レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 八十三話、愛の存在証明論】
意を決し私は新八くんと神楽ちゃんと三人で、破牙検事の仕事場前に張り込んだ。詮議まで時間がないのも事実だった。本来は相当の期間をかけて調査するものだろうと思う。私達に与えられたのはあと二日……って短すぎないだろうか。その二日でボロを出してくれる保証はない。このまま何事も起きずに当日を迎える可能性は十分にある。唯一の救いは、勤務時間が決まっているお役所仕事は張り込みも尾行もやりやすいところか。
張り込み早々、破牙検事はアフターファイブを楽しんでいるもよう。二人きりのお出かけ。そして、これまた予約が取れないと有名な某高級料理店に入っている。それもハツさんとは別の女性だった。ってか、ハツさん以外にこんな女友達がいるのか。仲睦まじく談笑する様子を裏からこっそり写真で撮影。夜の街に消えていったらどうしよう……とも思ったが、食事後は女性の自宅まで送り届けて終了するようだ。これが決まったパターンなのだろうか。家の門が見える位置で、今撮った写真を確認する。
「黒……ですね」
新八くんの呆れ声が聞こえる。未成年の彼でさえそう思うのだ。破牙検事の節操のなさには軽蔑さえ覚える。
これは後程わかることだが、別の筋に一緒にいた女性について尋ねたところ上場企業の社長のご令嬢である事が判明した。まだ証拠写真は一件だけ。数は多いに越した事がないけれど、これ以上の時間はない。
今日中にもう一人くらい会ったりしないだろうか。破牙検事の屋敷の前でコソコソと話し込んでいると、神楽ちゃんが“何か”に気付いたようだ。
「なあアレ誰アルカ?」
「神楽ちゃんどうしたの?」
「誰か来たんですか?」
塀の隅からひょっこりと顔をのぞかせてみる。すると、いかにも忍者な恰好をした人が門の前でキョロキョロと周囲を窺っているのである。顔も布で覆われていて、合間に見える目元以外に、その人物の素性を知れるものはない。そもそも忍者って、もっと隠密行動するような気がしなくもないが。
いかにも怪しい。
咄嗟に浮かんだのはその言葉だった。屋敷に入るわけでもなく、覗くわけでもなく
、隠れるわけでもなく。ただ門前で落ち着きなく周囲を窺うのみ。一通り怪しさを演じた所で、その忍者はそそくさと私たちがいる方向に走って来たのである。こちらの存在に気付いている様子もない。
「オイ。お前誰ネ?」
「神楽ちゃん!いきなり接触したらマズイよ」
「そうよ。新八くんの言う通り。変な人には関わっちゃダメよ」
忍者が我々が隠れる曲がり角に差し掛かった時、サッと行く手を塞ぐかのように少女が飛び出していた。
「うわっ!!」
相当驚いたらしい。忍者は尻餅をついて地面にへばり付いている。この人そもそも忍者なのか。何かのコスプレをした怪しい人なのでは? ちなみに近所で仮装大会が開かれているという話はない。忍者。猿飛さんも忍者(くノ一)であると聞いている。眼鏡をかけていながらも私や周囲の人を“銀さん”と勘違いする姿は懸念が残るけれど、マユゾンの一件で見せた身のこなしは一般人とは思えないものだった。
だが目の前の忍者モドキはどうだろうか。恰好は申し分ないが、所作に忍者の面影はない。むしろ忍者の恰好をした一般人、もしくは不審者と言われれば納得できる。
「あ、拙者は忍者ですニンニン」
「(……ニンニン?)」
真面目な口調で続く語尾に私は固まった。早めに警察に連絡するべきだろうか。
固まる私を他所に、年少組は忍者と対峙している。
「忍者がニンニンっていかにも怪し過ぎるでしょ。貴方一体誰なんですか?」
「そうネ。あの家に何か用アルかニンニン」
「いや神楽ちゃん。ニンニン真似しなくていいから」
「だから忍者探偵ですニンニン」
「何用であの家にいたアルかニンニン」
「拙者は依頼主の事は話せないですよニンニン。でもちょっと言ってしまうと、ある人物の事を探っていましたニンニン」
探偵と名乗った通りこの忍者には依頼主がいるらしい。話せないと言っていたものの、そのまま神楽ちゃんが一つ一つ尋ねるとポロポロと忍者は答えた。
自分は探偵であること。ある依頼主に頼まれて、娘に接触する人物について素性調査をしていること。その調査対象がこの家に住んでいること。数週間にわたる調査の結果、対象は複数人の女性と親しい関係にあること。
……それってやっぱり破牙検事ではないだろうか。
「忍者探偵が追ってるのは破牙って男アルか?」
「よくご存じですねニンニン。ちなみにそちらは一体何者アルか?」
「いや忍者さん神楽ちゃんの言葉うつってますよ」
コホン。咳払いし心を保たせたところで、
はようやく口を開いた。
我々は万事屋であること。知り合いが事故に巻き込まれ痴漢の嫌疑がかかっていること。彼の無実を証明するために動いていること。今度の詮議における検事が破牙という人物であること。知り合いに面会した折、検事がどうも信用に欠けるとのことで探っていること。わりと包み隠さず話した。
「なるほどなるほど」
忍者は顎に手を当てて考える仕草を見せている。やがて懐から封筒を取り出して私に差し出した。「これを受け取ればいいですよニンニン」と言葉を添えて。いきなり物を出されるとは思っていなかった。
「(何だろうか……)」
そっと受け取るも、やっぱり意味がわからない。きっと役立つからと忍者は言った。目だけで男は笑っている。胸によくわからない突っかかりがあるけれど、私は封筒の中身を取り出した。
「嘘……」
「って
さん!これ破牙検事と女性の密会写真じゃないですか」
「見るアル。これ全部違う女ネ」
そこには、私たちが求めていた破牙検事の裏を取る証拠となる写真が沢山入っていたのだ。一枚や二枚なんかじゃない。同じ人の写真もいくつかあるが、女性の数ははかれこれ片手の指よりも多い。
今度の詮議で使って下さいと、忍者探偵は言った。どうしてこの人は証拠写真を私達に差し出したのだろう。そもそも、これらの写真は依頼人に報告するべき代物ではなかろうか。私は素直にその疑問を口にしていた。
「データは残っているので焼き増しできます。それにそちらに任せる方が検事を懲らしめることが出来て都合がいい。君達の健闘を祈ります」
「えっ?ちょっと待って!」
「うわっ!いなくなった」
「どこ行ったネ!?」
それだけを告げてその人物は本物の忍者さながら、私達の前から消えてしまったのだ。目にも留まらぬ速さ……凄い。やっぱりあの人は忍者だったのだろうか。周囲を見渡しても、姿も形も残っていないのである。そして我々に残ったのは手元の写真だけ。裏を見るといつにどこで撮られたかの情報が手書きされていた。
X月X日、江戸湾近郊夜景の見えるレストランにて地元議員の娘と。X月XX日、ターミナル内高級料理店にて上場企業令嬢と。……。
「ケッ!良い男ってのは上っ面だけアルか。よくもこんなに女に近づくネ」
「こっちの女性は情報によると幕臣関係者のご令嬢らしいよ。ったく、男の僕でも目に余る行為ですね」
裏に記載された情報によると破牙検事といい感じになっている相手は、社長やら会社役員の娘といった女性ばかりだった。ハツさんだって高級官僚のご令嬢だから間違いない。あの男……金持ちの女性ばかりを狙って食事に誘っている。逆玉の輿でも狙っているのか。日付を考えても一週間の間に三回四回と続いているようだ。同じようなタイミングで複数の女性と会っているという事実はわかった。
「今のところ食事に誘って仲良くしているだけですからね。それ以上の関係には持ち込んでいません。交友関係が広い……と言えばそうなんですけど。胡散臭いったらありゃしないわ」
も検事の行為には呆れ、ただただ胡散臭いとしか言えなかった。金は無いけど締めるところはまだしっかり締めている銀さんの方がマシかもしれないアル、と未成年の神楽ちゃんが吐き捨てるのを私は笑って誤魔化した。
三人で万事屋に戻ると銀さんはまだ帰ってきていないらしい。貰った写真を整理しながら情報を纏めていく。借りて来た家庭用印刷機で、何枚か追加して写真を複製することになった。用紙をセットして要領良く印刷をかける。
この調査で破牙検事が複数の女性と親しい関係にあることがわかった。けれどそれでは、より深い関係にあると示す証拠にはならない。忍者から貰った写真にも、休憩所やホテルに入る写真などは見当たらなかった。もっと決定的な事実や証拠がなければ……破牙検事を崩すことは出来ないのではないだろうか。長谷川さんは負けてしまうのではないか。
「おっ!やってるねー。そっちはどうだ」
どこかから帰って来たのだろう銀さんがひょっこりと顔を出した。
は声に誘われるように下げていた視線が上がる。
「銀さん……」
「ちょっとこれ見てくださいよ!!女性ばっかり七~八人食事に誘ってます」
「ケツ触ってる写真まであるネ」
差し出した写真を眺めながら思想顔の男。彼の方の調整は順調とのこと。
銀さんが調べた結果、役所の紹介で請け負った円山弁護士という人が長谷川さん側につくらしい。念のため借りて用意したスーツは銀さんの丈に合わせてある。私は、調べ上げった証拠だけでは不安に思っていた。決定打に欠ける。それを伝えた。
「まあまあ。詮議の場ってのはお奉行様に無実を訴えるもんだ。どっちが奉行の心を揺さぶれるかにかかってる。決定打に欠けようが何とかなるだろ」
「でも……」
「大丈夫だって。最後は愛が勝つんだよ。明日はお前らも傍聴者として頼むぜ」
新八くんと神楽ちゃんの方に視線を向けながら……手は私の頭に乗せてポンポンと優しく叩く。それ反則です。赤く染まった頬を悟られないように顔を背ける。年少組の二人が笑いながら胸を張った。奉行所での詮議を明日に控え、今日は早めに床についた。
翌日。腹が減っては戦は出来ぬと、朝食を鱈腹食べた万事屋一行は来るべき戦に向けて最終確認を行っている。銀さんはスーツに着替え、新八くんたちは例の写真をこれでもかと追加で印刷している。
「これ頼むわ」
「あら……はいはい」
そう言って彼の手からネクタイを受け取るとその首を一周させる。ちょっと派手な柄でだけど銀さんらしいと言えば銀さんらしい。ネクタイの重なりに輪を作り先端を間に通した。上に少し締めて出来上がり。
「あー、こう言うの夢だったんだわ。男のロマンってやつ」
結び目を遊びながら彼はそう語る。
「夫婦みたいですね」
「そーそー。んで帰って来た時も、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わた……ブフォ!!!」
「銀さん?」
後ろから飛んで来た何かが彼の後頭部に直撃したのは見えた。転がったのは文鎮。何でこれが飛んで来たのだろうか。
バタバタと音がする方向を覗くと、新八くんと神楽ちゃんの二人が床に新聞紙を広げて何やら作業中のご様子。見た感じ、白く大きな和紙に漢字を書こうとしているのだけれど、神楽ちゃんは慣れていないので歪かつ誤字があり、新八くんがあれこれ口を出している。
「神楽ちゃんここハネて!!」
彼女の書こうとしている文字は“勝”だ。
「うるさいアル。全然集中できないネ!!」
「それ勝じゃないって!!“勝訴”の二文字だからね」
「おーいこれぶっ飛んできたけど誰も気づいてない感じ。ならいらなくね」
「それ邪魔だったから投げたアル」
「それ俺の後頭部に直撃したよー神楽ちゃん」
奉行所で被告人の訴えが通り無罪になったら“勝訴”の紙を掲げるのが習慣だ。私がそう言ったら、二人が作ると言い出して聞かなかった。それほど、みんな長谷川さんの無実を信じているのだろう。
早朝、墨と硯を借りて急遽作成することになった。勝の字は神楽ちゃんが、残りの訴は分担して三人で書いた“勝訴”の紙。これも綺麗に畳んで詮議の場に持ち込むことにしよう。
「よっし、行くか。長谷川さんの無実を証明しに」
私たちは静かに頷いた。
*****
銀さんは円山弁護士の代わりとして(どんな手を使うのかは聞かないことにした)奉行所に入り、私たちは銀さんが連れて来たという重要参考人として待機だ。
“これよりィ、大江戸線キン肉バスター痴漢事件の詮議を行う!!”
役人の声が高らかと響く。これから繰り広げられる固唾を飲んで見守る私たち。と、長谷川さん側の弁護士が来ていないことに気づいたらしい。ここに来る途中で何かあったのやも、との憶測が飛び交っている。
「あーすんませ〜ん。代理で来ました弁護士の坂田で〜す」
人垣を割って出て来たのは、ビッチリとスーツを着こなすものの、緩い喋り方の銀さん。よろしくお願いします、そう言いながら畳に上がろうとするも靴を脱ぐように注意されている。
大丈夫なのだろうか。
そもそも弁護士だって試験に通らないとなれない職業。つまり彼が弁護士と名乗ることにも問題があるのだが。玉砂利の上に敷いた茣蓙には長谷川さんが正座をして座っている。頑張って長谷川さん! 今の私には彼の背中にエールを送ることしかできない。お奉行により詮議の開始が宣言された。破牙検事をまじまじと見たのはこれが初めてだったりする。傍聴人席からなので距離はあるけれど、顔はまあまあ整っているし仕事も出来るのだろう。もちろんその裏にある、複数の女性と親しくしているという事実を忘れてはいけないけれど。
詮議の開始早々、破牙検事が当日の詳細を読み上げている。そして最後に長谷川さんの有罪を主張していた。「異議あり!」銀さんが声を高らかに主張した。
長谷川さんの行為は偶発的な事故で痴漢目的ではなく、彼は無罪だと。二人の間で言葉の駆け引きが行われる。銀さんの異議が認められ今回の騒動の行為は長谷川バスターと呼ぶように決まった。このやりとり自体は何も関係ないけれど。眼鏡をあげる銀さんには余裕すら垣間見える。次に彼は、破牙検事に対して証拠を求めるように告げた。
「被告人の部屋を調べた結果このようなものが……」
本当なら出したくなかったのだが、と前置きをしながら破牙検事が取り出した段ボール箱には大人向けDVDがこれでもかとぎっしり詰め込まれている。まあ長谷川さんも成人男性なんだもの。持っていてもおかしくはないはずだ。手前にいる二人にはあっちを見ないように告げて私も顔を逸らす。「何アル?」むしろ神楽ちゃん背伸びして確認してるんですけど。
「あれだよ神楽ちゃん。その……」
「見ちゃダメよ!!成人男性が持っているヤツだから」
私と新八くんで視界を遮ろうとするもソレが何かはわかったらしい。
「あー銀ちゃんが押入れの下に隠してるやつネ」
ってか、隠し場所バレてるんだよね。そうこうしている間にも、DVDを再生することが決まったとのこと。もう一体何がどうしたらそうなるんだ。再生の音声が小さめなことを願って私達は、大人がDVDを見る姿を眺めていた。
お奉行が銀さんに意見を求めている。お奉行だけでなく破牙検事も、そして言い出しっぺの銀さんまでも鼻血を出しているのだが。銀さんの進言によりDVDの存在は証拠不十分として扱われることになった。良かった。
次の一手は破牙検事からだ。彼は袖口から少年雑誌を取り出すと、付箋で印をつけた“とあるページ”を開いていた。
「こちらに着替えをする女性を覗く男が載っているのですが、どこかで見覚えは?」
その声に目を凝らして中を読む……も遠すぎて何が描かれているのかよくわからない。周囲の傍聴人からも何だ何だと声が上がっている。あの雑誌に何が載っているのか。傍聴席の混乱を察したのだろう。破牙検事が事のあらましを説明した。二週間ほど前に、銀さんが覗きをやらかした一件だ。
「
。あれマジアルか?」
「えーっと……」
「
さんはその、ご存知でしたか」
「まあ……」
左右から無垢な眼差しで覗き込まれている。この状況が居た堪れないのは言うまでもない。穴があったら入りたい。いや私は当事者じゃないんだけれど、どうしてこうも恥ずかしいのだろう。破牙検事は追い立てる様に、そんな人間に痴漢の容疑を弁護する資格があるのかと傍聴席に対して疑問を投げかける。声に煽られて周囲が沸き立った。
「静粛に!」
お奉行自ら傍聴席の鎮静に声を上げている。まくし立てるように破牙検事が追い打ちをかける。銀さん……落ち着いて下さい。落ち着かないと変な所からボロがでちゃう気が。
は心の中でそう祈るしか出来ない。
「だからァ〜!俺は覗きなんてしてねーって言ってんだろーがァ!!コイツと一緒にするんじゃねェ!!」
「(銀さん!?)」
あれほど騒ぎ立てていた傍聴席がシンと静まり返ったのを肌で感じる。当の銀さん自身もまさにやってしまったという表情だ。「勝負ありましたね」破牙検事の言葉が鮮明に聞き取れた。
「ちょっと待ったァァ!!」
場の空気をぶった切ったのは長谷川さん自身だった。彼は懐から例の写真を取り出しながら、不正取引があったという事実をお奉行に訴えかけている。自分が恥をかいて破牙に勝ち、自分が恥をかいてハツさんを救えるなら、と付け加えて。
破牙検事も、彼女と親しくしているという事実を認めはしたものの不正取引は否認した。証拠はあるのかとも追求してくる。写真こそ証拠だと銀さんが食いつくもそれを逆手に取られてしまう。
この写真こそ、長谷川さんが負け犬だという証拠……私とハツさんは既に愛し合っている、そう破牙検事は言い切った。彼が口にした“愛”こそ私達が待っていた言葉。新八くんと神楽ちゃん三人で視線を交わせて大きく頷いた。
「被告人、弁護人……共に意義はあるか?」
お奉行の言葉に長谷川さんが小さく何かを呟いた。それを塗り潰すように、異議ありとの銀さんの声が響き渡る。傍聴席の面々が何事かと視線を寄越している。
“愛”とは見えないもの。
愛し合っているなんて……そんなの当人同士にしかわからない。むしろその愛を当人がどう証明させるのか。もしそれを他人が証明することができるのなら、そうで無い可能性を肯定し矛盾させればいい。私達は声高らかに立ち上がった。
「お奉行ォォォ!!これが破牙検事の“愛”ってヤツでございまーす!!」
「調査の結果、長谷川さんの妻以外に複数の女性と親しい関係であることがわかりましたァァァ!!」
「それも相手はお金持ちの女性ばかり!!!はい!どうぞご覧下さい!!!」
そう叫びながら、昨日現像した写真を周囲に行き渡るように振りまく。散ったそれらを拾いながら傍聴人が写真をマジマジと見つめている。検事が部外者の退場を訴えかけているけれど、我々は重要参考人だ。銀さんの発言で同席が認められた。
「愛が証拠ォ!?随分と多勢に安売りアルヨ〜」
行儀が悪けれど神楽ちゃんが鼻をほじりながら訴えかけている。反論する破牙検事に新八君が“愛の仮定と矛盾の可能性”を説いた。もし長谷川さんと奥さんが愛し合っていた場合、破牙検事には不正を行う余地があることを。「そんなことが証明出来るとでも!?」検事にはまだ余裕が見られる。
「お奉行。昔話を一つ聞いてもらえませんかね」
発言の許可を頂いたところで銀さんは、ハツさんが教えてくれた昔話を語る。長谷川さんが顔を真っ赤にしながら叫んでいるけれど彼は止まらない。そしてハツさんが持ってきたスーツが入った包みを放り投げたのだ。弧を描き聴衆のはるか後ろに落ちたそれ。
人々が一斉に後ろを振り返る。割れた人垣の先には、継ぎ接ぎだらけの着物を召した女性の後ろ姿。……あれはハツさん? 以前に見た品の良い上等な着物ではなく、長谷川さんと同じようなボロボロの着物を纏っている。彼女がその衣装でこの場にいるということこそ……答えだ。
「詮議の程を言い渡す。被告人、長谷川泰三を有罪とする」
その罪は決して痴漢なんかではなかった。罪に対する刑罰として……あの女を追えとお奉行は宣言した。
長谷川さんの痴漢疑惑は無実であることが証明されたのだ。破牙検事の件は後程詳しく事情聴取が行われるとのこと。「これにて一件落着!」との言葉で締められると、荷物を手に見えなくなった後ろ姿を追って長谷川さんが走り出した。
「ハツ!!!待ってくれ!!!」
不規則な足音が遠ざかる。何処からか起こった拍手が傍聴人席中に響き渡っている。
「神楽ちゃん、
さん!!やりましたね!!長谷川さんの大勝利です!!」
「うぉウ!!これで“勝訴”の出番ヨ!!」
「良かった。……本当に良かった。これで長谷川さんは……」
私が胸を撫で下ろしていると、新八くんと神楽ちゃんが例の“勝訴”の紙を持ち、長谷川さんが走って消えた方向……奉行所の門の方へと走り去ってしまった。
あらら? 置いていかれた。ふと建屋にいる銀さんに視線を寄越すと、破牙検事と二人で話しているようだ。遠すぎて何もわからないけれど。銀さんは後でやってくるとして今は私も二人を追おう。そう決めて、続々と帰路につく傍聴人に混じり一歩足を踏み出した時だった。
ヒラリ、と写真が私の前に落ちてきた。さっき振り撒いた写真の一枚だろうか。裏側を向いていたそれを拾い上げる。「あら、ごめんなさい。それ私のものです」真横を通った女性が謝りながら振り返った。どうやら私達が準備したものではないらしい。
「どうぞ。……っ!!?」
その写真を落とし主の女性に差し出した時だった。裏返しになっていたそれの表面が見えた。衝撃に指先が震える。そこに写っていたのは検事と女性の密会写真なんかでも、他の当たり障りのない写真なんかじゃない。
私と銀さんが写っている写真、だった。
視線はレンズに向けられておらず盗撮とも思える。何でこんな写真が存在しているのだろうか。「ああその写真、驚きました?」悪びれもせずに女性が笑う。この女性はどうしてこんな写真を持っているのだろうか。私は底知れぬ恐怖を感じた。
「うふふ……あの男と随分と楽しそうだね
ちゃん。ねえ、俺の事覚えてる?」
「嘘。貴方、声が……男?」
さっきまで女性のものだったのに……突如声が変わった。格好こそ女性だけれど声は男性そのもの。矛盾している。
私達を残して過ぎる雑踏の中で、ここだけ時間が止まったように錯覚する。むしろ身体が動かず、石になってしまったような気がした。
「その写真はあげるよ。恐ろしくて報告なんて出来やしない」
報告って誰に。そもそもこの男性は、あの大江戸美術館で起こった盗賊の一件で炎の中私達の前に現れた人だ。名前は思い出せないけれど。
「ああ、そうだ。俺の雇い主から伝言だよ。そろそろ“お迎えだ”って」
「貴方……誰なの。お迎えって何なの!?」
「それは君が一番知っているはずさ。っても全部忘れてるんだっけ?あはは!もう一つ教えておくね。拙者忍者ですニンニン……あれも俺だよ」
「待って!!」
身体が動かない。私の制止を聞かずにその人の背中は傍聴人に紛れて見えなくなった。手元には例の写真が残っている。どうしてこんな写真が。それにあの男は一体誰? 全身から血の気が引いていくような気がした。
「おーい
。新八に神楽はどこいきやがった?」
「銀さ……」
「
!!」
私の視界に銀さんの顔が映って、確かにその名前を呼んだ記憶があるけれど。そこから何があったか記憶はない。
弁護士編が意外と早く終わってしまった。そして次回以降は何だか不穏な雰囲気。
20210724*星宮はちこ 裏語