レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 七十一話、狐火が燃ゆ】
“あっしら盗人はハナから堕ちたうす汚ねえ連中でございましょう”
展示室の中から声が聞こえてきた。誰かがいるのは確かだが、それが銀さん達なのかはわからない。フン、とその言葉を聞いて八人いるうちの誰かが鼻で笑った。そして躊躇いもせずに狐達がが展示室内に入り込む。通り過ぎざまに分厚く金属製の展示室の扉が目に留まった。まるで金庫のよう。私を引き連れていた狐の一人が、早くしろと言わんばかりに背中を押した。
「その通り」
先を行く狐が通る声で肯定を口にする。
どれほど義賊と呼ばれていても窃盗という卑しい所業に変わりはない。盗人は所詮盗人なのだ…狐が次々に声を上げた。最後に部屋に入った私は部屋の真ん中から目が逸らせなかった。そこに銀さん達がいたからだ。そして奥の階段の上にはもう一人狐面がいるのがわかる…彼らの仲間か。「狐が八匹だと!?」皆が階段上と入り口側を交互に見て混乱している。
「やはり貴様の仕業か長五郎…」八体の狐は語り出した。例の犯行予告状は我らへの誘い文であると。応じるように階上の狐が口を開く。曰く、とっくの昔に隠居したのに最近覚えのない罪科が増えてくとのこと。
同じ狐面の盗賊ながら
をひっ捕らえている八体と、向こうの長五郎と呼ばれた一体は別物というところだろうか。昔の義賊と呼ばれていた頃の狐は階上の一体。凶賊として最近巷を騒がせていたのがこちらの八体…。小銭形さんも真実を悟ったらしい。
「貴様ら!狐の名を語る偽物か!」
「残念ながら偽物にあらず。我ら全て“狐”の名と技を継ぎし者…盗賊団“九尾”」
九尾の狐…か。古の妖怪として名を馳せた存在。人を騙し苦しめ続けたとか何とか。
「なるほど。腕は最強、オツムは最悪の泥棒ってわけかい」
銀さんがこちらを見ながら呟いた。そして確かに私と目が合った。ごめんなさい、捕まってしまいました…と目線で伝える。私の言葉は届いただろうか。私がここで捕まっていたならば、彼らも全力で動けない。足かせになってしまうのだけは避けたいが、抜け出す策や力は持ち合わせていない。どうする私。
こちら側の狐は階上の長五郎に対して、三十年前の裏切りに落とし前をつけろと言い切った。三十年前、かつての仲間であった長五郎の息を飲む展開へ割り込むように銀さんの声が上がる。
「おいおいおい!狐さんよォ!後ろにいるその女は今回の騒動とは無関係だ。放してもらおうじゃねぇかよ!」
「この女は拾い物だ。女子供の一人殺せなかったかつての同胞に、本当の殺し方を教えてやろうと思ってな」
八体の手には既に匕首のような鋭い短刀が握られている。私の背後に回る一体が首に刃を沿わせた。くすぐったいような気もするが、それは金属の冷たさと鋭さを感じさせる。動けば頚動脈を斬られる…つまり声も出せない。
「裏切りも何も、元々お前等を仲間となんか思っちゃいねぇ。女子供殺すどころか、ここにいる旦那方守って俺はあんた等に勝てる」
九尾の狐をこれでもかと煽り立てるこちら側の狐。
「オイコラ狐ェェェ!!
がとっ捕まってんのに向こうさん煽って何したいんだァァァ!」
最初こそ大人しく駆け引きを演じていた銀さんが血眼を剥き開いて怒鳴っている。このままここで殺されてしまうのではないだろうか。足元がどうも震えているようだ。体も頭も動かない。動かせない。その中で視線だけをキョロキョロと動かして見た部屋の構造に、私は覚えがあった。
「(この部屋、そしてあの扉。ならば仕掛けはきっと…。いや、だったとしたらこのままここにいるのはマズい)」
この展示室の構造、内装は違うけれどどこかで見たことがあるのだ。窓がなくて中央に階段があって…分厚い扉があって…可燃物が他に無くて…。私の家だったか。別荘だったか。もしくは幼少期に訪れた先だったのか。そこは忘れてしまったけれど。
もれなく下から火を噴く仕掛けがあるという。
まさか、ね。そうだとしたらこのまま下のフロアにいると黒焦げは免れない。狐云々どころの話ではないのである。せめて階段か階上に逃げなければ…。
「ほざけ下郎めがァァァ!!!」
長五郎の挑発に乗った狐が前進する。私もどうにかして後ろの一体から離れなければ。
が教えてくれた手段で怯ませて、例の煙幕で視界を奪って…と考えを巡らせていると、ある事に気付いた。首元にあった刃の感覚は疾うに消えているのだ。きつく抑えつけられていた手の感覚も感じられない。
「旦那方ァァ!急いで階段へ!!そっちの人も嬢ちゃんを!!!」
「?」
身を翻して台座に上がった狐が黄金の油揚げ像を動かした。
狐の警告に、ハッと意識を取り戻した万事屋一行は、我先にと階段を駆け上がる。“ウィーンウィーン”と耳に残る警報音と共に、階下の壁の隙間から風が噴き出している。これきっとガスだ。可燃性のやつ…やっぱりこの展示室には炎の仕掛けがあるらしい。そしてこのままここにいたら…ご察し下さいというやつか。火あぶりどころの話ではない。
嫌だ、死にたくない。
そう強く願った。せめてもの抵抗をと体を動かした時、腹に回った誰かの手が私を抱える。咄嗟の出来事に体は反応できず石のように固まったまま。ガスに引火したのだろう。轟音と共に炎が地面を這った。そこに立っていた狐の集団も生き物のように蠢く炎に飲み込まれる。
「…」
私は湧き立つ炎の海を上から見ていた。まるで俯瞰図。立ち込める熱風が幾重にも体を通り過ぎる。ブランコのように揺れる体を誰かが支えていた。不安定な体勢だ。どうにか保ちつつ首だけを動かして後ろを振り向くと、私を引き連れていた狐面の一匹が、はるか天井から伸びた一本の紐のようなものに掴まっている。
「ふぅ…危ない危ない」
狐の呟く声が聞こえた。男の声だ。下からは鈍い悲鳴が聞こえてくるけれど、それを直視する勇気はない。階段に逃げた銀さんの方を見ると、彼らも炎の海と惨状を目の当たりにし動けない様子。息を吐き出した後に、視線が上がり私のものと交わる。互いに生きていることは確認できた。ひとまず安心しよう。
「
!無事のようだな!!!オイクソ狐!そのまま手ェ離すんじゃねーぞ!ついでにそいつに手ェ出したらお稲荷引き千切ってやっから覚悟しとけ」
「状況で下ネタァァァ!?」
「皆さん早くこっちに!早くしねーと次の機械が!!」
「「「え?」」」
私の前で第二の仕掛けが発動した。銀さんが立っていた階段の段差が無くなり、まるで滑り台のようになるというものだ。下は勿論、轟々たる火の海。滑り落ちれば命はない。ああ銀さん!早く上がって! 声にするのも忘れていた。
すると再び耳に残る警報音が部屋中に響いてくる。一体何が起こるのだろうか。二階側面の壁が引き上がり、丸い噴出口のようなものが複数出て来た。あれ? こんな仕掛けは見たことがない。私は知らない。
ーズバァァァァ!
水音と共に粘度のある液体が飛び出て来た。今は滑り台となった部分には特に多くかかっている様子。そしてこれはただの水なんかではなく、恐らく油だろう。
滑り台の面がテラテラと照明を反射させている。火に油を注いだら…確かに階下の炎の勢いが増している。おまけに上に登ろうとしている銀さんや小銭形さん達は油まみれである。彼らは滑りやすくなった床面にとても苦戦している。滑って落ちてしまえば、命はないのである。
どこかに全ての機械を止める仕掛けがあるはずだ。しかし宙に浮いたままでは動くことも敵わない。今は一匹の狐に捕まっているままなのだから。
「離して!!」
「おっと!下見てよ…危ないから大人しく捕まってて」
抵抗しようにも、手を放されたところで落下して火だるまだろうか。このまま何もできないなんて…私は唇を噛んだ。
火の海から四つの影が飛び出す。炎の海の中から狐面が滑り台に上がって来た。坂の中腹で油に苦戦しながら走る新八くんと神楽ちゃんに、二体が襲いかからんとしている。
「危ない!!」
彼らに届くように必死に叫んだ。彼らが踏み込んで狐面に一撃をくらわそうとした刹那、ずるりと足が滑り床面に頭を強打した。ガンッという鈍い音がここまで聞こえてきた。あれ打ち所が悪ければ…危険なやつだ。意識を失っていればそれはそれで危ない。早く彼らの状態を確認したい。後ろの神楽ちゃんと新八くんに気をとられていた銀さんに刺客が刃を向ける。と、倒れたままの二人の手がそれぞれ一本ずつ銀さんの足に伸びて道連れと言わんばかりに床に沈めた。神楽ちゃんも新八くんもどうやら無事の様子。一先ず安心だ。刺客は相討ちとなり火に落ちていく。残りは二体。
滑り台の中腹では銀さん達三人が、そして彼らの少し上には小銭形さんとハジくんがいる。残りの刺客は後ろより前にいるハジくんに狙いを定めていた。下から銀さんが彼に何やら叫んでいて…ハジくんが銀さんめがけて飛びかかっている。一体彼らは何をしているのか。しかし刺客の合間を抜けたのでもう心配はいらないだろう。
あとは小銭形さんだけ…というか、彼が一番心配なのだけど。彼までもが刺客の合間を飛び抜けて、新八くんに体当たりしたのである。下は火の海。落ちれば最後。どうか仲間同士で自滅行為は避けてほしい。体勢が崩れた新八の足元が不安定にふらついた。怖くなって、見ていられなくなって、私は固く目蓋を閉じて顔を逸らした。
「いい見世物だね」
「貴方、一体何者なの。窃盗団の頭なの?」
「いや違うね。悪いけどそっちとは無関係」
私を抱えた狐面が階段での戦闘を見て笑う。残りの狐二体を蹴散らして、例の長五郎と呼ばれた狐が新八くんに手を差し伸べた。「ほら見てごらん。彼の後ろ」私を抱える狐が囁く。お揚げ像の裏に人影が揺らいだ。あれは…
「!?」
声を上げる間も無く影が動いた。もう一匹…さっきの騒動から抜け出た狐がいたらしい。視線の先では、衝撃的な光景が広がっている。
新八くんに手を伸ばしていた狐は、背後から腹に匕首が突き刺さっていた。あの狐が長五郎を刺した。白い装束には血が滲み、じわじわと赤が広がっていく。
「ああ…そんな」
よろめいた狐は階段から落ちかかる。だが側面の手すりに引っかかった紐に吊られて、どうにか落ちずに済んでいる状況だ。しかしそれも時間の問題だろう。トドメを刺さんばかりに匕首を振り上げる狐の腕に、小銭形さんが取り出した紐が絡みつき姿勢を崩す。その一瞬の隙に銀さんが木刀を振り切った。飛ばされた勢いで狐が炎の海に落ちた。残りの皆が駆け寄り、吊られた狐の縄を小銭形さんが支えている。
「あーあ。面白くなりそうだったんだけどな。そろそろ撤収か」
「貴方は狐の仲間ではないのね」
「そうだけど」
「じゃあ何者なの。何の目的でここに?窃盗団の中にいたのは何故?」
聞きたいことは山ほどある。男を見上げると心底楽しげにクスクスと笑っている。仮面で表情こそ見えないけれど…声音がそれを示していた。
「そうだね。それには対価が必要かな。ね、
ちゃん」
「どうして私の名を!?」
まさか自分の名前を呼ばれるとは思っていなかった。どうして私の名前を知っているのだろうか。
「まさか貴方、私を追っている攘夷組織の…刺客!?」
身体中から血の気が引いていくような感覚がする。
この人が刺客なら、私はこのまま殺されるか例の攘夷組織の元まで連れ戻されかねない。しかしこの男の目的が私を殺すことなら、とっくに殺しているのではないか。もしくは私が組織から盗んだ情報とやらを取り戻す為に生かしているのか。残念ながら、その情報が何なのかも覚えていないけれど。
「アハハ!それもハズレ。やっぱり彼処が恋しいかい?」
男は笑った。
「オイ狐!!
を返しやがれ!そいつとの逃避行(ランデヴー)なんて俺ァ認めねーぞゴラァ!!」
「銀さん…」
階段から声が響いてきた。顔を向けると全員が側面の手すりに掴まりながらもこちらを見ている。だが、先ほど手すりから吊られていたはずの狐面の姿形はどこにも見当たらないのである。彼を支えていた小銭形さんも体勢を立て直している様子。ならばきっと、あの狐は助からなかったのだろう。心が少し痛んだ。
「廃刀令の敷かれたこのご時世に、腰に木刀を差す銀髪の侍とは面白い。君も中々興味をそそる存在だ」
「野郎の興味なんざいるか!とっとと
を返せ!」
「いいよ。俺の任務は彼女の拉致じゃないから。数からしても“受け止められそう”だね。よっと…」
「えっ、ちょ…貴方一体何を…」
ゴソゴソと腰元を探られて声が出た。狐の手には、私が昨日作った秘密道具が握られているではないか。小型の煙幕発生装置。安いライターに超小型のガス缶をくっ付けた簡易的なモノ。昔、
が作っていて…仕組みやら作り方やらを教えてもらった。後に私が、中身はアレが良いコレが良いと知識を合わせてより良く改良させた事がある代物だ。え、ちょっと待って。この人一体何する気?
「ちゃんと受け取ってね」
そう言うと男は私を放り投げた。ちなみに勢いもへったくれもない。下は火の海。視界が燃え盛る炎を映し出している。
「キャァァァァァァ!!!」
絶叫が自然と腹から湧き出てくる。銀さん達も目を見開いて驚いていた。
狐面が眼下に広がる炎に向かって秘密道具を全て放り投げた。小さな爆発を引き起こすそれが連続して炸裂すると、破裂音にわずかな煙、衝撃波が私の体を上に持ち上げた。私は弧を描くように宙を舞いながら階段の方へ飛んだ。くるくると上下が入れ替わる視界。三半規管が機能しない。滑り落ちないように必死になりながらもこちらに向かってくる銀髪が見えたのを最後に、体を衝撃が襲った。
…。
痛くないわけではないけれど床に叩きつけられたのでもない。堅く瞑った瞼を上げると美術館の天井。下には何やら柔らかい肉の感覚。三半規管はまだ感覚を取り戻していない。頭も思考もグラグラと揺れているのをどうにかやり過ごし、
は上半身起こした。何かを踏んでいるらしい。慌てて確認すると銀さんだった。私を受け止めた際に滑って背中を打ったらしく、小さく唸り声をあげている。
「銀さん!大丈夫ですか!?」
私は彼の上から退いて上半身を起こすのを介助した。大丈夫だろうか。
がゆっくりと顔を覗き込むと視線が交わった。意識はある。…良かった。
「うん。上出来」
「あだだ。女を乱暴に扱う男は嫌われんぞ、覚えとけ」
「ご忠告どうも。この部屋の警備システムは炎を使っていて、ご覧の通り周囲は火の海。じきに消火装置が働くだろうね。ここで問題。油が撒かれたこの展示室に水は振りまけない。薬剤なら周囲の展示物に被害が出る可能性がある…ならばどのように消火するでしょう?」
「はぁ!?てめー此の期に及んで何言ってやがる!」
「優しさだよ。答えがわからないと君達残念だけどここで死んじゃうよ」
確かに周囲は火の海で消火装置がいつ発動してもおかしくはない。水も薬剤も振りまけないという男の話も一理ある。ならばどの方法で消火するのか。
「兄貴ィ。そろそろ逃げやせんとあっちらも黒焦げでやんす」
「落ち着けハジ」
ここに留まっていても煙を吸ってしまうだろうか。水でも薬剤でもない消火方法。あ、確か“賢者の間”も美術品が展示されていて、スプリンクラーによる消火装置が設置されていなかった。それを蔵人に聞いたことがある。
“ここは美術品が多いので不活性ガスの消火装置を設置しています。もしもの際は全ての通気口が閉まり窒息消火致しますので、直ぐにこの部屋からお逃げください”
そうだ窒息消火。蔵人の言葉から詳細を思い出した。あの分厚い扉も…窓のない展示室も…このためのものだったのだ。
「大変!今すぐにここから離れないと私達、窒息死しちゃいます!」
「どういうことネ?」
「ああ!もう煙が充満し始めてますよココ」
防火製の分厚い扉によってこの展示室は他の区画から遮断された。ここには窓がなく外から空気が入ってくることも中の空気が逃げることもない密封空間。おまけに壁も防火製で分厚いことが予想される。消火装置が働いた途端にここに不活性ガス(おそらくCO2かN2あたりだろう)が吹き込んで、燃えるはずの酸素を無くして窒息状態にする。それが窒息消火だ。どれだけ私達が火の被害から逃れても酸素が無くなれば死んでしまう。つまり…とっととこの展示室から逃げないと死ぬ。
「正解☆さすが
ちゃん」
「おい、狐面取ってツラ見せて名乗れバカヤロー。ついでに一発殴らせろ」
「確かにこのお面暑いんだよね…よっと」
男が片手で器用に面を外す。髪の覆っていた頭巾も脱ぐと何方も眼下の炎に投げ捨てた。改めてこちらを見ながら男が笑う。
燃え盛る炎が彼の顔を照らす。明るい髪に剽軽な性格。この人覚えてる。確か…「情報屋」そう呟いた私の唇を呼んだのか男が口笛を吹いた。「覚えててくれて光栄だよ」ウインクを一つ。眼鏡はかけていないから少しだけ印象が違うけれど、真選組屯所で会った情報屋そのものだ。
「初めまして俺は情報屋。名前は有って無いようなものだから何でもいいや。
ちゃんとは前に色々と。覚えてる限りでは真選組屯所で会っているよね」
「貴方がどうしてここに!?」
「それは秘密。まあ対価が得られたら答えてもいいけど。…俺の今の興味はそっちの彼かな」
そう言って柔らかく微笑む先には銀さんがいる。「男に興味ねーわ!寒気した寒気」自らの腕を抱きながら銀さんが体を震わせる。「俺もそっちの気は無いって!」言い返す情報屋も何やら想像してウンザリした様子。
「彼女にここで死なれては困るから君達を助けてあげる。その代わり、銀髪の君の名前を教えてくれたら…だけど」
「あぁ?坂田銀時だ。覚えとけ」
「銀髪の侍…坂田銀時。うん、忘れない。じゃあこの情報に対する俺の対価は、この部屋からの逃げ道。黄金の油揚げ像の裏に外への道がある。ボタンは台座の凹みにあるから探してみて」
「待って!貴方はどうやって逃げるつもり!!」
燃え盛る炎の上にいる男は、その逃げ道すら使えないのではないだろうか。このままここに居ればこの男が窒息消火に巻き込まれる。「俺は大丈夫。ありがと
ちゃん。やっぱ天使ィ♪」ピースをする姿には余裕しか見えない。大丈夫なのだろう。
「逃げ道ありましたァァァ!」
「銀ちゃんも
も早く来るアル!!」
見上げるとハジくんを先頭に小銭形さんが油揚げ像の裏にあるであろう逃げ道に体を屈ませている。その隣で新八くんと神楽ちゃんが声をあげて手を振っている。いつ消火装置が働いてもおかしくはない。
「行くぞ!」
「はい!」
差し出された手を掴むと途端に引かれた。「神楽!新八!先に行け!」銀さんがそう叫んだ。しっかりと頷いた二人が像の裏に消えた。彼らを追い私たちも黄金の油揚げ像の裏に回ると階段が下に向かって伸びているのがわかる。しかしその空間は真っ暗でどこまで続いているのかもわからない。少しだけ躊躇してしまいそう。
「
。先に行け!さっきみたいに迷われたら面倒だ」
「わかりました…でも。怖いから後ろにいて下さい!」
「わーってるよ。ホラ早よ行け!」
促されるまま
は階段を降りる。
銀時は彼女を追って視界が闇に消える最後の瞬間、男は吊られた存在に今一度目を向けた。笑いながら手を振るあたり心配はいらないだろう。そして只者ではない。今は何より、ここから逃げるが第一。
の姿は暗闇に消えてもう見えない。銀時は男に声をかけずに階段を降りた。
燦々と燃える火の海の明るさから一転して、明かり届かない闇に目は慣れない。私は手すりを頼りに足元を確認する。滑らないように一歩一歩確実に。
「銀さん!
さん!」
新八くんの声がしたと思ったら、薄っすらと灯りが空間を照らしているのがわかる。そこにみんなが待ってくれていた。小銭形さんが忍ばせていたオイル式のライターが唯一の灯りのようだ。だがしかしライターの小さな火でも無いよりはある方がありがたい。照らし出した道は一つ。行くぞ、と誰かが言って私たちは出口に向かって走り出した。
後日談として知り得たことを述べておこう。
あの抜け道を使って外へたどり着いた私たちは、無事に生還することができた。
小銭形さんにハジくんは直ぐさま奉行所に連絡を取り、仲間の同心と合流することとなった。
美術館で警備に当たっていた同心数十人は、皆、遺体で発見されたと言う。消火装置が働き、鎮火した展示室からは狐の遺体は一体も見つからなかったらしい。あの時…少なくとも七体、いや八体の狐は炎の中に消えたはずなのに。狐の生死、その真相は闇の中。情報屋と名乗った男の生死もまた不明だ。
狐一人は問答無用で消えていただきました(情報屋の分)
20210206*星宮はちこ 裏語