レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 八十九話、或る一つの解】


後ろなんか振り返っていられない。私は大切な声が聞こえた方向へと進んだ。……考えるよりも体が先に動いた。
普段の運動量が少ないためか、或いは限界を超えた動きをしているのか。どちらもあるだろう。息切れを起こした体は痛みすら感じている。全身の細胞が酸素を求め、肺が必死に空気を取り込んでいる。死に物狂いで走って逃げるのはいつかの私と同じ。でも今はあの時とは違う。私の行き先には確かな存在がいるから。

「銀さーん!!」

が声を張り上げて叫ぶと、追って応じる声が届く。こちらの声が届く距離だから先ほどよりは近くなっているのだろう。ついでに大体の距離感も掴んだ。

!!」
「銀さん!!」

声がいよいよ鮮明に聞こえる様になってきている。彼が居るのはもうすぐそこだろう。無人の店沿いの角を曲がった先は一筋の道。私が最初にこの浮島モールに踏み込んだ工事用の防壁が建てられた場所が見えて来た。きっと壁の向こうに待ち望んだ存在がいる。……銀さんがいるんだ。見えているわけではないけれど私には確信があった。
白く大きな隔たりに駆け寄って扉に手を伸ばすも、異様なほど頑丈な鎖と南京錠が存在を示している。

ーガチャガチャ

押しても引いてもびくともしない。さっきここに踏み込んだ時は、ご丁寧に鍵が開いていたのに。おそらく私をここに閉じ込めるために、誰かが意図的に鍵を掛けたのだろう。仕方なしに手で扉を叩いた。ドンドンと金属の鈍い音が響く。手が少し痛むけれど気にならなかった。

「銀さん!」
! 無事なんだな?」

が叫ぶと、白い壁の向こう側から銀時の声がする。


「ええ無事です。ごめんなさい……鍵が。頑丈な南京錠で開かないの!」


代わりに開きそうなところは無いか、登って乗り越えられないだろうか。周囲を探すも解決できそうなものは見つけられない。この壁の向こうに彼はいる。この壁さえなければすぐにでも合流できるというのに。


「あれこれ話を聞きてーが、そうも言ってられなさそうだな。追手はまだ来てねぇんだな?」
「今はまだ……。でも扉が開かなくて」


静かに振り返った道は、恐ろしいほどにシンと静まり返っている。物音すら聞こえないことが逆に恐怖を引き立たせていた。私を追っていた攘夷組織の男も、情報屋と名乗った男も……まるで幻覚や夢だったかのようにさえ思えてくる。

壁から離れていろ。そう言われては少し距離を取った。ドンドンドン、と扉を叩くような強い音が聞こえる。彼が体当たりしているのか、あるいは木製の愛刀で壊そうとしているのか。それくらいの大きな音だった。
逆に私たちがいる位置が相手に特定されないだろうか、と心配になるほどに。


「どらァァァァァ!!!」


銀時の雄叫びが響いた後、これまた大きな音と共に大きな壁の一角が内側に吹き飛ぶ。扉だったはずの鉄板が見る影を無くして転がった。

! 大丈夫か!?」
「ごめんなさい! 私を殺そうとしている攘夷組織の人と接触してしまって……勝手に……」

伏せていた眼差しが上がり私たちの視線が交わった。



「……松、陽……」




しかし銀時は目を見開いて、驚いた表情のまま固まっている。一体どうしたのだろう。
彼は、動揺している。それに何か呟いていた。何を言っていたのかはどうも聞き取れなかったけれど。確実に私を見て驚いているのである。今は黒髪でも短くもない本来の姿。髪も伸びたし色も元に戻した。何もおかしくは無いはずだ。彼が驚く意味がわからない。ねえ、どうして?

……。

この感じは何だか覚えている。いつかどこかで経験した様な気がする。懐かしいとかそんなものでは無いけれど。なんだろうこれ。の胸の奥底で形容しがたいモヤモヤが生まれていた。
危機迫る状況なはずなのに私達の間に流れる時間が止まったままだ。


「なるほど、……なわけね」


小さな声で銀時の呟きが聞こえる。そうだウンウン、と何やら納得するような様子を見せた後で、止まっていた時間がゆっくりと動き始めた。しかし私は納得がいかない。と言うよりも状況や展開が読み取れなかったからだ。
聞き出そうとした私が口を開くよりも前に、頭の上に大きな掌が添えられた。「あの」そう声をかけようとしても、遮る様にポンポンと優しく頭を叩かれて遮られる。
銀さんは何かを隠してる。私を見た時の表情からしてきっと良くないことかもしれない。チラリと表情を覗いてみるも、先ほどの動揺はない。いつもの銀さんに戻っていた。今ここで問いただすべきではないだろう。まずはここを離れるのが一番だ。


「心配したんだぜ。突然、から電話がかかって来てよォ。必死な声で助けを求められててんわやんや。どうにか場所聞き出して飛び出してきたんだよ。お前をどこぞの馬鹿に殺させはしねぇ。さ、行くぞ」
「……あの、私、銀さんに電話なんて……してないです」


私は万事屋にいる神楽ちゃん、そして新八くんには電話をした。でも銀さんに電話をしたことも助けを求めたこともない。彼が受けた電話とは何なのか。噛み合わない事実。ある種の心霊現象ともいえる現象。置かれた状況もあってだろうか、変に怖くなって血の気が引いた。
本来ならこの意味不明な展開について、互いに確認する必要があるのだろう。けれどここに留まる時間的な余裕はない。それに加えて、銀時自身もこの意味不明な現象よりも、先の“何か”の方に意識が向いていて特に気にしている様子も感じられなかった。


「銀さん……」
「大丈夫だ。奴にはお前に指一本触れさせねぇよ」
「その……」
「いいんだよ。何も言わなくていい。万事屋に帰るぞ。神楽も新八も心配してっから」


薄暗くなった浮島モールの中は、一層シンと静まり返り不気味な雰囲気を醸し出している。先ほど私の前に現れた二人の刺客が追ってくる様子はない。声や音も聞こえない。それもまた奇妙な事だとは思った。
だが渡りに船だ。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。今ならこの浮島地区から逃げられるのではないだろうか。早くここから離れて真選組に助けを求めなければ。
伸びた影を連れながら、と銀時は浮島と陸をつなぐ大きな橋を渡る。二人の足音が規則正しく重なった。人気の無い区域から抜け出して町まで戻ったところで、は真選組に一報をいれることにした。余裕が無かったから簡単にではあるけれど。

交差点で怪しい男に会い浮島モールに呼び出された事、攘夷組織鬼兵隊と情報屋の接触があった事、銀さんに私以外の不審者から連絡があった事、どうにか銀さんと合流し今に至る事……。

早口で自分でも何を言っているのか、正しく伝えられているのかわからなかった。電話口からはすぐに万事屋に戻る様に伝えられた。真選組も急ぎ万事屋と浮島地区に隊士を派遣してくれるという。その言葉を受けてほっとした途端に、公衆電話の受話器が一際重く感じた。
私は銀さんに支えられて帰路を急いだ。







かぶき町。区画への入口にある門をくぐると、雑多な風景が視界一杯に広がった。音も色も人の動きも先ほどまでいた浮島と正反対だ。ここに、やっと戻ってこれた。肩の力が抜けた一方で、緊張や恐怖やら様々な思いをした身体や精神は休息を求めているようだ。やがて見慣れた建屋が目に留まった。階段を上る足が重い。


「ただいま……」
! 大丈夫アルか!? 心配したネ!!」
「ごめんね。でも神楽ちゃんの元気な姿を見たら安心したわ」
「えへん!」


引き戸を開いたら神楽ちゃんが不安げな顔で飛び付いて来たので、慌てて抱きとめる。隣からはおいおい、なんて呆れた声が聞こえるけれど気にしてなんていられなかった。向けられた明るい笑顔が愛らしい。天真爛漫な彼女にはいつも元気をもらっている。先の夕食の電話からの音信不通の状況だ。とても心配をかけてしまった。


「うわー!! の髪が綺麗になってるアル!! 黒くないネ」
「うふふ。どう? これが本当の私よ」
「こっちの髪も素敵アル!」


キラキラと輝くような青い眼差しに見つめられてその場でゆっくりと一周回ってみた。……にとっては以前の、それこそ本当の姿なのだが、神楽にとっては印象が異なるのだろう。の次は神楽が周囲を回ってあらゆる方向から覗き込んでいる。その眩い視線が小恥ずかしく感じるほどに。
その合間。チラリ、とは銀時の方を盗み見た。彼は何かしらの反応を見せているのだろうか。

「……」

しかしの想像に反して、彼は我関せずと言うか興味無さ気に鼻をほじっているではないか。玄関の施錠を二、三回確認して、「よっと」と靴を脱いで居間に向かって行った。無言のまま白い背中が遠ざかっていく。
奥の居間には新八くんが待っていた。私を見た彼の反応は、神楽ちゃんと同じようなものだ。声を上げて似合っていると喜んでくれた。私が新八くんに夕食の件を伝えたからだろう。今の卓上には出前の中華が所狭しと並んでいる。
私はあまり食欲が湧かなかったから……神楽ちゃんに食べてもらおう。

全員が揃い、正に“いただきます”の声を上げようとしていたその時だった。
の通報を受けて土方さんと沖田さんがパトカーで駆けつけてくれた。卓上に並んだ料理の数々にギョッと驚きを見せたのもつかの間、視線が合って、まずは私の身を案じてくれた。そしてその次は勿論、髪色を戻した私への感想。と言っても土方さんは「それが本来のお前か」なんて感じで、褒めるわけでもなくさらっとしていたけれども。一方で沖田さんは、私の髪色が彼のものに似ていたからマジマジと食い入るように見たり、はたまた髪の一房に触れたりしていた。それを見て神楽は、鼻息荒く「の髪に触んなヨ」などと喧嘩を吹っ掛けている。乱闘になっても困るので神楽ちゃんを優しく諭した。


が無事で安心しやしたぜィ。あ、ラー油忘れた。土方、取って」
「それ私の餃子アル! これは万事屋の晩御飯ネ! お前勝手に食うなヨ」
「神楽ちゃんそれ僕のチャーハンだって! あー!!それデザートのゴマ団子! って、何早々に練乳ぶっかけてるんですか銀さん!?」
「新八。甘いものは早い者勝ちなんだよ」

「……で、外野がうるせーがとりあえず話を聞かせてもらおうか」


三人と沖田さんは絶賛晩御飯の真っ最中。私の分は沖田さんにおすそ分けすることになりそうだ。我先にと料理を頬張る皆に挟まれながら、ソファーのど真ん中で粛々と話を進めていく。浮島にいた時や銀さんと逃げていた時よりも、万事屋に帰って来たという事実からか、心はずっと落ち着きを取り戻している。


「今日は浮島にある美容院に行っていて……」


ついさっきの出来事のはずなのに、昨日よりはるか昔の事のようにも思えてくる。それくらい曖昧になってきている。人は追い詰められたら、こうも混乱するものなのだろうか。身を以て実感した。
私は美容院を出た後の出来事を順を追って説明した。今回の外出も事前に真選組にお伝えしていたし許可も貰っていた。最初こそは真選組の隊士が護衛として付いていたくらいだ。勿論、土方さんに沖田さんもご存じだろう。

用事を終え近隣の町まで戻ってきた時に、鬼兵隊の男が接触してきた。今から浮島モールに行け、さもなくば大切な人がどうなっても良いのか……そんな脅しを受けた。苦し紛れに、万事屋には遅くなるという電話をしては一人で浮島地区に戻ったのだ。
浮島モールは工事区域で立ち入り禁止のはずだったが、防壁の鍵が開いていたのでそこから入り込む。奥にある浮島広場と呼ばれる場所で、男は現れた。
いつか土方さんに見せてもらった資料の通り、顔に包帯を巻き艶やかな着物を纏った男。名前は確か……高杉晋助。「戻ってこい」そう言われた。けれど私は戻る気なんて勿論無い。恐怖と緊張で体が動かなくなり逃げることが出来なかった。でも銀さんの声が聞こえて、その場から必死に逃げ出した。
銀さんと合流した後、浮島を離れ、やっと万事屋まで戻ってこれた。……これが事のあらましだ。


「とりあえずが無事でよかったアル……もごもご」
「ったく危なかったんだぜ。あ、そこの春巻き取って、桃饅頭も」
「二人とも、今こんな状況なんですから一旦箸を置いてくださいよ」
「いいの。新八くんも早く食べないと無くなっちゃうからね」


私は主に土方さん(と沖田さん)に話をしている。万事屋には夕食を続けてもらいたいと思ったから。土方さんは思想顔のまま静かに私の話を聞いてくれている。


。此度の件、こんなことになって悪かった」
「いえ……。これは私の身勝手な行動が原因です。あの時、すぐに真選組に通報していたら、きっとこんな展開にはならなかった」
「護衛の二人は、浮島手前の裏路地でぶっ倒れていたそうだ。後ろから一撃で相手の顔すら見てねぇと。だが命には別状がないらしい」
「無事なんですね! ……良かった」
「警備の件は少し考える。もそれまでは外出を控えてもらう」
「はい……承知しました」


再び、土方さんには屯所に戻ってこないかと誘われた。私が接触したのは、何でも“江戸で最も危険と恐れられる男”と呼ばれているらしい。真選組屯所が安全とは言い切れないが、それでも外にいるよりは幾分か管理がしやすく安心できるのではないかとのこと。
それには万事屋の皆が反対してくれた。私の居場所はもうとっくにバレているだろう。ここに居たら、万事屋の皆にまで危険が迫ってくるのではないだろうか。あの男は私の周りの人間の命を挙げて脅しをかけてきたくらいだ。


「何度も言うけど、を野郎の巣窟になんざ行かせやしねぇよ。今回の事は俺たち万事屋が付いていかなかったせいでもある。もう手を離さねぇし、一人にもしねぇから」


肩を竦めた土方さんの視線がに向けられた。お前はどうなんだ、と意見を求められているような気がした。私は……。


「出来るなら、万事屋に……いたいです。皆に迷惑をかけてしまうかもしれない。皆に命の危険が迫ってしまうかもしれないけれど。私は万事屋の……」
「一員だ。誰が何と言おうとはもう既に万事屋だからな」
「そうネ。の危機は万事屋の危機アル」
「僕もそう思います!」


自分の気持ちを伝えると左右から声が合わさった。神楽の細い腕が私の体を抱え込む。はぁ、と深いため息は土方さんから発せられたものだ。ボリボリと大雑把に頭を掻く音も聞こえる。

「わかった。自身がそう言うのなら、外野がどうこう言えねぇ。だが攘夷組織壊滅のチャンスでもあるからな。引き続き協力は頼むぞ」
「ま、護衛に俺がつきゃ問題ねーでずぜィ」
「いや総悟。お前はただサボりたいだけだろ」

こんな状況で私のわがままを通してもらって申し訳ないとも思う。事実、私の護衛だった真選組隊士は攘夷浪士に襲われた。今回は命こそ無事であったが、次はどうなっているかわからない



「土方さんありがとうございます! みんなもありがとう」



私は深く頭を下げた。ソファーに座った自分の足先が見える。頭の上に温かい何か、恐らく銀さんの手が添えられた。定春くんにそうするかのように、わしわしと撫でられる感覚がする。僅かしか触れていないのに伝わる熱が温かい。わかったから頭を上げろ、土方にそう言われては静かに顔を上げた。

が前を向いたのを見計らい、土方は真選組の動きを我々に教えてくれた。
土方と沖田の両名は万事屋にやってきたが、残りの部隊は浮島地区に緊急出動しているという。鬼兵隊は、以前から神出鬼没と噂されるほどの攘夷組織。その中でも総督と称する高杉晋助は足取りを追うのは、ほぼ不可能だともいわれている。故に、今回も奴は既に浮島にはいないだろう……と推測していた。だが鬼兵隊に繋がる何か、或いは下っ端の攘夷浪士などが残っているかもしれないから捜索は続けるという。私の無事を確認し次第、二人も浮島の隊士と合流するつもりにようだ。

――ピピピ と、土方の胸元で携帯の鳴った。業務に関わるのだろう、「悪ぃ」と断りを入れて電話を受ける。話の内容を気にしながらも沖田さんはデザートを食べていた。ああ、わかった。何度かの相槌の後に電話が切られた。



「浮島地区の隊士から連絡があった。俺らの予想通り鬼兵隊に関する手掛かりは残っていなかったが、可笑しな落書きが残されてたらしい」
「何ですかねィ。“馬鹿副長土方に夜路死苦”って書かれたとか?」
「違ぇわ! ったく! 浮島モール中に蛍光塗料で変な記号が描かれてたんだとよ。日中は存在に気付かずに夜になると発光する特殊な塗料でな。場所に規則性があると思えば、突拍子もないところにも多々。周辺を調べてみりゃ、恐らく爆発物ではないかと思われる物が見つかったらしい。専門の奴を派遣させて調べるつもりだ」

「爆発物……」



ついさっきまでいた浮島モールに爆弾だなんて。もしかして私はその爆弾で殺されていたかもしれない。最悪のところ遺体すら見つからないだろう。私があの場所にいた時は人気も無く不気味でだったが、モール自体は綺麗だったと記憶する。


「一つ確認したい。。さっきお前がいた時に何か光っていたか?」
「いえ。入った時は緊張こそしていましたが、キョロキョロと周囲を見渡していましたので。しかし発光しているものには気付きませんでした。浪士と接触後も一心不乱に走っていてわかりません」
「あ、んなもん無かったよ。少なくとも俺がと合流した時にはな」


私が浮島に着いた時には日が暮れかかっていたから暗かった。私と銀さんの証言を合わせると、さっきまで書かれていなかったとも考えられる。ただ単に気付かなかったか、偶然に書かれていない道のりを進んでいた可能性もあるけれど。
浮島地区は殆どが工事中なので夜はほぼ無人。誰かが夜に作業していたとでも言うのか。目的は一体何なのか。わからない。

……二日後。

確か浮島モールの全館オープン記念のイベントがあったはずだ。浮島地区。幕府は言わずもがな、多くの星が出資した江戸でも随一の商業特区になると謳われていた。イベントには幕府関係者や各星の権力者が出席するだろう。更に、オープン当日に訪れる一般客だって数知れず……。これは攘夷組織によるテロ行為の標的になりかねない。
例の攘夷組織、鬼兵隊は二日後のイベントで騒動を起こす気なのか。状況としては十分あり得るが、腑に落ちないところもある。私と接触し連れ去っていたり、或いは殺していたとしても、真選組による捜査があるのも予測できただろう。捜査が始まれば爆弾が発見されるのも時間の問題。そんな場所でわざわざ騒動を起こすとは考えにくい。
この状況は、まるでわざと爆発物の位置を教えているのようなもの。もしかして……、最悪の展開が浮かんで声が大きくなった。私の声に新八くんの肩がビクリと反応したのがわかる。

「あの! 爆発物の件、現場の隊士は大丈夫なのですか!? 今まさにドカンと爆発なんてしたら……」

もし仕掛けられた爆発物がイベントの為に仕組まれていないとしたら。この展開を、真選組による現場周辺の捜査を狙ってのものだったら、現場にいる真選組隊士が危ない。


「その件は大丈夫だ。専門じゃないが詳しい奴がいてな。そいつが見たところ現時点で起爆の可能性は低い、と。隊士には下手に触らないように言ってあるし、専門家もすぐに到着する見込みだ」
「それなら一安心です」


最悪の可能性が消えて少し安心した。強張った体が緩んだ。それを見計らってか、隣に座る神楽が腕を回してきたので抱き留める。彼女の存在が愛おしい。
まだ撤去できていないからどうこうは言えないけれど。専門家が派遣されて、安全に処理される手筈は整ってきているのだ。
頭を掻きながら、今まで真選組側の話を大人しく聞いていた銀時が口を開いた。



「ったく攘夷組織に爆発物とはね。こりゃ物騒なもんだぜ。は全力で万事屋が守るけど、そっちは大丈夫なのか?」
「お前たちに心配されるまでもねぇよ。ここ最近、爆弾を使った過激派の攘夷行為が盛んでな。今回の犯人とは別物だが、関係する浪人をとっ捕まえて色々と吐かせていたところだ」


浪人曰く、近々大きなコトを起こそうとしているとのこと。口が堅くそれ以上は何も話さなかったという。私を追う攘夷組織は、鬼兵隊。だが土方さんの話からして、捉えた浪人はそれとは別の組織だろうけど。名前は何だったっけ……。確かに最近町中でも爆発物や不審火の事件が増えてきていた。



「とりあえず、今夜はこの建屋周辺に護衛を四人つける。夜半の外出は控えろ。明日以降の護衛の件はまた追って連絡する。悪いが、俺らはここまでだ。これから浮島地区に行く」
「ありがとうございます。どうかお気をつけて」



土方さんと沖田さんとはここでお別れだ。寂しいし不安だけれど、護衛が四人に増えて夜は安心できるだろう。護衛から連絡が入れば真選組の主力部隊が直ぐに駆けつけるようになっているとも告げられた。
お暇するために土方さんは立ち上がったけれど、「俺パスで」と、沖田さんは座ったまま腕を組む。


「あ? 何言ってんだ一番隊は浮島で爆弾捜査だ」
「護衛二人でも伸されたんでィ。俺なら一人で殺ってやりまさァ」
「夜は特別に都合をつけてやる。だが先に浮島だ。奴らに繋がる手掛かりがあるかもしれねぇからな」
「刺客が潜んでいたら、見つけ次第に殺ってもお咎めなしってことですかねィ」
「口は動かせられるようにしておけよ」


物騒なやり取りが続く。土方さんの携帯に着信が入り、彼は再びどこかと連絡を取っていた。

皆に迷惑かけてばかりな自分が嫌になる。

居間のソファーに座ったまま私は視線を下げた。色々有り過ぎて頭の整理が追いつかない。攘夷組織との接触、銀さんのあの反応、私以外のからの電話……。今から一つ一つ向き合っていかなければ。


「俺たちはもう行くが、既に真選組の隊士が周辺にいるから安心しろ。不本意だがお前に頼むしかねぇな……万事屋。を頼んだぞ」
「言われなくとも、な」
「そうアル。のことは万事屋に任せるネ。とっとと、その攘夷組織とっ捕まえるヨロシ」


そう言って土方さんと沖田さんの二人は、万事屋から出て行った。これから浮島地区に向かうのだろう。二人の身の安全を祈ると共に、攘夷組織に繋がる何かが見つかってほしいという思いもあった。

万事屋に残ってくれると言ってくれたけど、新八くんは家に帰した。土方さんたちがいる時に、彼を送って貰えないか交渉するべきだったと気付いたけれど、もう遅かった。彼は万事屋であり、私とも関わりのある存在。例の攘夷組織と接触する可能性は拭えない。ならば周囲にいる真選組隊士に、送って貰えないか掛け合ってみようとは提案した。大丈夫ですよ、と頼もしいほどの笑顔と銀さんと神楽ちゃんの受け流す言葉を受けて、彼は一人で実家に戻ることになった。

先にお風呂に入った神楽ちゃんは既に押し入れの寝床の中だ。一緒に寝る様に誘われたけれど、私にはやることが残っている。やんわりと断りを入れて、おやすみと言ったのがすこし前のこと。
今は日付がもう変わろうとしている。私は銀さんと二人、居間のソファーに向き合って座っていた。


「ご迷惑をおかけしました」


今一度、頭を下げる。「いいんだよ」優しいような気だるそうな声が降りてくる。ゆっくりと顔を上げると、銀さんはいつもの様子で鼻をほじっていた。
聞かなきゃ……いけない。彼が私を見て何故動揺していたのかを。でも本当のところ、怖いという思いもあった。聞かない方がいいかもしれないという単語も脳内を巡っている。

「ねぇ銀さん……」

徐にそう切り出すと、私が次の言葉を紡ぐ前に男視線をの声が重なった。



は、松陽のこと知ってるか?」
「しょうよう?」



それは、浮島で本来の髪色に戻った私を見て銀さんが発した言葉。しょうよう。今度は確かにそう言った。繰り返し唱えてみても、記憶喪失の空白を除いて思い当たるものはない。

物? 人? 場所? あるいは別の何か?

……一体何の事なのだろうか。私の様子を見て返事を悟ったのだろう。彼はどこか遠くを眺めながら、過去を思い出すかのようにゆっくりと話し始めた。のらりくらりの普段は見せないその表情から視線が逸らせなかった。

吉田松陽。故人。
銀さんの先生だった人で、彼が小さい頃に共に過ごしていたのだと言う。ある田舎で松下村塾という私塾を開き、貧しい子供達に学問を教えていた。攘夷戦争の折に幕府軍に捕らえられ亡くなった。

身寄りのない彼にとっては親のような存在だったらしい。その人の事を話す彼の表情は、喜びでも悲しみでもなく……どう言ったらいいのかわからない。教壇に立つともなれば教養深い人なのだろうことが想像できる。
しかし申し訳ないことにはその人の名前も存在も知らなかった。私に関係するというなら父の知り合いの可能性があるけれど……家にあった写真や記録では聞いたことも見たこともない。



、お前……松陽に似てる。いや恐ろしいくらいにそっくりだ」



薄く長い髪も顔立ちも雰囲気も。男女こその差はあれ、一見はその吉田松陽に見紛うほどに。
銀さんはそう言った。だからきっと……かの攘夷組織に狙われているのではないか、とも。そう伝える彼の表情は今までに見たことがないくらいに意味深で、静かに私の心を抉る。吉田松陽と言う人は銀さんにとって、かけがえのない存在。私には見たことも会った事もない。私、どうしてそんな……。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

私には謝ることしか出来なかった。その人に似ていることも、その人でなかったことも。どうすることもできない事実に私は謝罪するしかない。居た堪れなくなって、顔が熱くなって視界が滲んだ。足の上で握った拳に涙が溢れる。私はどうすればいいのだろうか。


!! 銀さんが悪かった! 泣かせるつもりじゃなかったのォォォ!!」


お行儀が悪いのに、卓上に正座して頭を擦り付ける銀さん。それでも謝り続ける私の前に差し出されたのはティッシュの箱だ。そこから一枚受け取って涙を拭う。久しぶりになりふり構わず泣いた。







その調子でしばらく泣くと少し落ち着いた。今の私は、醜くみすぼらしい顔をしているのだろうか。鏡を見ていないからわからないけれど、むしろ見ない方が良いのかもしれないけれど。


「ようやく落ち着いたか」
「はい……ごめんなさい」
「謝んなよ。なぁ、が笑って過ごせるようにするから」
「銀さ……」


大きくて優しい手がゆっくりと頭を撫でた。掌から温もりが伝わって心地良い。

「色々あったんだ。早く寝ろよ……あー、明日神楽にぶっ殺されるわ」
「神楽ちゃんには私が勝手に泣いたってお伝えしますから」

既に和室には私の布団が敷かれている。そこに促されるまま布団に横たわった。銀さんはそれ以上は何も言わなかった。私の中で一抹の不安と確かな恐怖が渦巻いている。そして銀さんとの間に、言いようのない深ぼりの境界が出来たような気がした。
目蓋を閉じるとは静かに眠った。


なお翌日、銀さんは神楽ちゃんにシバかれます。裏語にて語る。
20220403*星宮はちこ   裏語