レプリカ虚像乙女
【第九章、亀裂 九十話、見えざるもの】
同日、夜より真選組による浮島地区の重点的な捜索が行われた。
塗料で描かれた奇妙な記号の傍には、素人では簡単に作れないようなプラスチック爆弾が仕込まれていることが判明した。浮島広場の街灯、並びに施設の支柱各所など、数で言えば百近くの数である。しかし先の報告の通り、信管のない物や仕掛け途中のものもあったという。組織的な犯行であるのは明らかだ。爆発物は、専門の処理班が呼ばれ随時処理が進められている。もし今回、浮島商業施設がオープンし、テロが起こっていた場合の被害者数は数万を超えていたとも言われている。
「おい、そっちのテントはどーなんだ?」
土方は目の前に聳える巨大なテントを指差した。
現在、複数の部隊によって浮島地区捜索真っ只中である。広い浮島地区には隊士が数人ずつ巡回し、鬼兵隊に繋がる証拠を探している。一番隊隊長の沖田は、一通り浮島地区内を巡回し、要望通り万事屋の警備の為に隊を離れていた。
副長の土方が指差した先には、異様な存在感を放つ浮島サーカスのテントが聳えている。以前に万事屋や
たちと、先行して公演を観覧したことがある場所だ。今が深夜だということもあるかもしれないが、佇まいが不気味ささえも感じられる。あれだけ大々的だった先行公演も、一時的に営業を停止して施設のオープンを待っている状況だと聞いている。
「副長ォォォ!!! 大変ですぅぅ!!!」
「あ、どうした」
声を荒げながら慌てて駆け寄る隊員に、土方は眉間を寄せた。
捜索は警察権限でテント内にも及んでいる。報告によると、営業も行われず閑散としたテント内の一画に人が倒れていたのだ。救急車を呼んでいるが、おそらく既に息が無いだろうとの事。状況からして死んだのは昨日今日の話ではないらしい。攘夷浪士と関係するのか、もしくは無関係の別の事件なのか。状況だけでは判断できない。
「被害者はサーカスの人間って事か。関係者を呼べ! これから取り調べに入る」
「運営団体は隣接する敷地に寝泊まりしています。すぐに集めます」
「残りの隊士は施設の捜索を怠るな。どこに何が仕掛けられているか分からねぇからな」
「了解!」
関係者の証言によると、遺体として見つかったのはサーカスの中心的役割を担っていたピエロ役の男と推測された。二日ほど前からピエロ役の男と会った人間はいないという。
しかし、そうだとしたら遺体の死亡推定時刻と合わない。遺体の状況からして、死んだのは少なくとも今日や昨日なんかじゃないという話だ。検死を行っていないので正確な日時はわからないが。
またサーカスに在籍する別の天人は「ここ最近、以前と様子が変わった印象を受けた」との証言も得ている。
「ったく、奇妙じゃねーか」
口が寂しくなったので土方は胸元から煙草を取り出した。存分に味わった煙や独り言が空に溶けていく。
鬼兵隊が動いている。その事実は忘れてはいないが、今回の爆弾の件で言えば、ここ最近江戸界隈で犯行を繰り返す攘夷組織「紅い楯」による犯行が近いようにも思える。両組織に繋がりがあるという情報は無い。例え爆弾を仕掛けたのが紅い楯だったとして、今回のようにわざわざ爆弾の場所を示す意味がわからない。明日になって見つかってしまえば計画は水の泡だろう。もし己が攘夷組織の立場であったなら……爆弾を発見されるのは一番避けたいだろうに。だとしたら、あの落書きは……計画を露見させるため……。違う。
「んな訳ねーな」
「副長ォォォ!!」
「うるせぇ。俺が煙草を吹かしているときは静かにしてろ」
隊士の一人が取り乱した様子で駆けてくる。日付が変わってしばらく経っている。疲れた体を癒すために煙草を吹かしているのだ。できれば静かに吸い終えたいというのが本音だ。
「遺体から遺書と思われるものが発見されました! こちらです!」
「……遺書だと?」
隊士から受け取った紙は、毛筆で書かれた達筆な字で埋まっている。土方は黙って読み進めていった。
“自身の紅い楯への関与の告白、数多の爆破事件への嫌悪と謝罪。浮島爆破計画の吐露。爆弾の場所を示し計画を破綻させ、己の命を絶つことで贖罪とする”
今回の浮島地区でのテロ活動は、紅い楯によるものだと告白している。これで計画が露見すれば多くの命が救われるだろうとも書かれていた。自分は死ぬが許してほしい……と。
不自然なほど自然な流れに、胸に突っかかりを覚える。
「気味悪ィな。まるで筋書きでも用意されてるみてぇじゃねーか」
ここに来てトントン拍子で事が進んでいる。爆弾の件は攘夷組織の紅い楯が計画してこの男が破綻させた。たまたま同じ場所で鬼兵隊が事を起こしただけ。……これで終わりなのか。大切な何かを忘れていないだろうか。明確な答えが出ないが、やはり何か腑に落ちない。
そこで土方はもう一度煙草の煙を吸い上げた。マヨネーズに負けないくらいに煙草は美味い。疲れた体に染みわたると言ってもいいだろう。
今回の
を巡る騒動……鬼兵隊の接触は想定できたはずだ。だが奴らが関与しているにしては納得できないこともある。
と接触し拉致や殺害に失敗したにしろ、こうも大人しく引き下がるわけがない。想定外の何かが起こったか、それすらも想定内だったか。考えても埒は明かない。
だが一度引いた以上、奴らは再び
と接触する。絶対に、だ。そして次は確実に事を遂行させるだろう。
を殺す、と。
「ったく、させるかよ」
投げ捨てた煙草を踏んだ土方の視線の先には、夜明けの空があった。
後に判明した事実は以下の通りである。
浮島地区の捜索の結果、鬼兵隊に関する証拠は一切見つからなかった。浮島サーカスで見つかった遺体はピエロの男であると判明。検死の結果、推測の通り死後数日は経っているという。目立った外傷は見当たらなかった。
やはり目撃情報と死亡推定時刻が微妙に合わなかった。だが推定時刻とて確実ではない。環境などの要因で多少ずれることだってある。念のために追加で捜査を進めようとしたが、上の役人はこの男が犯人だと決めつけていた。そしてその意向に沿うように捜査が打ち切られることになった。
なお浮島モールのオープンは延期となり、イベントも中止となった。
*****
それから数日。
日常。変わらぬ日常が戻ってきた……なんて簡単にいう事は出来ない。
あの時、私は殺されかけた。だけど肝心の攘夷浪士が見つかるどころか、手がかりすらないままだ。真選組の皆さんは捜索を続けてくれてはいるけれど。
以来、護衛と称して真選組隊士を必ず四人も万事屋の周辺に配置してくれている。みんなの説得もあってか、私は買い物当番から外れて料理や洗濯の担当になった。定春くんの散歩もお預けだ。外に出る時は万事屋全員でなら可ということになっている。それ以外はお留守番。不自由さは増したけれど、これで自身の身の安全や、誰かを巻き添えにする危険が無くなるならば。受け入れよう。
「はい! 今日はレシピを見て作った量増し料理です!」
「うおー豪華ネ!
も料理の腕上がってるヨ! マジうまいアル!!」
「えへん! ……ってもレシピ様々ですから。デザートにゼリーもあるからね」
よそったご飯を配って両手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
最近神楽ちゃんの食欲が増しているような気がするのはきっと気のせいではない。毎日一升ほどご飯を炊くのだが……いつもすっからかんになる。有り余る食欲恐るべし。
「よく噛んでね、神楽ちゃん」
「このハンバーグ美味いヨ」
「おろし醤油もあるから、味変したい時は言ってよ」
美味い美味いと頬張る新八くんと神楽ちゃん。負けじとメインのおかずを自らの取り皿に確保する銀さん。
私の視線は自然と彼、銀さんに向けられていた。
……。
いつもと変わらない、坂田銀時。でもなんだろう。前よりちょっと私に対して余所余所しくなった気がしなくもない。それは私の勘違いだろうか……わからない。戻していた視線はいつも彼を追っている。
私は、彼の師に似ているらしい。
写真も残っていないので、どんな人なのか顔を確認する事も出来ないけれど。あの時、私を見た時の銀さんの表情……今でもずっと脳裏に浮かぶ。その人に似ているから攘夷組織に命を狙われるなんて。馬鹿げた話。
正直なところ、家族だとか血縁関係なら“似てる”って事は何らおかしくはない。よく親子で歩いていると「お母さんに似てるわねー」とか声をかけられたり、成長と共に「親父の小さい頃にそっくり」とか思ったり、親戚の集まりとかで父母ではなく叔母や叔父といった人の方が似てるなって話になる時もあるものだ。
似ているのは……そう雰囲気とか、顔のパーツとか。まるで瓜二つのようにそっくりなことなんて双子でも無い限り、赤の他人ではまず無いだろう。
私は
。江戸で生まれの江戸育ち。
家の長女で下に妹が二人いた。妹たちは幼い頃に亡くなっている。父母はどちらも一人っ子で、叔父や叔母にあたる人も従姉妹もいない。血縁者と呼ばれる人はいない。
「……さん?
さんどうしたんですか」
新八くんの声がして私の意識が戻ってきた。食卓を囲んでいる神楽ちゃんもいつの間にか箸を止めていた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「大丈夫ですか? 最近あまり食が進んでないみたいですけど……」
「うん。大丈夫!」
「どこぞの殺し屋が襲ってきても私達がいれば大丈夫アル。腹が減っては戦も出来ぬネ」
大丈夫だともう一押しして
はご飯を頬張った。確かに考え事ばかりしていても何も進まない。神楽ちゃんの言う通りご飯はとても大切だ。四人揃ってこうして食卓を囲めることがどれだけありがたいことか。
食事が終わると、神楽ちゃんは定春くんの散歩に出かけた。私と新八くんは使い終わった食器を洗っている。これが終わったら真選組から預かった針仕事をする予定だ。ちなみに万事屋としての仕事は入っていない日なので、銀さんは横になってリビングでテレビを見ている。
「さっき神楽ちゃんも言ってましたけど、僕たちがいれば
さんは安全ですからね」
「ありがとう。新八くんは実家が道場だったのよね?」
「はい。今は姉と二人で切り盛りしてます」
「頃合いがきたら私も習おうかな。新八くんのお姉さんとてもしっかりしてて強いから」
「アハハ……姉は特別ですから。参考にはならないかもですが」
洗った食器を拭き終わると、私は冷蔵庫に残しておいてた最後のゼリーを一つ新八くんに渡した。「これは?」と驚く彼に伝える。ジュースをゼラチンで固めただけの簡単なものだけど、今日は均等に四つに分けることが出来ずに、一つ余ってしまったのだ。食器洗いを手伝ってくれたお礼である。
「銀さんにも神楽ちゃんにも内緒ね」と耳打ちすると静かに彼が頷いた。
*****
日に日に神楽ちゃんの食欲は増すばかりだった。その為なのだが、食材の調達も重要な仕事になってくる。私が万事屋業務の戦力になれない分、外部から請け負うお仕事も限りがある。それは収入にも直結してくるのだ。
今日は皆でお買い物。全員いるから私も外出することが出来る。勿論真選組の護衛もいる。それに四人揃っているということは、個数制限のある商品も複数手に入れることができる。近所の大江戸スーパーに来た私達は、一週間分の献立分の食材が書かれたメモ通りに品物をカゴに放り込む。
「
、酢昆布いいアルか?」
「予算に組み込んでいるから許可します」
「やったネ!」
「はーい、銀さんはこれよろしく」
「イチゴ牛乳は一本迄です。一本戻して来て下さい」
「いやこれイチゴ牛乳じゃなくて水だから。イチゴの絵が描かれてるけど水だから」
「……」
「大変ですよ! 規格外野菜の詰め放題セールやってます。五百円でした!!」
「トマトときゅうりはあった?」
「ビニール伸ばせばチョロいもんネ。私の力を見て地にひれ伏すヨロシ」
「無視ィ!? てか、
様イチゴ牛乳買ってくれよォォォ」
もちろんイチゴ牛乳は一本しか買っていない。規格外野菜詰め放題はビニールを限界まで伸ばしきり、硬い根菜類に加え、最初から狙っていたきゅうりとトマトを確保したのである。山盛りの手提げ袋は全員で手分けして運ぶ。
スーパーから出ると、目の前の駐輪場には自転車が所狭しと並んでいた。合間を縫って外の道に辿り着く。振り返ると店舗の出入り口から三人が出てきた。銀さんには十キロのお米二袋(計二十キロ)を運ぶのをお願いしたから、両手を塞がれてゆっくりとしか歩けなさそうだ。新八くんと神楽ちゃんは銀さんの左右で声だけで応援している。この重さを持てるのは流石に銀さんぐらいしかいない。お礼にもう一本イチゴ牛乳を買っておけばよかったかな……。まあいいか。
私の視界の端に何かが映り込むのが見えた。何だか視線を感じて、
は再び道路の方向を振り向いた。
「?」
目の前に男の人がいた。その服は真選組のもので隊長格の人しか着れないデザイン。金髪の短髪に鋭い目、印象的なのはお洒落な眼鏡。少しの間真選組と共に過ごした
であったが、その人の顔に覚えはない。挨拶をした事くらいある隊長格ならば尚更だ。護衛の人にしてはどうもおかしい。その男の人は私をジッと見ている。
昨今の真選組に対する盛んな攘夷活動により、護衛に隊長格が割り当てられる事はまずない。沖田さんは別……というか勝手に(サボって)来ているみたいだけど。警察車両で目立たないように、私たちの行動を見ているという方が正しいのかもしれない。わざわざこの距離に来るなんて、何か問題でもあったのだろうか。
「……フッ。失礼」
眼鏡を右手で直すとそのままスッと手を上げた。すると警察車両が横付けされる。運転手以外は誰も乗っていない。男は後部座席に颯爽と乗り込んだ。
「あの、貴方は?」
何だか奇妙に感じて真選組の男性に話しかけていた。私の声に気づいたのか、後部の窓が音を立てて下に降りる。レンズ越しに向けられた鋭い眼差し。或る意味野心のようなギラつきをひしひしと感じる。
「名乗るほどのものではないさ。今は。いずれ……思い知ることになるだろうがね」
男が手で合図をすると警察車両は発進した。
変な人。取っ付きにくいというか……プライド高くて気安く話しかけられないような、印象としてはそんな感じだ。真選組にあのような人がいたなんて私は知らなかった。恐らく会ったことはないと思う。
「お待たアル。それもこれも銀ちゃんが遅かったからネ」
「おーい新八ィ。その野菜袋と米一袋変わってくれよ頼むわ」
「嫌ですよ。行きしなのジャンケンで決めたじゃないですか。銀さんは米です。
さん?」
「何かあったアルか?」
傘を差した神楽ちゃんが首を傾げていた。
「ううん。違うの。真選組の人が居たの」
「ふーんそれは珍しいというか何というか」
「そりゃあれだよ。ナンパけしかけたら
だったっつーことよ」
「税金ドロボーも対外にするネ」
「さっ帰りましょ! 今日も美味しいご飯作るからね!」
そして万事屋四人並んで帰路に着いた。
その日の夜もやっぱり神楽ちゃんの食欲は旺盛だった。そんなこんなで、彼これ二週間ほど過ごしていると、何だか体型も変わって来たような気がするのも気のせいではない? うん?
それから体調不良を訴えた彼女を診察してみるも、特にこれと言って不調は見あたらないのである。その丸くなった見た目以外には。念のため、病院で詳しい検査を受けた方がいいのではないだろうか。私が問診して把握できる内容には限界がある。そうこうしていると銀さんが保険証を探してくれた。
ある日、お妙さんの家に遊びに行った神楽ちゃんは、口コミで有名な断食道場に合宿に行くと言い出した。そんな未成年なのに断食なんて。正直、もっといい方法があるのではないかと思う。食事内容を決めて運動量を増やすとか。まあ体調を整える為に週末の数日食事を抜いたり、消化の良いものを少量食べる健康法なら聞いたこともあるけれど。
お妙さんの助言もあって、一週間の計画で二人は断食合宿に参加することになった。実家が留守になると色々と困る新八くんも、二人が戻ってくるまでの間は万事屋業はお休みするとのこと。せめて晩ご飯は食べに来てねと言っておいた。
たった一週間限りの、銀さんと私の二人っきりの生活は……何といえばいいのか、熟年夫婦ばりの距離感なのである。会話も最低限だし、特別何かが起こるわけでもない。ただ私たちの間には、やっぱり見えざる溝か壁があるような気がする。ソファーに横たわり、鼻をほじりながらテレビを見る銀さんの前に、私は静かに冷えたイチゴ牛乳を差し出した。
彼の顔を見るのが怖くなって、目が合えば何を言われるのか不安に感じて台所に逆戻り。全て……早く思い出してしまえば楽になるのか。この不安がいつ消えるのか。わからなくなってきた。私はただ台所の窓に切り取られた空を見ていた。大江戸総合病院で看護師として働いていた時にも、確か空を見ていたなぁと思い出す。
ああ。ジャック先生も婦長も内野さんも他の人たちも……みんな元気で働いているのかな。
や蔵人は、あの家で変わらず過ごしているのだろうか。
私だけ。どうしてこんな有様で、前にも進まずのうのうと生きているのだろう。増してや攘夷組織に加担して裏切りなんて。私は、私は。赤の他人に瓜二つの私は、一体何者なのだろう。見えない亀裂は私たちを別つに止まらず、ゆっくりと、しかし確実に私を侵食する。
静かに溢れた熱い雫を、
は指先で払った。
【第九章、亀裂 完】
これに九章完結です。不穏な空気で終わり。。
最後にあの人が出てきましたね。ということは……つまりそういうことです。
20220509*星宮はちこ 裏語