レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 八十話、シナリオ通りにはいかない】


ゲーム対決の経過を説明しておこう。
一筋縄ではいかない恋愛ゲーム「バキボキメモリアル」は、開始早々ゲームオーバーやらマグロモードやら、プレイヤーも予測外の展開に悩まされていた。そんな状態で決着が付くのはいつになることやら。不満を漏らした周囲の声に流されて、二戦目のパズルゲームが並行して行われることになった。そのゲームは「信長のゲボェ」と言う、何か汚い画面と向き合わなければならないパズルゲーム。


「何か見ている方も気分が悪くなっちゃうわ」


そう。普通のパズルゲームと違い、落ちてくるピースが妙にリアル。モザイク処理がなされているものの、食後には向かないだろう映像。音も水っぽいし。

……。

どうも気持ち悪くなって、私は厠に行くことにした。最近の若者の間では変わったゲームが流行っているらしい。手を洗いながら鏡に向き合う。

早めにOWeeを手に入れて依頼者に引き渡し、お正月はのんびり過ごしたいものだ。おせち料理だってそう凝ったものは作れないけれど、食材は購入済み。銀さんや神楽ちゃんは食べてくれるだろうか。ああそうだ。新八くんと神楽ちゃんにはお年玉を準備していた。こちらも対した額ではないけれど、喜んでくれたらいいな。年明けの挨拶として屯所にも顔を出したいと思う。まあ真選組の三人は年末の今もこうしてお会いできてるけれど。あ、もち米をたくさん頂いたのを忘れていた。数キロ分あるから、お登勢さんを誘って餅つきをしてもいいかもしれない。
や蔵人達は元気でやっているのだろうか。年末には大きなしめ縄を不釣り合いな異国式玄関に飾っていたのを思い出す。立派な門松も並んでいた。ほんの一週間ほど前までは、雰囲気に合ったクリスマス飾りがあふれていたのに。蔵人はこだわり抜いたお蕎麦を打って大晦日に皆に振る舞い、は早朝から気合を入れて餅をついていた。何でもストレス発散にはいいとか何とか。周囲がきな粉や醤油で餅を食べる中、彼女は甘い蜂蜜をかけて食べていたな。確か。

今、家に戻ることも連絡を取ることも許されていない。それでも、今の万事屋での生活は居心地が良かった。いつか全てが終わっても……家に戻ることはないだろう。まあ連絡は取るけれど。医者として働けるなら、万事屋に籍を置いたまま外で働くという手段もある。いずれにしろ、攘夷組織の件を何とかして記憶を取り戻してからの話だが。

フロアの端にある厠からゲーム会場に戻ると、大きな奇声が響いてきた。ビリビリと空気が振動しているのを肌が感じる。何だろうか。私は人垣の間を縫って入り込み、前へ前へと進んでいった。やがて人垣が無くなった最前線に抜け出した時、店長さんの声が響いてくる。

「一戦目、勝者カツオ!!二戦目勝者、山崎退!!」

ああ。私が席を外している間にどうやら勝敗はついたらしい。それも万事屋と真選組でそれぞれ一勝一敗という結果だ。つまり勝負は三戦目にかかっていると言う事である。人気ゲームOweeの購入権がかかっているのだ。周囲の力の入れようも相当のもの。まあ展開としては盛り上がりがあっていいのかもしれないけど。最終戦は二対二のタッグ対決であることが発表された。


「対決して頂くゲームはこれ!!“どらごんはんたー参”です!!」


うん。これは私でもわかるゲームらしいRPGゲーム。おまけに専用のゴーグルと手袋、ブーツを装着することでバーチャルリアリティーを追求し、ゲームの世界観に入り込めるという代物。彼らの動きは、我々の前にある大画面に映し出される仕組みになっているらしい。これはすごく……面白そう。ゲームは得意ではないけれど興味はある。
医療現場の最新鋭の技術として、は似たような設備が導入されているという専門誌の記事を読んだことがあった。それはゴーグル内に患部の状況が映し出され、アームを操作して医療行為を施すというもの。その技術を使えば、例えば医者は日本のどこにいようとも高度な手術を施せる。技術が進めば、惑星を越えた医療行為だって可能になるのではないかと記事は締めくくられていた。恐らく似たような技術ではないだろうか。

今回も最後までたどり着くには時間がかかるとのことで、最初の強敵、北の洞窟に巣食う盗賊団を倒したチームが勝利とするらしい。
そこでゲーム開始が宣言されたが、開始早々トラブルが発生しているようだ。それはまだ開発中であらゆる所にバグが発生しているかららしい。そんなゲームをしても大丈夫なのだろうか。少し不安が残る。バグの内容としては銀さんは何故が毒持ちで、土方さんは早々にHPが無くなり屍状態……要は満足に動けないらしい。そんな二人を置いて沖田さんはカジノに入ったきり姿が見えなくなり、神楽ちゃんは更なる強敵を倒しに町を出て行ってしまった。ああ、もうどうしてこんな時に。
若年組は単独行動を進めているためか、普段はそう仲良くないらしい銀さんと土方さんが手を組んで画策している。まあこれはこれでいいのかもしれないが。


「あの……」
「はい?」


画面に集中してると、横から声がかけられた。そこには分厚いメガネと頭のバンダナが特徴的な男性の姿があった。ゲームの購入希望者かもしくは見学者。どちらにしろこの男性の顔に覚えはない。

「何でしょうか?」

私が首を傾げれば、しどろもどろになりながら男性が口を開く。どうも聞き取りづらいのは声と話し方どちらもあってのことだろう。ごめんなさいと断りを入れて、もう一度お願いしますと告げる。だが二回目も聞き取りにくさは変わらなかった。どうもよくわからないので推測だが、私は今ゲームで対戦している万事屋の知り合いと聞いているらしい。私は肯定を示した。


「すみません。俺、万事屋さんに賭けてて……OWeeがどうしても欲しくて!実際の所、万事屋さん達ってゲーム強いんですか?」
「どうでしょう。私もあまりゲームは詳しくはないのですけど。ただゲーム以外の彼らはとても強いですよ!」
「ふむふむそうですか。いや頑張って貰いたいんですよ!何てったてOWeeがかかってるんですから!!」
「そうですね。じゃあ応援しましょう。……あ、銀さんと土方さんが!!」


意識が画面から隣の男性に向いていた間に、銀さんはモンスターを倒し、ついでに北の洞窟にあるセーブポイント回復の泉で毒の状態から抜け出していた。土方さんももれなく復活している。よかった……。しかもいつの間にか、目的の北の洞窟にたどり着いているのである。後は盗賊団を倒すだけだ。

「おおお!!待ってましたァァ!!万事屋さん俺にOWeeを!!」

隣の男性が画面に向かって叫んでいる。声が大きい。さっきまでのしどろもどろな話し方は何だったのか。まあいいけど。

画面の中で二人は武器……何故か長老の取り合いをしていた。と、私は見上げていた画面から現実の彼らに視線を移した。すると彼らの間には店長と思しき人が横たわっているではないか。店長さん、一体どうしたんだろう。そしてその周囲にはプロモーションの為に訪れていると紹介されていた弁天堂社員も複数倒れ込んでいる。……何故? しかし周囲の人間は、上の画面に釘付けなので気付いていないようだ。
もしかしたら体調不良だろうか。何かの要因で全員意識がなくなったとでも? あの人数が一度に倒れるなんて、通常じゃ考えられない。問題があるなら救急車を呼んで病院に運ばなきゃいけないだろう。


“おおっと!!ここに来て盗賊団が現れました!!”


タイミング悪く、倒すべき敵が出現したらしい。倒れ込んだ店長と弁天堂担当者が気がかりだが対戦もクライマックスと言ったところ。早く向こう側に行って状態を確認しなくては。救急車の要請を先にした方がいいだろうか。の心配をよそに、王様を持った沖田さんの出現と魔王を振り翳す神楽ちゃんの登場から事態は急変した。


「ブハハハハハ!!OWeeは私のものアル!!死ぬがいい愚民ども!!」
「ふざけんな!!魔王なんて反則技だ!!」
「大体それ武器じゃねーよ!!うぉらァァァ」
「負けるかァァァ!!長老なめんなゴラァ!!」


そう叫びながら拳を突き出し、足蹴りを繰り出すプレイヤー一行。その攻撃の矛先は、盗賊団と同じ位置にいる(と思われる)ゲーム購入希望者の若者に浴びせられ、一人また一人と気絶した体が転がっていく。

まさか……あそこで倒れていた店長と弁天堂担当者は……。

出入り口付近の人は我先にと外へ逃げ出していた。彼らはまるで現実と仮想世界がごっちゃになっている。異常事態に気付いた新八くんと近藤さんも逃げ惑う人をかき分けて彼らに向かって行く。彼らが抑えつけている間に救急車を……。
「オラァァァ!!首領どこだァァァ!!」土方のパンチがエリザベスに当たり、鼻血を吹き出した白い生物が私の隣を力なく転がっていった。ああエリザベスまで。周囲に転がる人は軽く三十を超えている。まずはあの四人を止めなくては。


「銀さん!止めて!!」
「あん?てめーが首領かァァァ!!女だって容赦しねーぞォォ」
「きゃああああ!!銀さん!!!私です!!!待って!!!」


振り落とされる長い足。所謂かかと落としというやつ。銀さんはゲームの中のキャラクターとして私を認識し攻撃を仕掛けているのだ。格闘家でも何でもない私には、攻撃を交わす能力はない。このままいけば頭部を強打しかねない。「おっと……」その声と同時に隣の大きな影が動いた。


「!!?」


先ほど私に話しかけていた中肉中背の男性が、立ち尽くす私と足を振り落とす銀さんの間に割って入ったのだ。おまけに相当の勢いのまま振り落とされる銀さんの足を片腕で受け止めて自然と横に受け流した。この人、何者なの。

「(只者じゃない……)」

一瞬の出来事だったけど、私の頭はそう導き出した。床に着地した銀さんからの二打目が男の頬を掠めるも、軽快な身のこなしで直撃は免れている。この人はただの一般人じゃない。


「貴方誰なの」
「ん?俺?」


私はその場に立ちながら男性に向かって疑問を投げかけていた。立ち止った男が振り返り笑う。そのまま落ちていた誰かのリュックを銀さんに投げて注意を逸らしていた。この感じ覚えてる。この違和感、経験したことがある。嫌な胸騒ぎがする。

「俺は只のパンピーだよ。OWeeを欲するゲーマーさ!今はね」

この人、さっきと話し方が違う。飄々とした声もそう、まるで別人のようだ。私の覚えている知り合いにはいない。

思い出せ。

脳内に残る記憶を巡ってみると姿は簡単に浮かんでくる。真選組屯所の拷問部屋、大江戸美術館の展示室。男は真意を悟らせないように笑い、いつだって高みの見物をしていた。もし今この状況で観客に潜り込んでいる可能性は十二分にある。


「私、貴方と会ったことがある。情報屋ね」
「あはは!さすが勘がいい。気をつけてね……ちゃん」
「待って!どうしてここに!!」


男はその小太りな体に似合わず軽快に身を翻した。私の静止の声も届かない。そのまま電気屋の出入り口から外へと消えてしまったのである。私は後を追って電気屋から外に踏み出すも、そこには人の気配は皆無。薄暗い世界と肌を刺すような空気が広がっているだけだ。下手に追っても相手の思うツボだ。ここは大人しくその場を引き返すことにした。

気をつけて。

何と物騒で意味深な言葉なのだろうか。その言葉は何を意味するというのか。明確な答えはないけれど、私にとって“良い事”ではないだろう。恐らくきっと……。どうしてこのタイミングで、この場所で接触したのかもわからない。ぞわぞわと身の毛がよだつような恐怖を感じた。電気屋特有の明るい照明が、嫌に心に染みてくる。早く皆のところに戻らなきゃ。早く彼らの声を聞きたくなった。
屋内に戻った私を迎えたのは、倒れる若者、そしてゲームさながらの攻撃を繰り広げる万事屋と真選組だった。周囲には気絶した人しか転がっていない。或る意味地獄だ。
なお即日中に新型ゲーム機OWeeの発売中止が発表された。


一月二日、昼。元旦からあのような騒動があり我々は真選組屯所に呼び出されていた。数多の怪我人が出てしまったのだから仕方がない。とはいえ、元を言えばOWeeシステムの欠陥が原因で起こった事故だ。仮想世界の動作が現実世界に多くの影響を及ぼす。あれがもし一般家庭に広まっていたら、怪我や器物損壊だけでは済まないだろう。
事情聴取もそこそこに、私達四人は別室に呼ばれていた。

「で、ゲーム購入希望者の中に、例の“情報屋”が紛れてたと」
「はい。“気をつけて”と忠告されました」

接触したのはほんの僅かな間だけ。目的も不明なままだ。
真選組としても「情報屋」を追っているのだが捜査に進展はないらしい。多くの攘夷組織や犯罪者と繋がる謎の存在。顔も名前も無数の人物。今のところ手がかりも何もないらしい。土方さんも、これからも万事屋周辺への定期的な巡察は続けてくれると約束してくれた。加えて、いつ命を狙われてもおかしくないから油断するなと釘を刺されたけれど。


「ったく、銀さんは変なストーカー野郎許しませんからね!!どこぞの真選組ゴリラじゃないんだから全く!!」
「おい万事屋ァァァ!!真選組のどこにゴリラがいると言うんだ!?」
「お前アル」
「間違いなく近藤さんです」


頭を抱えて蹲る近藤さんを横目にただ座っていることしか出来なかった。彼の両脇にいる土方さんと沖田さんの眼差しも私と同じだ。
真選組は君を守る、姿勢を正した近藤さんは最後にそう約束してくれた。

帰り道。玄関先に掲げられた正月飾りを眺めていると、昨日の騒動が遠い昔の事のように思えてくる。年少組二人の背中を見ながら歩く私の隣にいつの間にか銀さんが並んでいた。

今回の件、完全に油断していた。

私は攘夷組織に命を狙われている。裏社会に根を張る情報屋が周囲を嗅ぎ回っているとなれば、最悪の場合を想定することだって出来たはずだ。反省しよう。そして土方さんの忠告通り、気を引き締めていかなければ。


。顔怖ぇーぞ」
「ごめんなさい。ちょっと考え事を……痛ッ」
「かわい子ちゃんは笑ってりゃいいんだよ。どんな野郎にストーキングされようが、ぶっ殺しに来ようが返り討ちにしてやっから。心配するな」
「そうアル。逃げも隠れもせず、のまま生きてりゃいいヨ」
「何てったってさんももう万事屋ですから」


いつの間にか周囲を取り囲むように三人が歩いていた。彼らの異次元の強さは折り紙付きだ。不安も少しはあるけれど、大丈夫。彼らと一緒なら何も恐れることはないだろう。そう思わせてくれる万事屋の皆には感謝しかない。手刀で軽く叩かれた頭から離れた手は、あっという間に神楽ちゃんに掴まれている。

「うん。ありがとう」

家に帰ったら美味しいご飯を作らなきゃ。二日目だけど、おせちはほとんど食べきってしまったから。少しの間、実家で過ごす新八くんと別れて私たちは帰路に着いた。


*****


数週間後のある日。
私の今日の当番は洗濯係だ。脱衣所に残された数日分の衣類を取りまとめていた時、男がひょっこりと顔をのぞかせる。銀さんだ。

「そう言えば今さらなんだけど。お前を狙っている攘夷組織って……」

万事屋に潜り込んでから随分経ったけど、未だ彼らに伝わっていないことは沢山あるようだ。そのどれもが真選組の土方さんの意向だと伺っている。
まず、私を追う攘夷組織の件。銀さん達には攘夷組織の名前は伝えられてないらしい。機密情報だ無理もないけど。今のところ、「何やかんややらかして攘夷組織に命を狙われている女」止まりの様子である。私は自分自身の事なので勿論ほとんど知っているし、お妙さんなど親しい人には、身の上話として状況を話したりもしている。けど、攘夷組織の名前だけは下手に口外するなと強く言われていた。


「それは……土方さんに聞いてください」
「何度聞いても野郎には突っぱねられるんだよ。ったく、俺らは蚊帳の外ってか。お前ん所の物騒なねーちゃんとにーちゃんへの接触も止められているしな」


それはそれでいいけど、と銀さんは頭を掻いている。本当は隠し事なくすべてお話するべきなのだろう。それでもあの土方さんが止めたと言うなら、私もそれに従うつもりだ。止められていること以外は何だって話すのに。もどかしさと罪悪感が胸の奥で混ざっていく。

「ぐー、がー」

そんな私たちの元にかわいらしい音が届いた。居間から響き渡ってくるのはいびきのようだ。洗濯前の衣類を洗濯機に放り込んで、私は音が聞こえる方向に向かって歩いた。デスクの向こう側。神楽ちゃんが大きな椅子にもたれかかりながら居眠りをしているらしい。

「こっちはこっちで緊張感もありゃしねーな」

銀さんがどこか呆れたような、それでもまるで親のように優しい表情で寝顔を覗き込んでいる。眠っている神楽ちゃんに悪さをしようものなら、今ここで鉄拳制裁していたかもしれない。けれど大人しく寝顔を見ているだけらしい。よかった。


「漫画読んだまま寝ちゃったんですね。何かかけるものを……」


このまま椅子で寝ていたら風邪を引いてしまうかもしれない。確か押入れのどこかに、以前何かの景品か何かで貰ったブランケットがあったはずだ。私は音を立てないように素早く寝室へ取りに行った。
押入れの下にある引き出しからそれを取り出すと神楽ちゃんにかけてあげた。

「あら?」

壁に立てかけてあったのは銀さんが使用している「洞爺湖」と彫られた木刀。銀さんが時々腰に差しているやつ。そう言えば戦闘の折、機械を貫いたり真剣ともやり合えるような代物だったはずだ。長くしなやかな木製の刀が目に焼き付いて離れない。


「木刀か。私もやられてばかりじゃなくて銀さんや新八くんみたいに刀でも習おうかしら。神楽ちゃんみたいな……体術は全然なので。お妙さんが薙刀を扱えるらしいのでお稽古を」
「止めとけ止めとけ。アレは異次元の化けもんだ」
「これ(木刀)持ってみてもいいですか?」
「あ?いいけど」


持ち主である銀さんの許可を貰って、立てかけられた木刀に手を伸ばす。それにまさに触れそうな時だった。

ーパキッ

と、嫌な音が聞こえた。何だろうかと木刀を見ると……柄のあたりに罅が入っているではないか。これ、私ギリギリ触ってないよね? 大丈夫だよね? だめ? 私には念力も超能力も何も持っていない。だからこれは私の仕業ではないと信じたい。

「銀さん!!ごめんなさい!!木刀に罅が!!」

触ったら今にも崩れそうなので触れない。というか怖くて触れられない。私の悲鳴に、何事かと銀さんが木刀を覗き込んでいた。


「あー、これもついに寿命か。また新しいの通販で買うか」
「え!? これ通販なんですか?」
「神楽には内緒だぞ」


そう言って罅の入った木刀を持ちながらどこかに電話をかけている。恐らく新しい木刀の注文をしているのだろうけど。てっきり一本の大木から削って作った……とか少年漫画特有の設定が付与されているものだと思っていたけれど、違うらしい。それもまさか入手経路が通販だなんて。
「ん……が」なんて変な声が聞こえて、音がした方を見てみると神楽ちゃんが寝ぼけ眼を擦っていた。どうやら私たちが騒いでいる声に起きたようだ。

……おはよアル」
「今は朝じゃないからね」

まだ半分寝ているようにも見えるけど。かけていたブランケットを巻き込むと、彼女が膝に乗せていた漫画が床に落ちた音がした。後で拾って机の上に置いておこう。


「んーよく寝たネ。そう言えば、銀ちゃんの汚い木刀はどこ行ったアル?」
「木刀? 丁度駄目になってしまった所なの。今度の資源ごみまで置いとかなくちゃ」
「ふーん。はアレに触れちゃ駄目ヨ。アレには汚い男の欲望が詰まってるネ」
「欲望?」


彼女はまた変な夢でも見ていたのだろうか。資源ごみの日には神楽ちゃん……ではなく銀さんが木刀をゴミ捨て場まで持って行くことが決定された。ちなみにほぼ神楽ちゃんの独断だけど。その決定は不服らしい。銀さんがぶーぶーと不満を上げている。

「何で俺が持って行くんだよ。今度のゴミ捨て当番はだろ」

とのことらしい。


「駄目ネ!自分で出した欲望は自分で処理するヨロシ」
「意味わかんねーわ。何が木刀に欲望だ」
「食らえ必殺技……ももパーンアル!ホッチャアア!!」
「ギャァァァァ!!!!」


神楽ちゃんの一撃が銀さんの太ももにクリティカルヒットした。彼女の言う“ももパーン”は太ももを思いっきり蹴り上げる技らしい。ああ、見ている方も伝染して痛く感じてしまうくらいに、すごい攻撃力だ。これは相当効いたらしく、銀さんも散々のたうち回った後、渋々ゴミ捨てを了承したのだ。


ただいま単行本十八くらいです。
20210624*星宮はちこ   裏語