レプリカ虚像乙女
【第七章、受容 七十二話、私も万事屋です】


郵便受けに分厚い封筒が届いていた。
宛先は誰だろうと手にしたそれを裏返すも“万事屋さんへ”としか書かれていない。差出人も不明…不審物だろうか。「銀さーん。変な郵便物が届いてるんですが」そう奥に声をかけると、何だろうかとドタドタと足音を立てながら三人全員出てきた。私が手にした封筒を受け取った銀さんが表裏を確認し、ビリビリと音を立てて封筒を開ける。中には“若の成長記録”と題が書かれた冊子が一つ。

「何ネこれ」
「日記のようですね」
「若の成長記録、東城歩。〇月×日…」

冊子を手にした銀さん。その左右に新八くんと神楽ちゃんが、向かいに私が立っている。皆、冊子を覗き込みながら銀さんの声と文字を追っていた。東城さんて、確かスナックすまいるの件で会った人だったはず。内容は…思い出さないでおこう。

題に相応しく誰かの日々の様子が書かれていて、最初の日付は“女の子としての幸せを掴んでもらいたい”と締められている。次の日付にはゴスロリ衣装が燃やされた話。次はカーテンの話。次はまたゴスロリの話で、その次はまたカーテンの。合間にナース服もあったけれど、ほとんど衣装とカーテンの話しか綴られていないのである。
何だろうこの日記は。私も日記を書いていた時期があったが、こんな内容の無いものではなかった。時折自分の気持ちの整理にも役立っていたと思える。今は…もう日記帳すら紛失してしまっているのだけれど。おそらくではあるが、攘夷組織に置いてきたのか、逃走した際に落としたのか、今となっては知るすべもない。
私が回想を続ける間にも、内容は淡々と読み上げられる。この日記を今読んでいる者へ、から始まったページには“若を女の子に…”との思いが綴られていた。
次の日付を銀さんが読み上げた時だった。誰かがこちらを見ているような気がして…皆の視線が上がる。勿論私も同じく。

「!?」

玄関から覗く顔には覚えがあるのだが、あまりにもその存在が不気味すぎて驚いてしまった。冊子の中身を読んでいる最中の銀さんら三人が、無言で向きを変えるとズカズカと玄関扉前に赴き、扉ごと向こうの存在を蹴り上げる。酷い音と同時に扉が外れて吹っ飛んでしまっている。ああ扉が! 私の脳内には外れた扉の事しかなく、後ろに転がる東条さんの事は微塵も浮かばない。は慌てて扉を掴み上げると敷居にゆっくりと填めた。フレームは曲がっていないので難なく左右に動くが、割れたガラスはしばらくダンボールでの補強になりそうだ。


「どうぞ…」


東城さんの言う“若”と言うのは、柳生九兵衛さんのことを指しているらしい。応接間でソファーに座った東城さんにお茶を出す。さっきの日記の事や、ストーカーのように覗いていた事も相まってか、彼の思想は理解しかねた。そう。少しだけ警戒してしまったとでも言うべきか。床に広げられた日記は今は定春くんが読んでいる。読めるのかな?

彼女、九兵衛さんにはそう…色々と複雑な事情があり、万事屋の三人が色々と関わっていることはお妙さんから伺っている。事情を知っている彼らに力を貸して欲しいと言う東城さんに、事情を知っているからこそ手を出し辛いと答える銀さん。何方も一理あるだろう。
続くのは東条さんに“女になれ”と暗示させる言葉。まあ直接的な表現は避けることにするけど。その言葉を受けて彼は事を起こす気でいる。白装束に刀なんて物騒以外の何物でもない。まさかこんな昼間から大事件が起ころうとしているのである。

「東条さん!落ち着いてください!!」

私も東条さんを引き留めようと声を上げた。彼の後ろから新八くんが必死に抑え上げている。やがて刀を握る手が緩む。良かった。も胸を撫でおろした。


「銀さん。九兵衛さんに事情があるのは伺っていますけれど…それって一体?私は詳細を知らなくて…」
「あー。その、あれだ」


銀さんは九兵衛さんが抱える事情と万事屋の関わりについて教えてくれた。
女として生まれながらも、彼女の存在を守るが故に男として育てられた九兵衛さん。お妙さんへの恋心と想いの暴走。先の柳生家と万事屋の決闘…それを乗り越えて今があることも。確かにすまいるでの一件の後、お妙さんの道場を訪れた時の二人の関係や、九兵衛さんの態度を思い出すと…全て辻褄が合う。同性だから受け入れられるものと同性だからこそ相容れないもの。思っていた以上に複雑だ。今まで男として育てられてきたのに、急に女として生きることは相当辛く厳しいだろう。体は元から女であったとしても、心が置いてきぼりになってしまう。
彼女のお父様とお爺様の考えは自然に任せよとのこと。彼女を男として育てたことに負い目も感じていて強くは出れないでいる。ならば、と彼女の従者である東城さんが奮起したらしい。「気持ちもわかりますが東城さん。幸せは十人十色。外野がとやかく言うのは間違っていませんか」手を重ね姿勢を前に屈めながら正論を言うのは新八くん。と、彼の体がぶっ飛んだ。


「新八くん!?あらら…鼻血が」


鼻血を出し倒れ込んだ彼にティッシュを持って駆け寄った。顔を伝う血を拭い、止血の為に数枚差し出す。しばらく鼻に詰めておいて下さいねと助言を忘れない。肝心の新八は突如受けた暴力に対する抗議の声を上げている。私も加勢した。

「若の部屋にゴスロリ衣装を仕込む折、こんなものが…」

などと言いながら掲げられた紙。ちなみに我々の抗議の声は届いていないのである。東条の持つ紙は何かの印刷物だ。覗き込むと、それは整形外科のチラシで全面に性転換の施術の説明が載っていた。これが部屋に残っていたと言うことは少なからず興味があるのだろうか。わからないけれど。
「もしや工事…あの顔の下に“汚れたバベルの塔”を」誰かがそう呟いた。バベルの塔って…つまりアレのことか。応接間の机を間に立ち上がったままの男性陣が対峙している。その表情は真剣そのもの。


「何が汚れたバベルの塔ネ。お前ら全員生えてるだろーが」


対峙する男性陣を側から白い目で見ながら神楽ちゃんがそう言い捨てた。
「神楽ちゃん…もう何も言わないようにしましょ」こそッと囁くように告げる。男には男にしかわからない世界がある。それは認めよう。勝手にやってくれたらいいのである。中途半端に我々が介入すると、返り討ちと言うかダメージを食うだけなのである。私の声を聞いて神楽ちゃんが静かにギュッと抱きついてきた。可愛い。普通に神楽ちゃんが可愛い。彼女の背に手を回して男性陣の今後を見守る。
報酬なら幾らでも払うから、バベルの塔の建設を阻止して欲しいと頼み込む東城さん。今一度ソファーに座り込むも、私達は椅子の隅で彼らの様子を見守っている。

合コンを開くぞ、銀さんはそう言った。

曰く、男として生きてきた彼を女に変えるのは難しいけれど、女として自覚させるのはまだ簡単で可能性があるとのこと。つまり、九兵衛さんを男に惚れさせるらしい。


「バベルの勇者を集めろ」


高々と宣言が響く。バベルの勇者=合コン男性参加者とのことで、かぶき町を回って目ぼしい人に参加を頼むことになった。新八くんはお妙さんと九兵衛さん(お妙さんには残りの女性陣の勧誘も)を誘いに恒道館へ戻っている。私たち三人と東城さんでかぶき町の風俗街を歩いていると、何やら看板を手に声を上げて勧誘をしている男性が目に留まった。

「(あの人どこかで…)」

近づく毎に既視感が拭えない。確か例のマユゾンの一件で出会った…桂さんだったけ? この方に会うと心が騒つくような感じがする。どうしてかはわからないけれど。
「おいヅラ!」銀さんが声をかけると「ヅラじゃない桂だ!何だ、銀時か」条件反射のようなやり取りをしながら男が振り向く。そして後ろには勿論、例のお化けみたいな存在が立っているのである。だが、銀さんが詳細を説明し合コンへの参加を促すも断られてしまっている。

ずっと前から気になっていた…桂さんの後ろにいるこの白い子。名前は確か…何だったっけ? 見た目にインパクトがありすぎてどうも思い出せないのである。銀さんにこっそり聞いたところ天人ではなくペットとのこと。よし。銀さんと桂さんが話し込んでいる間に、は興味本位で例の生物の傍に寄ってみた。このまま触ったりできないだろうか。いきなり噛みつかれたりはしないだろうか。反対側を向いていてこちらを見ていなかったはずの白い体が振り返る。私の前には[何か?]と書かれたプラカードが掲げられた。しまった。バレた。


「初めまして。私、万事屋でお世話になっていると申します。よろしくお願いします」


挨拶と同時に手を差し出す…握手とかできるだろうか。下を向いたまま手を差し出す姿はまるでテレビ番組の告白さながら。やがて差し出した手の上に柔らかい何かが乗った。ドキッと心臓が撥ねる。それは恋とかではなく驚き。視線を上げると白く短い手が私の手に乗っている。柔らかい…。おまけに[我が名はエリザベス]とのプラカードが掲げられている。そうか。名前はエリザベスと言うらしい。半ば興奮しながら握手のつもりで白い手を握りブンブンと振っていた。凄い…私こんな凄いペットと意思疎通(?)しちゃっている。

「エリザベスゥゥ!!今は仕事中だ、女にうつつを抜かすな!!」

わくわくした表情で握手していると桂さんのお叱りが入ってしまった。「ごめんなさい」と一声かけて慌てて離れる。銀さんからも「何でアイツと握手?」と言われてしまったけれど。私は笑いながら意思疎通出来た喜びを語った。とは言え、銀さんには、どうもこの凄さが伝わっていないようにも思えたけれど。
固まって合コン参加者を探すのも効率が悪い。故にここからは分かれて参加者を探すこととなる。


は私と行くネ!」
「はぁ?銀さんと一緒だろ」


嬉しい板挟みだったけど、私は何より神楽ちゃんが心配だった。変な人にナンパされないだろうか、突然誘拐されないだろうかと。だから今回は銀さんに断りを入れ、彼女と二人並んでかぶき町を歩く。
私にはこの町に知り合いはいない。そもそも地域に関わらず、知り合いと呼べる存在自体が多くはない。だから人脈を使って合コンに誘える人もいなかった。ごめんねと断りを入れても、関係ないネと優しく笑ってくれた。とりあえずは神楽ちゃんの人脈を使って、合コンの参加者を探すことにしよう。
「マダオの所に行くヨ」とのことで、たどり着いたのは近所のタバコ屋さん。店先には長谷川さんが店番をしていた。彼はここの店主ではなく、バイトで店番をしているらしい。合コンを開催するので是非来ていただきたいと誘った。返事はすぐには返ってこない。奢りなら…と渋られてしまった。他に知り合いとも会わずに町を歩く。


「…今から前向いてまっすぐに歩くアル。決してよそ見したらダメネ」


なんて神楽ちゃんが真剣に言うものだからコクコクと頷いた。何かあるのだろうか…。ここは丁度万事屋の裏側の通りだ。見渡しても風俗街よりかは飲食店や花屋、商店があるだけ。二人並んで前を向きつつ真っすぐ…歩く。

「ねぇちょっとちょっと。何で僕だけ無視するんですか」

花屋の方から声が聞こえくる。我々に向かって話しているのだろうか。反射的に顔を向けそうになるけれど神楽ちゃんに名前を呼ばれた。結局は、ピクリと首が動き彼女の顔を覗き見る形に落ち着く。その場を通り過ぎると「ふぅ…」彼女がゆっくりと息を吐き出した。関わってはいけないような方々(堅気ではない感じの)が住んでもいるのだろうか。彼女が積極的に関わらないようにしている存在だ。詳細は聞かないことにしよう。それからあれこれと町内を回っても、合コンの参加者は増えなかった。



「疲れたアル」
「一度戻りましょうか」


トボトボと歩く道のりは、見知った街並みなのに長く感じる。
万事屋に戻り各々の戦果を発表し合うも、互いに中々苦戦しているようだ。誰も参加者を確保できていないのである。一人、東城さんを話を聞く限り…いかがわしいお店を巡っているようにも聞こえなくはない。静かに立ち上がった銀さんと神楽ちゃんの二人が、東城さんを踏みつけた。仕事してないだろ、との叫びが響く。だがこれは東条さんの自業自得だから何も言わない。







合コン開催当日。無理を言って、新八くんの実家から正装の紋付袴や羽織を一式持ってきて頂いた。丈を調節しながら銀さんと新八くんに一通り着付ける。真新しい扇子を忍ばせれば…うん。第一礼装の完成だ(結婚式じゃなくて合コンだけど)。 神楽ちゃんはいつもの中華服でいいらしい。どうせなら彼女の衣装や髪型を触りたかったと言うのが本音である。きっと今よりもっと可愛くなるのに。
そして今日は屋形船が会場らしい。


「本当に留守番でいいのか」
「ええ。近所のお婆さんの買い物のお手伝いと、回覧板を次の方に回したり…仕事があるので。それに定春くんだけをこう毎日お留守番させるわけにもいかないじゃないですか。相手方はお妙さんが誘ってくれているはずですから、ね」
「いや。俺としては色々と心配もなくなっていいんだけどよ…」
「それより九兵衛さんを惚れさせるように頑張って下さい。あと神楽ちゃんに悪い虫が付かないようにもお願いしますよ」


屋形船に乗ってみたかったけれど、見知らぬ男女の合間で過ごすのも気が落ち着かない。大江戸病院で看護師をしていた頃にも、開催されていた合コンは全て断っていたくらいだ。それに男性の数が圧倒的に少ないらしいので、女性が多くてもバランスがおかしくなるだろう。
今日はここでみんなの帰りを待とう。「大丈夫ですから」と念押しして、合コンに向かう彼らの背中を見送った。

人がいなくなり静まり返った万事屋で掃除と洗濯を済ませ、近所のお婆さんの買い物手伝いに向かう。足腰の弱いお婆さんは散歩がてら買い物に出かけるのだが、この足腰では重い物が運べない…と万事屋に手伝いを依頼したのがご縁の始まりだった。最初は銀さんがペットボトルやお米を運び、残りの二人が世間話をしていたらしい。そこに私も加わって賑やかな買い物が楽しみになったと聞く。今日は私一人だけど…誰かが用事でいない時はこう言うパターンもあるものだ。呼び鈴を押すとお婆さんが出てきた。話しながら近所のスーパーへ向かい、数日分の食材やら日用品を選んで買う。軽い荷物はお婆さんの手押し車に、重い物は私が持って…お家まで運ぶ。家に上がり込んで冷蔵庫やら所定の位置にしまい込むまでがお仕事だ。「いつもありがとうね」と声をかけてもらえるだけで嬉しい。

日が暮れかけてきた頃に、町内の回覧板を回していなかったことに気づいた。万事屋の次は裏の屁怒絽さんと言うお宅。今から行ったら夕ご飯の支度を遮ってしまうだろうか…しかし夜半よりは早い方がいいだろう。は回覧板を手にすると玄関に急ぐ。万事屋の鍵をかけるとぐるりと裏に回った。


「すみませーん」


たどり着いた裏手の住宅は“屁怒絽の森”という花屋さん。私が声をかけると中からこちらに近づいてくる人の気配がする。「はーい」と軽快な声。続いて姿を見せたのは、厳つい顔をした人。

あ、怖くて涙出そう。

この人は間違いなく天人だろう。身長は2メートル以上ありそうだし、鋭い角も牙も生えている。頭上には何故か花のようなものも見える。しかし人は見た目では判断しては…いけない。恐ろしさと緊張で張り裂けんばかりに脈打つ心臓を、深呼吸してなだめる。「裏の万事屋の者です。回覧板を回しに参りました」差し出す手が僅かに震えている。悟られてはダメだ。


「あれ?そう言えば初めて見る方ですよね。以前に裏の神楽ちゃんと前を通っていらっしゃった」
「そうです。万事屋でお世話になっていると申します 」
「ご丁寧にどうも。僕は屁怒絽と申します。いやー万事屋さんの皆さんは、こんな見た目の僕を恐れずに気さくに接してくれて…感謝しているんです」


そういいながら屁怒絽さんが回覧板を受け取った。
確かに、見た目の厳つさ以外は、丁寧な物言いや穏やかそうな性格も垣間見える。「あれ?今日はあの三人は?」との疑問に、夜までお出かけをしていて私がお留守番だと伝えた。店先を見渡すと変わった種類の植物から定番の花までが所狭しと並んでいる。品揃えは豊富だ。「お花が好きなんですね」思うがままにそう呟いていた。


「すみません…。こんな見た目の僕が花屋なんて、おかしいですよね」
「いえ、そんなつもりじゃ。私の実家ではよく季節の花が生けられていたので。世話をしてくれる几帳面な人がいたのでお花も生き生きしてて…ふと思い出しました」
「アハハ。花は人の心を豊かにしてくれるような気がして…僕も癒されているんです」


そう言って小さな花束を渡された。「これは?」首を傾げているとお近づきの印のプレゼントとのこと。花瓶はなかったけど牛乳瓶ならあったはずだ。帰ったらそれに生けよう。これはなんと言う花だろう。見たことがあるようなないような。屁怒絽さんがこちらを見ながら微笑んだような気がした。

さんも素敵な方で安心しました。万事屋の方々は本当に良い方ばかりで…」

そう語る屁怒絽さんは楽しそうな表情を見せている。


「あの三人は本当に素敵で面白い方々ですよ。私、今少しの間の記憶がなくて。以前に皆さんとご縁があったらしいんですけど、それすら忘れてしまってて…」


それでも、こんな私でも万事屋に迎え入れてくれた。
万事屋の居候として共に過ごした。一緒に仕事もこなして…時々失敗もして。無茶をして、乗り越えて。笑ったり泣いたり、怒ったり喜んだり。その日々はかけがえのないものだろうと思う。だから私も、彼らの力になりたい。一人で帰りを待つ留守番だって、誰かの家に謝罪しに行くことだって…怖くも恥ずかしくもない。彼らは、彼ら自身の誇りを持ち万事屋として働いているんだもの。私もそれを誇りに胸を張って生きていける。



「屁怒絽さん。ごめんなさい。実はさっき初めてお会いした時、驚いてしまって。少しだけ怖かったんです。でもこうやってお話ししていて…恐れていた自分を恥じました」
「こんな見た目だから仕方がありませんよ。恐れられることには慣れていますから。それに貴女のように理解してくださる方がいるのもまた事実です」
「良かったらお友達になって下さい。またお花を買いにきます」



差し出した手を彼は優しく握り返してくれた。さん。そう名前を呼ばれて顔を上げる。「貴女は周囲に安らぎを与える不思議な人ですね」と笑う。まるで花みたい、との口説きにはクスクスと笑いが溢れた。花に例えられるとは思ってもいなかった。
少しここでお待ちくださいと言われて、店先の花を眺めていた。ピンク色の花も可愛い。
奥から戻ってきた屁怒絽さんの手には大型のタッパーが複数。ご近所さんなので料理を是非差し入れしたいとのこと。

「こんな見た目ですけど料理も結構上手いんですよ」

照れるように頭を抱えている。ありがとうございます、とお礼を言いつつタッパーを受け取った。今晩は銀さん達がいないから、晩御飯どうしようかと考えていたからありがたい。タッパーの数と量からして、一人前どころではないけれど。残りは明日以降に皆でいただくことにしよう。そして容器は洗って返さねば。

受け取った料理と花束を抱えて、は万事屋に戻った。ワンと鳴き声と共に定春くんのお出迎えが待っていた。本当にお利口さんだ。玄関横の下駄箱に一時的に荷物を置いて大きな頭を撫でまわす。モフモフ。ふわふわ。箒よりも大きいだろう尾っぽが左右に揺れていた。ペロリと頬を舐められる感覚はくすぐったいの一言に尽きる。

「うふふ!定春くんただいま!」

散々頭を撫でまわし、頬っぺたを舐められた後で定春も満足したらしい。頭にのせていた手が、彼が身を翻すと同時に首に背中に尾っぽにと流れていく。そして鳴き声と共に居間の定位置に戻っていった。

花束は水を張った牛乳瓶に飾り、頂いた料理(結構な量!)を一人分取り分けて晩御飯だ。話し相手のいない夕食は以前の一人暮らしでは毎日の事であった。だが万事屋で食卓を囲む生活に慣れてしまった今では、遠い昔のようにも思えてくる。つまり、一人のご飯も悪くはないけれど、少し寂しいななんて感じてしまったのである。銀さんと神楽ちゃんでおかずの取り合いをして、私が窘めて、新八くんがいたら一番の被害者になって盛大にツッコミをいれて…いるのだろう。みんな、夜景を見ながら楽しくやっているかしら。彼らが帰ってきたら是非とも感想を聞こう。

お風呂を入り終わってもまだ、彼らが帰ってくる気配はなかった。酔いが回って二次会にでも行っているのだろうか。もしくは九兵衛さんが恋に目覚めて新展開に発展しているのだろうか。私が知るすべはない。
日付が変わるか変わらないかの夜半に、待ちに待った玄関が開く音が聞こえた。やっと帰って来た。私は慌てて座り込んだソファーから立ち上がる。

「お帰りなさい」

随分楽しんできたのだろうと思っていたのだが、二人の表情には疲れが垣間見える。


「大丈夫?お風呂沸いてるから早く入ってね」


先に浴室へ向かったのは神楽ちゃん。彼女は未成年だ。早くお風呂に入って、早く眠ってもらいたいというのが本音だけれど。しばらく入浴お預け状態の男はソファーにぐったり沈んでいる。銀さんの口からは今日あった出来事が語られた。
何でもお妙さんが中々の強者を連れてきたとか、突如参加した桂さんに近藤さんが混沌(カオス)だったとか、屋形船が暴走するハプニングもあったらしい。
神楽ちゃんがお風呂を出たと告げた頃には、銀さんの目蓋はぴったりと閉じられている。どうやらソファーに座ったまま眠ってしまった様子。無理やり起こすのも気がはばかられる。私は、彼の掛け布団を持ってくるとそっと上に掛けてあげた。

…」
「はい」

私も寝ようと思って和室に体を向けたのだが、銀さんに呼ばれて止まる。続く言葉を待ってみるもそれ以降の反応はない。何だろうかと思ったが、何より先に、私も私の思いを口にしていた。


「銀さん。私、留守番をしていて思いました。やっぱり万事屋の皆が好きだなって。皆といると楽しいなって。あ、でも留守番が嫌だとかそういうわけじゃないんですよ。一人になってみると気付いただけです」


そう言いながら、彼の顔を見ようとソファーに近寄ってみた。だが銀さんはさっきと同じ体勢のまま動かない。おまけに、ぐーぐーと寝息まで聞こえてくるではないか。
なんださっきのは寝言か。私も、自分の思いを口にしたことでやっと整理できた。別に今じゃなくてもいい。今ここで伝えられてなくてもまたその時は来るだろう。私も万事屋の一員として、生きていきたいと思えたから。このままずっと。


「おやすみなさい、銀さん」


そう告げて私は電気を消した。


第七章、受容 【完】

主人公がやっと万事屋に溶け込んだ…はず。
20210213*星宮はちこ   裏語