レプリカ虚像乙女
【第八章、芙蓉 七十四話、不必要に生まれたわけじゃない】


甲高く鳴り響くのは聞きなれない音ばかり。私たちは“カラクリメイド”なるパンフレットを広げながら概要を読み込む。やって来たのは、かぶき町の外れにある“からくり堂”というこじんまりとした工場だった。銀さんが挨拶も無しにずかずかと入り込むから驚いたが、この工場の主人と思しきお爺さんは「なんだお前ぇか」と特に気にしてもいない様子。彼は平賀源外さんという有名人であり、江戸で一番と謳われるからくり技師とのこと。何やら訳ありらしいのだが、その点については銀さんが言葉を濁したので聞かないことにしよう。

「炊事洗濯に始まり事務までこなす夢の機械人形…」

銀さんの後ろから覗き込むパンフレットには、妹やらツンデレやら姑やら色んなタイプの機械人形写真が並んでいる。予算と好みに応じて、外見やら機能やらを色々とカスタマイズ出来るらしい。


「ふーん。時代はここまで進んでいたとはねぇ」
「あっこの子可愛いじゃないですか!みたい…何々…甘え妹タイプ」
「ゲッ…。ほら見てみろ、これにあの物騒な面影なんてねーだろ」


新八くん曰く、機械メイドとは使い勝手が良く企業や商人の間で大人気の働き手とのこと。値段もそれなりにするらしいけれど。新八くん…思ったより詳しいな。
工場の奥では源外さんが悦子ちゃんの頭に何か工具の様なものを当てている。彼の後ろから神楽ちゃんが興味深々に覗き込んでいた。銀さんが機械メイドに詳しい新八くんを煽る発言をしたものだから、それに乗っかった神楽ちゃんと新八が取っ組み合いになっている。しかも結構激しい。

「こらこら!喧嘩は駄目ですよ!!」

間に入って二人を引き離す。騒動から抜けた銀さんが源外さんの元に歩み寄っている。中々激しい取っ組み合いだ。どうせなら銀さんにだって仲裁してもらいたかったものだ。


「オイどーしたじーさん」
「かなり派手にやられてんな。まあ肝心な所は無事だから何とかなるだろ」


そう言って何やらごつい機械に悦子ちゃんの首を繋げている。下の機械は冷蔵庫ぐらいの高さがあるだろうか。遠目ではよくわからない。できた。源外さんの声がして皆が一斉に視線を寄越す。
と、そこには何処かで見たことがあるような体が。繊細な頭部分と比べて硬派なフォルム。これ…あれのパクリでは? 私もそう詳しい方ではないのだが、以前に働いていた診療所で某機械アニメが大好きな男の子がいたから知っていた。時を同じくして、私と同じことを思っていた銀さんのツッコミが響く。


「これ…もう少し人間に近づけた方が良いと思いますね」
「そうだ。せっかく金になりそうなんだからよ。もっとイイ女じゃなきゃ売れねーだろ。参考はこの体で」
「銀さん!」
「アダダ…」


お尻に手が触れたので彼の頬を抓る。自然体で触れる所が常習犯っぽい。
銀さんの悦子ちゃん売買計画に新八くんが反対の姿勢を取っていた。うーん。銀さんは何目的で売るつもりなのか。そして新八くんの目的も何だろうか。ついていけずに神楽ちゃんと顔を見合わせて笑った。この場に彼女がいてくれてよかった。
それぞれの思う機械メイドに対するリクエストが挙げられる。新八くんのメイド服は可能だろうけれど神楽ちゃんの卵割り推しは想像がつかない。二人の乱闘(二回戦)が続く中、源外さんは「よくわからんわ」とお手上げ状態。私もリクエストを聞かれたけれど、特になし、というのが本音である。銀さんが言う“アンタなりのイイ女”の答えはお尻にパッドのようなモノが追加されただけだったけれど。ついでに銃から醤油が出るという謎のカスタマイズまでされていたけれど。しかも一回の放射で出る醤油の量は相当のものだ。使用量も塩分量も計算して何とかならないだろうか。私が挙げるリクエストはそれくらいだろう。

カスタマイズの方法が悪いと注文を立てれば、上がるのは予算の問題だ。正直な所、あれこれお金をかけるほどの余裕はない。「金あんの?」との言葉に私は苦笑いを浮かべるしかない。後の三人は源外さんと目を合わせないようにしていた。金もないのにこれ以上付き合ってられるか、そう言われて私達は悦子ちゃんの首と共に万事屋に戻って来た。

途中の八百屋で貰ってきた綺麗な苺の段ボール箱と緩衝材の上に佇む首。居間の机の上で異様な存在感を放っているのは言うまでもない。機械技師に見てもらったお陰かこの機械の特徴を知ることができた。源外さんの話によると事務処理能力に特化した代物らしい。新八くんの「とりあえず起動してみましょう」との声に、皆でマジマジと顔を覗き込む。起動の為の“スイッチ”がどこにあるのかわからない。

「よくある機械人形は背中とかが多かったですけどね」

そう言って後頭部を見てみるもそれらしきものは特に無い。私の家にも機械人形がいくつかあったが、皆スイッチは背中だった。銀さんの如何わしい発言を受けて、彼の頭を軽くはたいた。もうどうしてそういう方向に持っていくのか。私には理解できない。新八くんのツッコミにも賛成だ。


「残念、首から下はないアル。オイ!起きろォォォ!!」
「あ、この額のホクロかな?」
「そんなホクロだなんて…」


そんなわけ無いだろうと思っていた矢先、“ドウルルルル♪”と口ずさむ音と共に悦子ちゃんの閉じていた瞼が開かれたのだ。正直、驚いた。皆の悲鳴も響く。


“残念ながらあなたの冒険の書1 冒険の書2 冒険の書3は消えました”


冒険の書…大切なデータのことだろうか。よくわからない。再起動に伴い、まずはこの機械に名前をつける必要があるらしい。銀さんの“ああああ”というよくありがちな間違いは意味不明だと機械に却下された。…。機械なのに注文つけるんだ。というよりも高度なシステムだからこそ情報を理解し判断する。さすが最新の機械が組み込まれた人形だ。或る意味感心してしまう。


「じゃあ、ジャンヌとかどうですか?あとは巴とか?」


どちらも歴史上の偉人の名前だ。この機械家政婦は見た目も華やかだし…悪くは無いだろう。は指を立てて機械に提案してみる。


“却下します。どちらも悪くはありませんが決定力に欠けます”
「何か却下されたんですけど」


失礼なカラクリだな。そもそもこちらで名前をつけても、気に入るまで却下するつもりなのではないだろうか。むしろ受け入れてくれる名前ってどんな? 「じゃあ卵で!」神楽ちゃんが覗き込みながら声を上げた。卵(たま)って…また却下されるのでは。


“了解”

「って!ジャンヌは駄目で卵はいいの!?」
「どれだけ卵にこだわってんの」
「いよいよ野良みたいになってきたな」


ジャンヌが駄目で卵がいい理由がわからない。この機械の判断基準って何なのか。動物のような名前より、もっと人間らしい名前の方を提案したいところだ。ピコン、と音が鳴った後、機械家政婦は口を開いた。


“皆さん初めまして。私の名前はマリーアントワネット”

「卵無視したァァ!!やっぱ嫌だったんだよ」
「ジャンヌは駄目でマリーアントワネットは良いの!?」
、諦めるヨロシ。平民上がりと生まれ持った貴族階級の差は一目瞭然ヨ」

“みんなにはホクロビームと呼ばれている”


外見のホクロビーム呼びは良いのだろうか。受け入れたのだろうか。と言うか、ホクロビームがいいなら、ジャンヌの方が絶対似合っていると思うのだが。新八くんの言うように機械の中にもイジメとかあるんだろうな…。いやむしろ機械だからこそ、イジメという概念がなく、あれこれ言い合うことができるのだろうか。
思い出したらブルーになってきたと、人間そっくりの感情で冒険の書(だから冒険って何?)を終わらせようとしている。ゲーム内を冒険する用の機械家政婦だったのか。復活の呪文を言い終わると、プツンと電源が切れてしまった様子。


「復活の呪文なんて言ってましたっけ?」
「くさりまぐろ、が何たら」
「もががずぼろそくされまぐろばろみ、です」


私がそう言うと、すごいすごいと皆から記憶力の良さを褒められた。こんな力でも役立てたのがうれしい。しかし復活の呪文を叫んでも再起動しない。それらを打ち込む先も見当たらないので言葉で認証させるしかなさそうだ。耳元で二、三度叫んでみるも反応はない。うーん。でもさっき間違いなく“もががずぼろそくされまぐろばろみ”って言っていたのに。
「コイツ狸寝入りこいているぜ。働きたくねーだけだろ」痺れを切らした銀さんが、ものすごい勢いで額のホクロを連打している。と、口から唾…ではなくオイルを吐き出した。キレた銀さんを神楽ちゃんが片手で抑えている。


“セーブ中はコントローラー及び電源ボタンに触らないでください。故障の原因になります。もう一度復活の呪文を言います。…”

「オィイイイイ!復活させる気ねーよ!何この古代文字ィ!?」
「こんな時こその出番だ。よし、さっきの要領で頼む」
「えーっと…恐らく、古代サンスクリット語と古代エジプト語の象形文字を足したものかと…」
「んだよ、意味わかんねーよ日本語で頼むわ。って、待てェェオイ!コイツ勝手に電源切れやがったぞ」



完全に壊れているアルと神楽ちゃんの声。銀さんの言葉の最中、またしてもプツンと電源が切れてしまったのだ。カセットなんてないけれど首の繋ぎ目に息を吹きかけてもう一度額のホクロを押す。銀さん曰く、ファミコンでよくやる方法とのこと。いや…これファミコンじゃなくてもっと精密な機械なんですが。より壊れないことを祈るばかりだ。彼がボタンを押したと同時に機械家政婦は再起動を果たした。


“パラララッパパー♪卵はレベルが上がった”
「何か知らないけどレベル上がったァァァ!」


いつの間にか卵(たま)が受け入れられている事実。いや良いんだけどね。ジャンヌはお気に召さなかったわけだし。レベルの上昇と共に別のパラメーターも上がっていく。途中で復活の呪文になったり、ただの愚痴っぽくもなったり…これまともに事務処理なんてできないような気がしてきた。機械家政婦は精密機械で構成されている。度重なる衝撃で壊れたのだろう。私の予感が的中し、三度プツンと交信が途絶える。「駄目だなこりゃ…」誰かのつぶやきが溢れた。


「まあまあ。そもそも拾い物なんですから…一銭にならなくても仕方がないです。そうだ、息抜きに皆さんお茶でも飲みませんか」
「おう。俺イチゴ牛乳練乳増し」
「私は昆布茶がいいアル」


銀さんはイチゴ牛乳(昨日の事もあってか練乳は無しだ)で神楽ちゃんは昆布茶。新八くんと私は緑茶かな。台所でヤカンに水を汲み火にかけた。戸棚から茶筒を取り出して茶葉を計る。お昼ご飯…何がいいかな。冷蔵庫を見てみると、豆腐ともやし、納豆、ちくわ、魚肉ソーセージがある。メインになるような何か…。うーん。特にない。

居間ではこれからこの機械をどうするかについて話し合いが続けられている。それらが聞こえなくなったと思ったら、代わりにテレビの音。何やらアナウンサーが低い声でレポートをしているのだけれど、内容は聞こえない。
お湯が沸いたので昆布茶の湯のみと急須に注ぐ。お盆の上にイチゴ牛乳も乗せて居間に戻る…と、銀さんがソファーの背もたれに体を預け大きく笑っていた。


「って、んなわけあるかァ!!こんなポンコツが殺人事件なんて、そんなミステリアスな真似出来るわけねーだろ!」
「一体どうしたんですか?」


聞こえてきたのは“殺人”やら“ミステリアス”やら物騒なワードばかりだ。イチゴ牛乳とお茶をそれぞれの前に置いて彼らの向かい側に座る。ちなみに悦子ちゃんの後ろ側。部屋の角にあるテレビから“緊急速報”の声が繰り返し聞こえる。何事だろうかと画面を見ると…殺人事件の一報と容疑者逃亡中の文字が。何だ本当に物騒な話ではないか。

「こいつは機械だ。同じ型同じ顔の奴だっている。大体首しかねーのに殺人なんて…」
殺人とは物騒な話だ。それに話の流れが掴めない。



“逃亡中に何者かに破壊され、首だけになった可能性があります”



居間に響く澄んだ声は他の何者でもなく、“たま”から発せられたものだった。先ほどの支離滅裂としたやりとりはどこへやら。皆の視線が私の前に置かれた首に向けられているのだ。しかし私の関心はまだテレビの画面にあった。

殺害された林流山博士、機械家政婦“悦子ちゃん”開発者、殺人の嫌疑がかけられた機械「芙蓉 伊ー零號試作型」

画面に映し出された写真はどこをどう見ても私の目の前にある機械そのもの。そして…殺害された人の写真と名前を見て私は目を見開く。


「林…流山…先生」


そう、その人は亡き父の古い友人の名前だったからだ。会わなくなってから随分と時間が経ってしまったけれど、映し出された顔写真には昔の面影が残っていた。まさかこんな形で対面することになろうとは。
「復活の呪文なしに復活した」銀さんの声に意識が手前に戻ってくる。そうだ。今はこの機械が起こしたかもしれない殺人の話。こちら側からだと話が掴みにくいので、銀さん達には詰めてもらって横に座る。このソファー四人はキツイな。


“先ほどは申し訳ございません。初期不良を起こしていたようです。今、復活致しました”


話が掴めなかったけれど、どうやらテレビの画像通り殺人の嫌疑がかかっている伊ー零號型というのは、私たちの目の前にある機械で間違いないらしい。「オメーは自分が犯人だと言いたいのか」銀さんが尋ねると、いいえ、機械は否定した。肝心の記憶がない今は自分自身のデータに基づいた意見(自分は芙蓉 伊ー零號試作型である)を述べただけだと言う。彼にもっと自分のデータを探るように言われてたまは脳内を検索する。
だが見つかったのは何の役にも立たない意味不明なものだけだった。何だうまのふんのデータって。「全然治ってませんね。初期不良って言うかもうずっと不良番長ですよ」新八くんが諦めたように言った。


“申し訳ございません。この近くに機械技師はいらっしゃいますか?”
「あん?」


何でもこの機械、もしもの時用の予備の記憶領域があるらしい。それも厳重にロックされていて自分では開けられないとのこと。もしその領域が開かれれば全ての記憶が戻るらしい。失われている記憶が蘇る…少しだけ自分の姿が重なった。外的衝撃か精神的な何かかはわからない。私の空白には未だ何もない。このまま忘れていたいような…思い出さなければいけないような。その記憶はいつ戻るのだろう。


「…何だかよくわかんねーな」
「とりあえず源外のジジイの所にも一回持っていけばいいアルか」
「でも記憶取り戻して、本当に殺人犯してたらどうするんです」


決めつけんなよ。銀さんは言うけれど、最悪の場合を想定していた方が良いのではないか。もしこの機械が林博士を殺害していたとしてそれを思い出した時…私達を生かしておく利点なんてないだろう。記憶が戻った途端に躊躇なく殺される可能性だってあるのだから。あ、やばいかも。血の気が引いてきた。
ーピンポーン♪ と呼び鈴が鳴った。万事屋の客か新聞の契約か。モタモタしていると二度目の呼び鈴が響く。「すいませーん、奉行所の者ですが」玄関からそう声が聞こえる。こんな時に奉行所の人が訪ねてくるなんて、最悪のタイミングだろう。


「ちょっと捜査にご協力願えますかね。こちらに不審な機械があると近所から連絡があったのですが」


不審な機械は目の前にある。それもテレビで紹介されたまんまの姿をしている。
共謀罪?あるいは犯人蔵匿?証拠隠滅? この機械と関わりがあると思われれば私たちにまで変な嫌疑がかかるかもしれない。私が言葉を発するよりも前にドタドタと足音を立てて銀さんが裏口から首を捨てようとしている。が、結われた長い髪を銀さんの腕に巻きつけて首が彼から離れない。新八くんが後ろから銀さんを止めている。


「離せ!早く捨てて…」
“この装備は呪われています。捨てられません”
「んな装備した覚えねーわァァァ」


ある意味呪われているな、は心の中でそう思った。たまが提示する呪いの解き方はまんま振込詐欺だったけど。「すみませーん!」玄関から三度声がかけられた。そろそろあっち(奉行所)を対応しないとますます不審がられるだろう。ここは僕が応対しますから、そう言う新八くんの隣で「私も!」と声を上げた。二人で対応すれば時間稼ぎにはなるだろう。その間にあの奇妙な機械を隠してもらわねば。


“待ってください”


ベランダの方から制止がかかる。銀さんの腕にぶら下がったままのたまは、出ない方が安全だと言う。玄関に伸びる訪問者三人の影。その内二人には生体反応が感知できないらしい。えっ、どう言うことだろうか。どちらかの影が僅かに動いた。何やら機械音も聞こえる。


“彼ら役人どころか人間ではありません”
「おい、行くぞ!!」


目の前で玄関の扉が内側に向かって吹き飛んだ瞬間、私は腕を掴まれて思いっきり後ろに引かれた。私の腕は神楽ちゃん、隣にいた新八くんは銀さんが掴みその場を脱した。先ずは一階の屋根へ飛び降りて次は地面へ。着込んだ着物はこう言う時に足が開かないから不自由だ。
地面に降り立った時に「定春ゥ!!」神楽ちゃんが叫ぶ。上の開いた戸口からは吹き飛んだ建屋の破片やら砂埃やらが吹き出ていた。あ、これは間違いなく修理が必要だな。それも朝の騒動の比ではない位にボロボロになっていることは想像に易い。同じく二階から逃げてきたであろう定春くんが、彼女に鳴き声で応じる。


「乗るネ
「はっ、はい!」


神楽ちゃんの後ろに私も跨った。動きにくい着物は仕方がないので前を少し開いておこう…後で直さねば。一方の銀さんは原チャリのエンジンをかけていた。後ろに新八くんを乗せた状態で裏道を猛スピードで発進する。「行くアル!!」そう叫んだと同時に定春くんも原チャリに並ぶスピードで走り出した。


記憶喪失ですが、以前の話とちょっとは内容繋がっています。ぜひお探しください。
20210223*星宮はちこ   裏語