レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 八十六話、闇への招待状】


いつも死んだ魚の眼をしている銀さん。それが今や白目を向いて死んでいる。いや違う。まだギリギリ生きていた。項垂れた体の底から、か細い声が聞こえてくる。まるでゾンビやお化けのように。

……俺の、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は無事か」

開口一番下ネタはやめて下さい。そう言いながら、私たちは双子に抱えられた銀さんを回収した。観客席から見ていたよりも体のダメージは大きいようだ。特に男性だったからというのもあるかもしれないけれど。その痛みや苦しみを分かってあげられないのが心苦しい。


“さてお次は奇術体験をしていただきましょう。参加ご希望者は……”
「はーい俺と土方さんで」


銀さんを回収してすぐのこと。背後の席から土方さんが沖田さんに無理やり壇上に引っ張られていく。この展開、もうお気づきだろうか。私もそろそろ気付いているところだ。私はどれほど心配な眼差しを向けていたのだろう。こちらを見る土方さんと一瞬だけ目が合った。

あ……。

土方さんは目つきが悪くて、ぶっきらぼうな性格もあって誤解されがちな人。でも器用で優しい人なのは知っている。そんな彼が見せた一瞬の眼差しはまるで弱弱しい子犬のような。胸が詰まったように揺さぶられた。
あれこれと団員に促されるまま準備を整えた男は、あっという間に縦長の黒い箱に頭だけ出して入れられている。一方の沖田さんは笑顔で箱に短剣をぶっ刺している……。
剣が刺さる度に箱が大きく左右に揺れていた。中で必死に土方さんが避けているのだ。そこで繰り広げられている攻防戦を知ることもなく、周囲の観客は大盛り上がりだ。


「てめぇっ!! 本気で殺しにかかってんだろゴルァ!!」
「あれ? 中々往生際が悪いもんで、トドメがさせやせんぜィ」

“時間が押してきましたので次の体験も同時並行して行きましょう”

「ってオイコラ止めろ団長ォォォ!!!!」
「これで終わりですぜィ。土方さん」


彼の懇願も虚しく、沖田さんと土方さんが楽しそうに(?)体験を続ける横で新たな仕掛けの準備がなされている。次も人が入れそうな大きな箱だ。
司会の団長曰く、消失マジックらしい。あのセクシーな天人が登場した場面を再現するとのこと。団長、そしてピエロにセクシーな衣装を着た天人が壇上に上がる。「箱の大きさにトリックの重要度もありますので、出来れば女性の……」と前置きして、キョロキョロと周囲を探るピエロと思いっきり目が合った。

「……」

あ、これ間違いなくアレだよね。なんて考えが私の脳裏に浮かぶと同時に目の前に歩いてきたピエロが笑顔で手を差し出した。どうするべきか。嬉々として参加したいわけではないけれど、断れるような雰囲気でもない。そうだ。女性の参加者が良いというなら神楽ちゃんにお妙さんがいるではないか。別に私でなくてもいい。
そう考え手を出し渋っていた私であるが、

をご指名アル」
「頑張って下さいね」

と左右に押し出される形で、奇術体験への参加が決まったのだった。



“さてはてこちらのお嬢さん。まずはタネも仕掛けもないこの黒い箱に入っていただきましょう”


組み上げられた人一人なら十分に入れる大きな箱。どちらかといえば長方形。前面だけが扉のように開かれていて、どうぞお入りくださいと言わんばかりにぽっかりと空間が広がっている。これに入れということか。

少し、怖い。

あれだけ大々的に連れて来られたのもあってか、今更止めますなんていえる雰囲気ではない。周囲の観客から期待に満ちた眼差しや声援が浴びせられているのがわかる。
箱の中は間近で見た感じで何かがあるわけではなさそうだ。は恐る恐る足を踏み入れた。そして体をゆっくりと中に滑り込ませる。何の変哲もない只の箱。緊張からか、ドキドキと自分の心音が聞こえてくる気がする。身体を反転させて正面を向くと一面に客席。ここからは私たち(観客)がこうやって見えているらしい。
何もない事をアピールするためか、セクシーな衣装天人が箱の内部を触り、私以外には何もない素振りをしている。
そしてその天人と目が合った瞬間ニコリと笑われた。


“狭いけどあまり動かないでね。あと声も出さないで”


静かに耳打ちされた。勿論、私たちにしか聞こえない声量であったし、彼女が私に話しかけているような動作も一切見せずに、である。
最初は空耳かとも思ったが、訴えかけるような意味深な視線がそれが事実であると物語っている。動揺して固まったままの私に、天人は先ほどまで見せていた笑顔を向け、最後にウインクを飛ばす。

動くな、か。

箱は大きいが中は自由に動けるほどの広さは無い。
これが奇術と言うならば何らかのトリックがあるのだろう。下手に動くのは危険だ。事故にでもなってしまったら笑えない。私が伝えられたのは“下手に動くな”という言葉だけだけど。
パタンと前の扉が閉じられると暗闇しかない。ただし外の音は存分に感じられる。ガチャガチャと鍵がかけられる音、団長の奇術を盛り上げる謳い文句、重なるような土方さんと沖田さんの怒鳴り声。このまま一体どうなるのか。ここでジッと待っていたら消失が起こるとでも言うのか。そんなのはあり得ない。

「!?」

あれこれ思考を巡らせている時だった。暗くてよくわからないけれど、足元が浮遊した感覚がした。グッと持ち上がったとでも言うべきか。

この箱……今、もしかして運ばれているのでは?

壇上に鳴り響く曲が遠のいていく。と言うことはあそこから離れているということだろうか。私の憶測は続く。下手に動いて怪我や事故に繋がっては困るけれど、壁に耳を当てて“外”の気配を探った。少し大きいを感じるほどだった音楽や声援はこんなにも小さくなっている。でも全く聞こえないわけではない。


“ハイ!!先程箱に入ったお嬢さんがいなくなりました!!!”


遠くからそんな声まで聞こえきた。私は今どこにいるのだろうか。
いなくなったことを告げているということは、会場にはあの黒い箱が未だ存在していると思われる。だが私は箱を移った覚えもない。運ばれた感覚はあるけれど。つまり、箱は入れ子式に二つあった……と考えられる。外側の箱はそのまま会場に、中側の箱は私が入ったまま動かされて運ばれたと考えるのが自然だろう。観客の視線を浴びた舞台の中央から、誰にも不信感を抱かせずにどの様に動かしたのかは謎だが。

“おい……が……!!”
“……は………だ!?”

ついでに舞台の方が騒がしい気がするけれど。内容はどうも聞き取ることが出来ない。何か問題でも起こったのだろうか。
で、私はこれからどうすればいいのか。天人に言われるがまま箱に入り動きもしなかった。今は箱自体が動いている感覚もない……どこかに置かれているようだ。

「わっ!?」

そんなこんなで私は完全に気を抜いていた。
ぼーっとしていた所で再び箱が浮遊し、思わず間抜けな声が出てしまった。ついでに壁で頭も打ってしまった。地味に痛い。再び会場が近づいたのか音楽が大きくなっていく。


“さて皆様!後方にご注目!!”


団長の声がする。と同時にの視界に光が広がった。暗闇にいた私はその眩さに目が慣れず固く目を閉じ腕で顔を遮る。
盛大なドラムロール。湧き上がる歓声。スポットライトの強烈な光。会場だ。つい先ほどまでいたはずの会場に戻って来たようだ。箱に入っていたのは少しの間だっただろうけれど、ここにいたのが随分前だったようにも錯覚する。熱さえ感じるようなスポットライトの光が大きく遮られる感覚がした。





突然、名前を呼ばれた。その声は目の前から投げかけられた。目の前に人が立っているようだ。私は固く閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。まだ眩しくて慣れない。この声は……もちろん。


「銀さん?」
「ったく急にいなくなって。拉致られたのかと思って銀さんえらーく心配しましたよー」
「まあ消失マジックですし。箱が浮かんで運ばれてる感覚だけしましたけど」


彼の肩越しに会場全体の様子が見て取れる。ここはすり鉢状のサーカステントの後方で比較的高い位置にあるからだ。奇術の仕掛けだろうが、一応、舞台上から運び出されて後ろから再登場という仕組みらしい。あそこにはまだ黒い箱が置かれていた。中は勿論すっからかん。私はあそこにはいない。

「旦那が動揺してピエロに詰め寄ってやしたぜ」
「大ごとにならなくて良かった」

舞台に続く一直線の階段の下側から沖田さんと土方さんが上がってきた。その奥では団長とピエロが両手を上げてお手上げのポーズをしている。衣装が少し乱れているあたり……かなり手荒に詰め寄ったとも思える。警察沙汰にならなくて良かった。いやむしろ彼らが警察なのだけれど。

「俺はてっきり奴ら(攘夷浪士)の仕業じゃねぇか疑っただけだ」

私の前に立つ三人。そう言って、ぶっきらぼうな土方さんだけは背を向けた。それでもすぐに階段を下りるわけではなさそうだ。それが彼なりの優しさだろう。


「いやほんと心配したから。銀さん心配したよ」
「たかがサーカスの奇術体験ですし。……私は無事ですよ!無事!!」
「はいはい。何でもいいから席に戻るぞ」


そう言って銀さんにガシッと音がしそうな程に手首を掴まれた。強引と言えば強引。でも無理やり引っ張っていくわけではない。着物だとそう足が開かない。彼は私のペースに合わせてくれた。

「お気に入りなのね」

階段を降りようとした時に背後から女性の声がした。そこにいる四人全員が声のした方向を振り返っている。箱の上には声の主である例の天人のお姉さんが座っていた。組んだ足は、過激な衣装も相まってかなり上の方まで露わになっている。そんなことはお構いもなしに、こちらを見下ろしながらニコニコと笑っているではないか。


「おたくは?」
「お侍さま、私ともイイ事して下さらない?」
「いや……って、まあいいんだけど……ねぇ」


女性の胸元を強調する誘惑に鼻の下が伸びる男一名。
……馬鹿。今の今までかっこよく見えたのに。これでは台無しではないか。不快感を前面に出しながら私は銀さんに視線を送った。彼が気付いている様子はない。
すると横から第三者の腕が伸びてきた。土方さんだ。搔っ攫うかのように銀さんの手を払い代わりに私の手を引いた。

「馬鹿はほっとけ。行くぞ」
「そうそう。は俺に任して楽しんでくだせィ旦那」

左右に控えるのは強力な警察二人組だ(今日は一応非番の日らしいけど)。もし攘夷組織が襲ってきたとしても安心だろう。そのまま階段を降りて行く私たち三人に慌てて銀さんが追い付いた。彼があれこれ文句を言っているけれど聞いてあげるつもりはない……今のところ。私たちが座席に戻ると体験コーナーも終わりだったようだ。


“皆様、本日はお越しくださいましてありがとうございました。公演はこれにて終了です。忘れ物なきようご退場ください”


サーカスも終幕を迎えた。団員が一列に並んで深々とお辞儀をしている。
観客の拍手が会場の空気を震わせる。もちろん私たちも拍手喝采。演者が続々と裏にはけると、追うように舞台上の明かりが落ちて行く。やがて人がいなくなった舞台を目前に観客が自らの荷物を整理し始めた。周囲に習って私達一行も同じく。


「サーカス楽しかったアル!」
さんが箱からいなくなったの驚きました。あれってどういう仕組みなの?」
「わからないんです。ただ動かされてる感覚はありましたけど」
「瞬間移動したヨ。凄いヨ」


神楽ちゃんはとても楽しかったようだ。嬉々と語る様子が愛らしい。彼女の笑顔を見て私もお妙さんも顔を見合わせて笑った。周囲には男性陣。一名、お尻が燃えた近藤さんは臀部のダメージが大きく……ではなく、終幕後にお妙さんにちょっかいを出し殴られて客席に倒れている。うん。これは自業自得だ。
扉に近い後部の観客から順番に退場していると、最も舞台に近かった我々が会場を出るのは殆ど最後になる。その差は五分が十分か。退出する観客の流れに乗って私達もようやくロビーへと出ることができた。
すると「もしもしそこのお客さん」と声がかかった。


「ピエロ?」
「白塗りが喋ったアル」
「よろしければ皆様もくじ引きをどうぞ」


舞台上では演出だったのだろうかピエロは一切言葉を出さなかった。けれど公演中とは違って、今は流暢に良く喋る白塗りの男。その手が指し示した先には、商店街などで良くあるような回すタイプのくじ引きだった。先ほどまで公演を見ていただろう観客がいくつもあるくじ引き台に列を作っていた。
サーカスチケットの半券を見せれば一回くじが引けるらしい。このサーカス団の江戸での公演開始と浮島地区の大々的なオープンに向けて、大盤振る舞いしているとのこと。ちなみに特賞はサーカスの無料ペアチケット。二等以降は近所の商店街で開催されているようなくじと似たような景品だった。

「(あれ……? 特賞がサーカスチケットってお妙さんの時と同じなんだ。こうやって相当な枚数の招待チケットをばらまいているのか)」

企業スポンサーやら幕府関係者やら、はたまたインフルエンサー。利権に関わる方へのチケットばら撒きはよくあることだ。その一部がこうやって我々に回って来たのだろう。きっと。チケットが取れないと話題であるが、大部分が招待枠に回っているのは想像できだ。


「私もう一度サーカス観たいアル!」
「そうね。私も次は九ちゃんか新ちゃんを誘って観に来たいわ」


神楽ちゃんもお妙さんもくじ引きにはかなり乗り気の様子。持っていた半券を見せたら、入り口側は並んでいるのでどうぞこちらへと、奥にある人の並んでいないくじ台へと案内してもらった。

「まずは私ネ!!」
「あっこらチャイナ押すな!!」
「へっへ!お前は私の後アル」

沖田さんが一番に並んでいたけれど、横から割って入った神楽ちゃんが意気揚々とくじを引く……も、四等のお菓子詰め合わせに終わる。対抗する沖田さんも同じく四等、続く土方さんは五等の浮島ショッピングモールの割引券。お妙さんとのサーカスペア観戦をと息巻く近藤さんは、三等の使い方のよくわからない電気機器だった。
ここは俺の番だと銀さんが腕を捲った。だが彼の頭にお決まりのようにお妙の指が食い込んでいる。メキメキと嫌な音もした。そして悲鳴も。蹲った銀時の頭をしゃがみ込んで撫でたに男が縋る様に抱き着いてくる。まるで大きな子供のよう。まあこれはこれで可愛いから、偶には許すけれど。


「あ、そうださん。先に回されますか?」
「え?お妙さんは」
「いいんですよ。偶には!さんいつも遠慮しがちじゃないですか」
「えっと……」
「ほらそれ!駄目ですよ」
「じゃあお先に」


がくじ台に手を伸ばした時だった。
景品のお菓子を取り合っていたらしい神楽と沖田の喧嘩が乱闘に発展しそうになっている。沖田さんは土方さんが止めてくれているけれど、神楽ちゃんは好き放題。未だロビーには人が多いからあまり騒動を起こしてもらいたくはなかった。

「ちょっとあっち行ってきますので。お妙さん先にどうぞ」
「そう?じゃあ私が先に挑戦しますね」

が神楽を諭していると、回転式のくじを回すカラカラとした気持ちのいい音が聞こえてくる。譲ったお妙が挑戦しているのだろう。



“おめでとーございまーす!!こちらの女性が“特賞”です!!”
「キャァァァァ!!!何てラッキーなの!!!」



カランカランと甲高い鐘の音がロビー中に響き渡った。この音が鳴るのは勿論特賞だ。うさぎのようにぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶお妙さん。背後から回り込んだ近藤さんは例に漏れず吹き飛んで行ったのは言うまでもない。
今日のチケットだってお妙さんがくじ引きで当てたと言っていたけれど、まさか二回目も特賞が当たるなんて。何て強運なのだろう。未だかつてこんな例は見たことも聞いたこともない。
係員も一緒に喜ぶ影でくじを引いた銀さんは参加賞のティッシュで、その次にさらっとくじを引いた私は五等の浮島モールの割引券……土方さんと同じやつだった。最後に浮島サーカスのチラシを貰った。

「さよならアル」
「次会うまでに閣下の許可取っとけよ」
「安心しろ総悟。次はねーよ」
「ありがとうございました」

出口前に土産屋があったのでそこで各々買い物を済ませ、お見送りに手を振るピエロの前を通って私達は帰路に着いた。



*****



「で、あの真ん中に座っていた子でしょ?」

後ろからもったいぶった女の声がしてピエロがチラリと視線を寄越した。女は奇術本番さながらの笑顔でニコリと笑う。突き出された飲み物を受け取って口をつける……とんでもなく苦いコーヒーだ。

「そうだけど」

男は簡潔に答えた。興味なさげに視線はジッと自分の手元を見たままだ。

「道化さん。とっとと掻っ攫ったら早いんじゃなくて? まあ今回は取り巻きがうるさそうだったけど」
「まあね。でも面白いじゃないか!彼女が何を選ぶのか」
「貴方のそういうところ、よくわからないわ」
「あはは! よく言われるよ」
「実行日は……来週末で?」

コーヒーを飲み干した男が視線を上げた。

「それは君たちの、ね。俺は事前に用事があるから」

帽子とカツラを脱ぎ捨てて、特殊メイクさながら顔を覆うマスクをベリベリと剥がす。そこには面白おかしなピエロの面影などない、ただの人間の顔。明るい髪は薄暗い空間でも良く映えて見える。目が悪いのか或いはただの装飾なのか、男は何処からか取り出した眼鏡をかけた。

「情報屋……」

女の呼びかけには冷めた視線が返ってくる。

「ここでは道化で通ってるんだけどな。まあいいや。俺らはビジネスパートナーだからね。持ちつ持たれつ、よろしく頼むよ」

そう言い切ると男はサーカスのテントから出て行った。


サーカスが、何か裏がありそうなような何も無さそうなような……
20220123*星宮はちこ   裏語