レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 八十四話、迫り来る脅威】
目が覚めた私を迎えてくれたのは見知った天井。そして青空色の瞳……神楽ちゃんの不安げな眼差しだった。ここは万事屋。
「
!目覚めたアルカ!?」
彼女の声に私はニコリと笑って返した。身体が重くて頭もスッキリしないけれど笑うことは出来る。銀さんを呼んでくると言って彼女は万事屋の寝室を出て行った。周囲には酢昆布やら宇宙怪獣ステファンのぬいぐるみやらが散乱している。神楽ちゃんが持ち込んだものだろう。彼女が部屋を出て行ってからすぐに銀さんが飛んできた。後には年少組二人も続く。
「おい
!大丈夫か」
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
重い身体を動かして上半身を起こす。新八くんが差し出してくれた水を受け取って一口含んだ。喉を通る水が冷たくて気持ちいい。
「で、一体何があったんだ。……貧血か?人垣掻き分けたらぶっ倒れてたんだぞ」
「おまけに
はコレ握ってたアル。銀ちゃんと
が写ってる写真ネ」
「僕らが見てもこの写真おかしくて。二人が俯瞰で写っているなんて」
私が握っていただろう写真は折り目がついていたが、後で丁寧に伸ばしたようだ。この写真があの出来事を呼び覚ましてくれる。
ああそうだ。
は銀時達にあの出来事を伝えた。自らを情報屋と名乗る男と接触したこと。恐らく大江戸美術館で狐に化けていた人物と同一であること。その人間は、傍聴人の中に紛れていた。男だと思われるが接触時は女の恰好で、声まで女だった。
「“そろそろお迎えだ”と言われて……私、殺されてしまうかもしれない。真選組からも攘夷組織に命を狙われていると警告されてて」
私がこのセカイに目覚めた時、病室に現れた土方さんは確かにそう言った。
攘夷組織に協力していた私はヘマをして、彼らにとって都合の悪い情報を持ち出し逃げたのだと言う。私は命を狙われる存在になってしまった。だからこそ、命を守ってやると真選組は私を屯所に迎えてくれた。その役割は今は万事屋に移っていると銀さんが教えてくれたのは記憶に新しい。狐火の長五郎の一件で情報屋と接触があった後、私は勿論土方さんにその旨を報告しに行った。真選組としても警戒を強めて巡察の頻度を増やしてくれたらしいけれど、それ以上の攘夷浪士や情報屋に対する捜査の進展はなかった。江戸の町も落ち着いていた。それなのに、私に直接攘夷組織側からの接触があったとすれば……今度こそ危ないのではないか。
「銀ちゃん。
が命狙われてるってどー言うことアル!?」
「そんなの僕たち聞いてませんよ!」
「言ってねーからな。っても、俺だって詳しくは教えられてないんだ。口止めだってされてる」
私を引き取って下さる時に、土方さんは銀さんに何かしらの言伝をしたことは想像できた。それがどこまでの範囲で、どの程度の内容なのかは一切聞かされていないけれど。それに新八くんに神楽ちゃんは詳細を聞かされていないらしい。
「攘夷組織の男を裏切って逃げ出してきたんじゃないアルか?」
「違うわ」
「重要事件を目撃して真選組が匿っているものだと思ってました」
「それも違うの」
話せる範囲で何人かに自身の置かれた状況をお伝えしてきたつもりだったのに。肝心の年少組には事実が正確に伝わっていなかった。少なからず銀さんは土方さんによって知らされていると思うが。
「私は……」
ここでやっと二人に、私自身が知っている事情を正確に伝えた。覚えていないから、後に教えられた情報でしかないけれど。
あの日。某攘夷組織によって友好記念式典は襲撃を受けたのである。
邸襲撃の後、私は攘夷組織に捕らえられたか自らの意思だったのかは定かではないけれど、彼らに協力していた。大量破壊兵器の研究に従事していたと思われ、実際に私の筆跡とサインが残った図面が残っている。私は彼ら攘夷組織にとって不利な情報を得て、それを持ち出して逃げた。以降、攘夷組織の裏切り者として命を狙われることとなった。逃亡の折、記憶喪失に陥る。攘夷組織の刺客に襲われて、瀕死の状態のままどうにか助かり大江戸病院に運ばれた。そこで真選組の接触があり、捜査に協力するという建前の下で匿われていた。結局は真選組でも色々あって屯所をでることになったのだか。最後はもちろん、万事屋の皆が受け入れてくれた。
「嘘アル。
がそんな事するわけないヨ。変な男に騙されて協力させられていただけアル」
「そうですよ。例え、兵器の開発に関わっていたとしても……
さんの良心がそれを許さなかった。だからこそ組織を抜けたんじゃないですか。攘夷組織に追われる身になっても、
さんの居場所はここにあります。貴女はもう万事屋の一員だから」
「……皆ありがとう。全部思い出したら全てを清算しなきゃね。とりあえず、真選組に報告しなきゃ」
問題があれば随時報告するようには言われている。行動は早い方がいいだろう。今もどこで攘夷組織の暗殺者が私を狙っているかもしれない。布団を抜け出そうとしたら大きな手に頭を鷲掴みにされた。
「
はお留守番。体調戻るまでお布団温めてなさい。奴らんとこには俺が行く。神楽に新八も俺が戻るまで
の側を離れるなよ」
「「ラジャーです/アル!!」」
支度をして銀さんは万事屋を出て行った。扉が閉まる音が聞こえて、パタパタと二人が戻ってくる足音がする。今日はゆっくりすればいいと言われても、目が覚めた時よりも随分と落ち着いてきた。
「そう言えば長谷川さんは?」
確か詮議では長谷川さんの無罪が証明されたはず。以降の出来事は知らないままだ。もしかしたらハツさんと別居状態の解消とか、あり得るだろう。彼にも幸せが訪れているのではないだろうか。
「ああその件ですが。奉行所の階段で滑ってハツさんにキン肉バスター食らわせてしまって……シバかれてました」
「マダオはいつまで経ってもマダオのままアル。奴には幸せは程遠いネ」
長谷川さん御愁傷様です。その光景が脳裏に浮かぶのは何故だろうか。いつかは幸せになっていただきたいものだ。
そうこうしているなんて間にお昼が過ぎたらしい。新八くんが用意してくれた昼食(具材たっぷりのぞうすい)を神楽ちゃんが食べさせてくれた。食事が終わって一息ついたところで身支度を整えて布団から出る。色々言われたけれど、もう大丈夫。寝たきりのままのほうが気分が滅入りそうだから。居間のソファーに座り銀さんの帰りを待っていると、玄関に人影が伸びる。
「帰ったぞ」
「邪魔をする。ってオィィィ!!勝手に扉を閉めてんじゃねェェ」
銀さんの声に続くのは……聞いたことがある声。彼以外にもう一人いるのは間違いない。やがて居間に現れたのは土方さんだった。それも真選組の隊服を纏っていない着流し姿で。
彼は私を見ると「元気そうじゃねーか」とソファーに腰を下ろす。銀さん曰く、屯所で話をしていたらいつの間にか土方さんと口喧嘩になったらしい。事を荒立てまいと屯所を離れて話をすることになり、まずは二人行きつけの定食屋……しかしメニューを巡り再び論争になったので万事屋に引き上げてきたとのこと。相変わらず仲がいい。
「倒れたって聞いたが大丈夫か」
「もう心配いりません。ご迷惑をおかけしました」
「で、鬼の副長こと税金ドロボーが万事屋に何用ですかー」
隣に腰を下ろした銀さんの態度があまりにも悪いのでコラと肩を軽く叩く。いつの間にか腰元に回った手が私をがっちりとホールドして放さない。いや放してくれないのだけれど。
「情報屋の接触があったと聞いたが」
「はい。女性の姿でしたが間違いありません。“そろそろお迎えだ”と言っていました」
「お迎えねぇ……物騒なヤローだ。
。これを機に真選組屯所に戻ってくる気はねーか?」
「屯所にですか?」
私が尋ねた途端に腰に回った腕の力が強くなる。おまけに反対側から胴元に回る手が私を抱きしめる……神楽ちゃんだ。ソファーの後ろからは新八くんが身を乗り出していた。
「
は渡さないアル!あの巣窟の方が危ないヨ!!」
そうですよと新八くんも続いた。これには土方さんも「危ねーのは総悟だけだ」と反論する。沖田さんの名前を聞いて神楽ちゃんがさらに反応しているけれども。
「銀さんは反対だからね。大体、オタクさんで何ともならねーからうち(万事屋)が箱入りで守ってんのよ。だからお嫁には出しません!!」
「ふん。本来なら真選組屯所こそ安全な場所だと言えるが、前例があるからな。あそこは安全とは言い切れない。だがここにいて不安になるならいつだって戻ってこい」
「行かないアル。
はずっとここにいるネ」
左右と後ろの守備力は絶大だろう。今の所は大丈夫だろうと心から安心できる。不安を感じることなく笑顔でいられる。
私が屯所を抜けて万事屋にお世話になることを知っているのは近藤さんに土方さん、沖田さんの三名だけらしい。今戻れば、もし隊内に間者がいた場合など下手に場所を知らせているようなもの。土方さんも周囲にバレないよう、目立つ隊服を脱ぎ私服でここまで来たらしい。だから今日は着流しなんだ。
「一つだけ耳に入れておけ……」神妙に土方がが口を開いた。
「少し前まで過激派の活動は落ち着いていた。だが、最近また活動を始めてやがる。酷ぇもんだ」
幕府関係者や真選組だけではなく、一般人をも巻き込む過激派による攘夷活動があるらしい。それも爆弾やら危険物を使っていて、突発的なものではなく計算されたもの。故に被害も大きい。
「奴らはいずれお前に接触する。だが真選組は
を守る。安心しろ」
そう言い切って彼は腰を上げた。銀さん達には、私から目を離すなと言い残していた。それから外での一人行動について話し合いが設けられた。以降、私が外出する時には誰か一名以上の付き添いが必須になった。
と言っても、生活が一変するわけでもない。みんなには迷惑をかけることになるけれど、そこだけは申し訳ないの一言に尽きる。今日だってそう。いつも一人で近所のスーパーまで買い物に行っていたけれど、今日は新八くんが一緒。荷物を持ってくれるからとても助かるしありがたい。
「いやぁー安い卵が買えて良かったです!これで卵かけご飯をしても保ちますよ」
「お一人様一パック限りでしたからね。珍しく私も興奮しました」
時にはこんな幸運だってある。今日の晩御飯はオムレツで決定だ。牛乳を少し足してカサ増ししよう。午後三時過ぎの商店街は、夕飯の食材を求める人が行き交っている。ここはかぶき町に近いからか、所々に水商売業の出勤者の姿も混じっている。彼がハマっている寺門通と言うアイドルの話を聞いている時だった。
ードォォォン と、商店街の通りを抜けた向こう側から爆発音が聞こえた。ビリビリと振動も伝わってくる。日常をかき消す非日常。しかし今の状況の私にとっては、この場にいる誰よりも“それ”に近いのかもしれない。自然と足が止まり、音がした方向に視線が向いていた。
「公園の方向が爆発したぞォォ!!」
「ゴミ箱から火が上がっているらしい!!」
「警察と消防に通報しなきゃ!!!」
通行人が私達を通り過ぎ、音がした方向へと走っている。野次馬になって見つめるのだろうか。確かあそこにある公園って……銀さんが痴漢に間違われた一件があった場所じゃなかったっけ。私も時々散歩に出かけるくらい身近な公園だった。
「
さん!ここは危険です。直ぐに万事屋に戻りましょう」
「まさか、例の攘夷組織が……」
「わかりません。でもここにいない方がいいに決まっています。さあ早く!」
そのまま新八くんに腕を引かれて急ぎ足で帰路に着く。万事屋に戻った時に、張り詰めていた緊張感が解けたような気がした。抱えていた荷物を置くと玄関に座り込む。仕事で出ていた銀さんも爆発の話を聞いたのだろう、小走りで万事屋に戻って来た。途中で近所の住人やら野次馬から詳しく話を聞いたらしい。爆発があったのは例の公園で、燃えたのは池の近くにあったゴミ箱らしい。公園内には人通りも多かったらしいのだが、奇跡的にゴミ箱周囲には人がおらず負傷者はいなかったとのこと。もちろん各所への通報も行われたけれど、住人が近所から持って来た消火器によって初期消火は成功し鎮火したのだと言う。とりあえず負傷者がいなくて良かった。
晩御飯を終えて、後片付けをしているとピンポーンと呼び鈴が鳴った。こんな時間に誰だろうか。応対しようかと思ったけれど誰かが先に行っている足音がしたので、そのまま洗い物を続けよう。
新八くんがひょっこりと台所に顔を出すと「土方さんです。お茶をお願いします」とのこと。まさか先の一件だろうか。私は慌てて茶葉を取り出す。尋ねて来たのは先日と同じく着流し姿の土方さんだった。
「どうぞ」
彼の前にお茶を差し出すと今度は私がソファーの後ろへ。腕組みをしたまま鬼の副長が口を開く。
「知ってるだろーが、かぶき町近くの公園で爆発事件が起こった。今の所、何の情報も上がってないが、間違いなく攘夷浪士の仕業とみている」
「ちょうど外出していましたが、新八くんの助言で直ぐに戻りました」
「で、攘夷浪士の仕業っても、それが
と関係する奴らの起こした騒動ってのは確かなのかよ」
「わからねー。証拠が無いのは一緒だが犯行声明もないからな。用心するに越したこったねぇさ。って訳で、こっちで
の護衛を用意した」
万事屋内での生活は必要がないけれど、私が外出する際に周りに付いていてくれるらしい。彼がそう紹介すると玄関がガラガラと開く音がする。全員が音のした方向に顔を向けた。そこには、土方さんと同じく普段着だろう沖田さんと山崎さんが二人して立っているのだ。
「…」
こちらが勝手に決めたから私には普段通りの生活を約束すること、念のため外出する時には連絡を入れて欲しいと言われた。周囲に張り付くというよりは、離れた位置から見守ってくれることになるようだ。目があった途端に沖田さんと神楽ちゃんが取っ組み合いの喧嘩になっているのだが。
「こらこら二人とも!落ち着いて!!」
二人には何か因縁でもあるのだろうか。山崎さんも間に入ってくれたけれど、途端に彼は両者からのグーパンチを食らっていた。鼻血を流す山崎さんにティッシュを差し出す。
「でも明日はお妙さんと神楽ちゃんと三人で買い物して、そのまま泊まる予定なんです。それに山崎さんはまだしも、沖田さんのような隊長格が私ばかりに付いていても問題があるのではないでしょうか」
「
さん。今、俺の存在って……」
「安心しなせィ。確かに山崎なら未だしも俺がどうこうするには人手が足りねェ。だが、こんな機会じゃなきゃサボれねーだろ?」
「沖田隊長まで俺をどう考えてるんですか!?ねえ聞いてます沖田隊長!」
遠くで誰かの声がするけど気にしていられない。
「だそうだ。
!総悟には普段の巡察業務に追加して仕事をさせるから、仕事サボらねーように見張ってろ」
「私がですか?」
「ああ頼んだ」
頼れる人員(私の預け先を知っている人)は限られているのも事実。何でも今回の提案に沖田さんは自主的に手を挙げたらしい。土方さんは、護衛と称して彼のサボりを危惧しているようだけど。
ーガラガラ と、また玄関が開いた音がする。次は何事かと皆が視線を寄越すと、これまた驚きの人物の姿があった。
「明日のお妙さんの件は俺に任せたまえ。この近藤勲、全身全霊をかけてお妙さ……いや
くんの身を守ろうではないか!!!」
「「「お前はそっちがメインだろーがァァァ!!!」」」
ソファーに座っていた万事屋三人が一斉に、現れた近藤さんに向かって足蹴りを食らわせている。吹っ飛んで行った近藤さんが玄関扉と共に転がっていった。
ああ玄関扉が。ガラスが割れているのは見える。枠が曲がっていなければいいのだが。
「だそうだ。心配はいらねぇよ」
土方さんの言葉もあって、私には常時真選組の護衛が付くことになった。
ここから創作話が展開します。
20210905*星宮はちこ 裏語