先にお風呂に入っている。居間には私と神楽ちゃんしかいない…。「ねえ神楽ちゃん」私は口を開く。さっきの雑誌のことなんだけど…と、そこはかとなく聞いてみる。漫画雑誌の合間に隠しているらしいが丸見えなんだとか。ちょっと確認がてら押入れを覗いてみると、艶めかしい素肌の表紙が顔を出しているではないか。ああ全然隠れてない。仕方がない。無難な紙袋に入れると“銀さん専用”と印を入れて隅の方に仕舞っておくことにした。


ハードボイルド編。というか風俗のくだりとエロ雑誌の流れが、自分でもよくわかりません。すみません。
20210121*星宮はちこ   裏語