レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 七十話、ハードボイルドな夜には】


犯行予告日当日、夕刻19時過ぎ。万事屋組は集合場所の大江戸美術館に向けて出発した。合流地点である美術館脇の森にはハジくんがすでに待機していた。「こっちでやんす」との声に息を潜めて身を隠す。しかし周囲を見渡してみても、肝心の小銭形さんの姿はない。まだ来ていないのだろうか。もうとっくに時間は過ぎている。木陰から美術館正面を盗み見ると並みの泥棒なら諦めるであろう厳重な警備が敷かれていた。ざっと見て玄関だけで30人はいるだろう。


「この厳戒態勢の中、ここに忍び入って奴らより先に狐を捕まえるのか。こりゃどっちが泥棒かわかりゃしねーな」
「大江戸美術館には黄金のお稲荷像に加えて、名だたるお宝が展示されているんですもの。それに…ここの建屋の設計にはの屋敷と同じ建築士が関わっています」


それってどう言うことですか、新八くんが心配そうな声で聞いてきた。
うちの家と同じ建築士が設計していると言うことはおそらく…何かしらの機械的な仕掛けがあることが予想されるのだ。例えば落とし穴とか、急に四方八方から矢が飛んでくるとか、後ろから大岩が転がってくるとか。そう言ってみると新八くんの顔から血の気が引いた。「さん家ってどんな危険な仕掛けあるんですか!?」緊急時の警戒レベルによるが、侵入者は良くて半殺し状態だろうか。最悪死体すら見つからない。祖父が機械のお遊び好き、父が暗号やらトリック好きで有名建築士と意気投合したのが幸いした結果だろう。通常は心配すらしなくてもいいけれど。
後ろで黒色タイツに全身を包んだ神楽ちゃんが鼻を鳴らした。

「フン。伝説のキャッツアイ姉妹にかかればチョロいもんアル。な、
「今は神楽ちゃんとお揃いですものね。“お姉さま”」

動きやすさを優先して私も今回は全身黒タイツ姿。万事屋で神楽ちゃんと、伝説のキャッツアイ姉妹設定で話がまとまった。ちなみに神楽ちゃんがお姉さんで私が妹だ。ぴったりと体に吸い付く様なラインの出る服に、普段は付けない締め付ける様なタイプの下着を着ている。
「あーそれやっぱ不二子ちゃん的な」ジッと見てくる銀さんの視線が開いた胸元に下りているのを確認して頬っぺたを抓る。「アダダ!見ちまうだろ無意識だ!吸い込まれるんだよ」とのことらしい。今日はサービス券の力は発動しないので容赦はしない。


「どんなに警備がすごくても心配いりやせんよ。あちきが手引きをするんで」


ハジくん曰く、彼女の様な目明しと呼ばれるお仕事は昔似た様な軽犯罪を起こした人から形成されているらしい…って、え?ハジくんが!?
彼女の外見は中性的でぱっと見は可愛らしい男の子かと思えるが、よくよく見てみると可愛らしい女の子なのである。歳だって神楽ちゃんより幼いだろう。なのに軽犯罪なんて…。色々と苦労したと伺える。更生し、目明しという職に就いた今は真っ当な道を歩んでいるのでひとまず安心だけど。

突如、ードゥルン とエンジンを吹かす爆音がして一斉にそちらを振り向いた。そこにはバスローブ姿で大型バイクに乗った小銭形さんがいるではないか。おまけに「大きい声を出すな」とかもう発言がブーメラン過ぎる。どこをどう言う風に、どこから突っ込めばいいのだろうか。既に言葉どころが思考が迷子だ。私が乾いた笑いで誤魔化している間に、銀さんと新八くんが詰め寄って突っ込みながら頭を叩いているけれど。バイクから降りた小銭形さんの代わりに、神楽ちゃんが席に座り込みハンドルを握っている。


「うぉーカッケー!見て見て!お似合いネ」
「うん。今の神楽ちゃんにぴったりね」


ハンドルを握りこむとブォンブォンとエンジンが鳴る。鼻歌から始まった音がやがて歌になる。「オイ神楽」後ろで銀さんの声がした瞬間、ハンドルを握り足元のペダルを踏み込んだ神楽ちゃんが、私の視界から消えた。目の前の生垣の葉が何枚も舞い落ちている。「神楽ちゃん!!?」後ろに気を取られていた一瞬でまさか。穴の開いた生垣から美術館正面を覗くと大型バイクで正面突破せんばかりに突っ込んでいく後ろ姿が。止まれ、待て、くせ者ォという叫びに合わさる破壊音と悲鳴。



「銀さん!!神楽ちゃんが!神楽ちゃんのバイクが!!」
「よし陽動作戦成功だ。裏に回るぞ」
「えええ!?」



私が慌てふためきながら銀さんに伝えても彼はどこ吹く風。あいつなら大丈夫だ、と声をかけられても安心できない。「今のうちに裏に回れ!神楽の死を無駄にするな!」って神楽ちゃんのことやっぱり捨て駒のようにしか考えていないではないか。そもそも彼女は死んでいない。壁にぶつかって怪我でもしたら一大事だ。一言文句でも言っておこうかと思ったけれど、皆一足早く裏手に向かって走りだしている。

「待って!」

慌てて私も踏み出した。表玄関にバイクの姿はない。ならば神楽がいるのは屋内だろう。それならば我々も建屋内に入って合流か救助かするのが一番なのではないかという結論に至ったから。

正面側は警備の数も相当だったけれど、裏側はそうでもないらしい。表の騒動もあってかほとんど人影が見えなかった。大丈夫なのかこの警備。素人の私でも心配になる。だが、それをいい事に私たちは裏口から大江戸美術館に侵入を果たす。もちろん、ハジくんの持っていた合鍵を使って…だけど。
ウーウーと警報音が建屋中に響いている。おそらく警戒レベルが上がったのだろう。侵入した室内でも警備の人が忙しなく動いているのが見えた。それも外に劣らない数。連なった展示室の中のとある展示台の陰に隠れながら周囲を伺う。これほど厳重な警備なら狐も現れないのではないか、と呟いた銀さんにハジくんはそれはないと断言した。


[奴は来る]


無駄にハードボイルド調で話し始めた小銭形さんは相変わらずバスローブ姿で、手にはワイングラスを掲げ…隠れる努力を一切見せないまま普通に立っている。もう突っ込むのは諦めた。そして、格子の入った異国風の窓から外を眺めながら…吐いた。
突然の出来事にギョッと驚いてしまったけれど、嘔吐ぐらいで慌ててはいけない。こんなこと病院の中ではそう珍しいものではない。重要なのは、下手に二次感染を起こさせないように素早く適切な処理。まあ、何かの病気でも無さそうだし、嘔吐物は窓から外にさようならしているわけだし。

「大丈夫ですか!?」

小銭形さんの体調は見るからに万全とは言えない状態だった。は外に向かって上半身を乗り出した男の背中をさすってあげる。彼は窓枠にグッタリと体を預けている。この有り様で泥棒を捕まえるなんてできるのだろうか。不安は拭えない。ワイングラスを取り上げようとする銀さんも、何故か小銭形さんの隣で嘔吐。驚きに思わず口元を覆ったけれど、私はすぐに冷静さを取り戻し反対側の手で銀さんの背中もさすった。
そして悲鳴をあげながら駆け寄ってきた新八くんまでも嘔吐してしまって、キャッツアイ仕様の腰布を解き彼の口元を拭う。しっかりして下さいよ〜、と鼻を押さえるハジくんの傍らで先行きが物凄く不安になってしまったのはここだけの話。


「おい、そこで何をやっている」
「!?」


後ろから声が聞こえたと思った瞬間、誰かに抱えられて勢いよく横に引かれた。視界がグラグラと回り三半規管が麻痺しかけている。次に見えたのは展示室の壁で、そこに思いきり手を突き体を預けていた。恐る恐る後ろを振り返ると背の高さを越えた屏風が建てられていて、周囲からの視界を遮ってくれている。「ん?なんだ…ハジか」「こちらは異常なしでやんす!」と屏風の向こう側から声がした。
そうか…あの時巡回していた人に危うく見つかりかけたんだ。そう思ったのも束の間、ハジくんは同心(巡回組)の前にいるとして、銀さんと新八くんはどこに? 無事に隠れることができたのだろうか。屏風から表を覗きたいところだが、このタイミングで見つかってしまえば元も子もない。きっと彼らは近くにいるのだろう。そう信じては息を殺した。大きな展示室の中で、人の気配が動いている。そしてゆっくりとこちら側に近づいて来るのを感じる。せめて今動いている気配がなくなるまでは大人しくしておこう。
ふと、例の気配が私のいる一角から遠のいた気がした。ゆっくりと屏風の陰から視線を覗かせる…と、斜め前に置かれていた家康公の銅像の後ろに小銭形さんがいるではないか。

「…」

彼は像の後頭部にショットガンの銃口を向けたまま止まっている…。それ一体どこから取り出したんだ、と突っ込みたいが我慢だ。怪しい。私が見ただけでも違和感しかない。周囲には巡回の方々が顎に手を当ててまじまじとその像を眺めていた。一体何がどうしたらそうなるんだ! ああ、突っ込んでしまった。

「オイ、こんな像あったか…?」

なんて巡回の方々が首を傾げている。ああ小銭形さん!!! もうダメだ…見てられない…。最悪の結末が浮かんでしまい、どうも見ていられなくなり固く目を閉じる。



“ピンポンパンポン♪こちらの像は家康公鷹狩りの折、一瞬のスキをつき背後をとった暗殺者のハードボイル像です”



などと意味不明な説明(おまけに小銭形さんの裏声)が終わると同時に、私がいる屏風の前にあった甲冑が動いた。「「んな像あるかァアアアア!!!」」ハモりながら像を壊すほどの足蹴りを食らわせた甲冑姿は銀さんに新八くんではないか。どうやら目の前にいたらしい。砕けた像に巻き込まれて小銭形さんが地面に倒れ込む。「やべっ!逃げろ!」誰かの声が届いた。



「小銭形ァァ!!貴様ァアア!!」



巡回の同心がその正体に気付き声を上げ、小銭形さんを始め銀さんに新八くんとハジくんまでもが一斉に展示室から廊下に向かって走り出したのだ。

え、私は…?

あっという間に、みんなの後ろ姿もそれを追う同心の姿も見えなくなってしまった。体を覆う丈の屏風から顔どころか姿を出しても、展示室はシンと静まり返り騒ぎ立てる人もいない。

「(こんな調子じゃ盗み放題ね)」

なんて皮肉は心の中に留めておこう。
銀さん達と合流せねば。正面玄関を突破した神楽ちゃんの事も心配だ。大江戸美術館は江戸でも随一の展示件数を誇る大型の美術館。建屋も大きく静かだけれど…どことなく人の気配というか騒動は感じる。先ずは彼らが消えた方向に行こう。先に警備の人に見つかったら昨日作った秘密道具を使って逃げようか。が部屋を出ようとした時だった。


「動くな」
「ッ!?」


首元にヒヤリとした感覚が添い、真後ろから声がした。背中に神経を集中させると誰かがいるのがわかる。視線を落としても首に何があるかは見えないけれど、恐らく刀か何かだろうことは推測出来た。私は大人しく両手を上げて抵抗の意思がないことを示す。しかし何かがおかしい。ここを警備している同心ならば、今回の騒動に限って単独で動くこともなさそうだし(さっきは四、五人いた)。もっと“お縄につけ”とか“誰だ”とか言うだろうし…。背後の気配は至って冷静。只者ではないことは確かだ。


「貴様、奉行所の者ではないな。しかも女か…フン、まあ良い。裏切り者への余興にしては十分だ」
「貴方誰なの」
「狐…」
「狐ですって!?」


後ろの人間は、自らを狐と名乗ったのだ。どうやら、銀さんと合流する前に例の盗賊と鉢合わせしてしまったようだ。秘密道具で牽制を…無理か。気配を殺し私に気付かれず背後に迫ってきたくらいだ。下手に動けば殺されかねない。「大人しく付いてきてもらおう」返事をする間も、抵抗する余裕もないままあっという間に両手を縛られた。すると前から人の気配が。同心か、あるいは銀さん達か。角から現れた狐面の人物に動揺した。


「(狐面が前から?あれ?じゃあ後ろは?)」


首だけを反らせて、そっと確認すると背後にも狐面がいるのである。

どうして?

そこで私は一つの結論にたどり着く。もしかすると狐は一人ではなく二人組だったのではないか。「この女は」前から現れた狐の言葉に、余興だ、と後ろの狐が笑う。「行くぞ」と前でも後ろでもない誰かが言った時、周囲には狐面がざっと見て七いや八人いたのだ。


「狐が八人!?嘘…そんな」
「来い」


私は背を押されて歩かされる。黄金の稲荷像は確か美術館の一番奥に展示されていたはず。その道すがら展示室や廊下を通ると、そこかしらに襲撃されたであろう同心の遺体が転がっている。周囲は血塗れで一目見て、既に息絶えているのがわかってしまうほどだった。なんて酷い。大江戸美術館には、警備要員として同心が相当数いたはずなのだろうが、生きている人はもういないのではないかとさえ思えるほどだ。
こう言うところでは大抵中央警備室があり、そこからあれこれ指示が飛ぶはずなのだが、狐面が現れて警備側が襲撃されているのに警報一つ出ていないあたり…。中央警備室もやられてしまったのだろう。扉が開いた大きな展示室が見えてきた。



*****



が一人展示室に残っているのも知らぬまま、同心に追われ館内を逃げ回っていた銀時を始め小銭形一行は、突如目の前に現れた一匹の狐面を追っていた。彼らは長い廊下をひたすら走っているのだが、一向に前に進んでいる気がしないのである。


「って、コレ!床が後ろに流れてるじゃねーかァァ!」


その事実を知った時、周囲からも焦燥の声が上がる。「ふざけんなよ!!労力返せェェェ!!」おまけに後ろからは針の突き出た壁が押し迫ってくるではないか。このままでは串刺しになってしまう。そう言えばこの美術館に侵入する前に、はここの建築士が彼女の実家と同じ人物であることを語っていた。少なからず仕掛けがあるだろうとも。彼女ならこの仕掛けの止め方、あるいは打破の仕方を知っているのではないか。生まれたてのバンビのようにガクガクになりつつある足を動かし、銀時は後ろにいるに向かって声を出した。


「オィ!?ちゃんと着いてきてんだろーな!!これどーやって抜け出るの!?教えてくれないともう銀さん生まれたてのバンビになっちゃうゥゥゥ」
「銀さーん!大変です!!さんがいませんんん!!」
「何だと!?急いで戻らねーと!!…って足攣るゥゥゥ!!」
「戻れないです!!戻ったら僕たち串刺しです!!!」


前を行く狐面が、まるで動物を思わせるかのように、軽快に跳ねて壁伝いに消えて行く。その姿はあっという間に見えなくなった。
あれだ!普通に考えると人間技ではないけれど、見た感じ出来そうな気がする。あれを使えば抜けられる。バンビのように、俺はバンビ。俺はバンビだと言い聞かせて壁に足を踏み込む。が、勢いが良すぎて足に突き刺さった。股が裂けんばかりに開かれる。


「ウガァ!どこ行きいがったんだこんな時に!!」
「探しに行くも何も、前見てください!重そうな球が流れてきましたァ!!」
「俺のタマももう限界…」
「んな時に下ネタ入れんなァァ!!」


次には前方よりゴロゴロと金属か石製の球が転がってくる。足を取られれば串刺しエンドは間違いない。小銭形が銭投げにより助け舟を出したかと思えば、自らの首を絞めるという始末。お荷物にも程がある。残りの新八とハジの協力で一先ずそっちは乗り越えたが。

寝たきりのババアを始めとして、愛を囁くジジイや遺産重視の息子、三代目の赤子といったどこの誰かもわからない一族が、何故か次々に上流から流れてきたので各々で助ける。というか誰か流してくるんだこいつら。こいつらもおめおめと流されて来るなよ! 銀時は心の中で突っ込む。

最後には大型バイクに乗ったまま行方不明だった神楽が壁を突き破って合流した。彼女のバイクのおかげで後退する床の仕掛けを乗り越えることができた。しかし途中で逸れたのであろうの行方はどこ知れず。神楽に聞いても知らないとのこと。



の行方で目ぼしいのはあの展示室か?」
「ここまで来て戻ってられませんよ」
「置いていくの可哀想アル」
「あ、この先が例の金の油揚げ像の展示室でやんす」

[あの娘なら大丈夫。確信のない思いが俺の中にはあった。イイ女ってのはそう言うものだ。男の考えを先読みしていながらそれを表には出さない。俺の勘では、彼女はもう展示室にい「ウゼェ!んな時にハードボイルド出してくるんじゃねぇ!!」



いつぞやと同じ。ハードボイルド調の欠片を手に取り、その腐った頭にお見舞いする。

「旦那、荒れてるでやんすね」
さんの件で苛立ってますからね」

後ろで何やらコソコソと話し合う声。何か言ったか? と、刺さったハードボイルドをグリグリ回しながら聞き返した。手の動きに呼応して下から悲鳴が響く。「何も」と、二つの声が重なった。今は一先ず狐の捕縛が第一だ。は見つけ次第保護する。

万事屋と同心一行は、大江戸美術館最奥にある開きっぱなしの展示室戸口に立った。
中の展示室はとても広い空間で、奥に見える階段の上に黄金の油揚げ像が輝いている。階段の中腹には狐面。どうやら目当ての黄金像には手を出さず、ここで彼らが来るのを待っていたらしい。盗人が律儀と言うのか、ただ彼らが舐められているだけなのか。一行の姿を捉えて狐面は語る。
狐は古より神の使いとして崇められてきた。その一方で妖怪の類としての伝承も多い…と。


「神様か妖怪か。さてはて、あっしはどちらでございやしょう」
「ほざけ下郎!十年に渡る因縁…ここで決着をつけてやる!!」


十手を翳しながら小銭形が叫ぶ。盗人を嫌う彼の過去、それは幼い頃に家に押し入った窃盗集団に家族を皆殺しにされたというもの。そんな奴らが許せなくてこの男はこの仕事についたらしい。「狐、なぜ堕ちた。なんでお前がこんな…」そう語る小銭形の言葉を狐は遮った。盗人と言うものはハナから堕ちた薄汚い連中だ、と。

「その通り」

全てを遮る外野の声が後ろから聞こえた。


ハードボイルド中盤。主人公の空気感が…。
20210130*星宮はちこ   裏語