レプリカ虚像乙女
【第十章、動乱 九十一話、約束】



断食道場から神楽ちゃんが戻って来た。
少し丸くなったとは言え思春期の女の子がいきなり断食なんて、身体に負担がかかったりリバウンドを起こしたりしないかと不安だった。話を聞くと、断食に堪え切れない場合は途中で中止し帰ることも出来るらしい。それに今回はお妙さんも一緒と言うことで了承したのだ。風呂敷に身の回り品を包み背負った姿。心配で心が痛みながらも見送ったのが遠い昔の様に感じられた。
そして、万事屋の玄関先で神楽ちゃんを見て私が絶句したのは言うまでもない。

あんなにしっとりとした重量感だった彼女がたった一週間で、恐ろしいまでにげっそりと痩せ細っていたためだ。一体断食道場で何があったのか。お妙さんの方は大丈夫なのだろうか。私の不安が的中してしまったのだろうか。

とりあえず、神楽ちゃんに体の不調があるか尋ねてみるも「腹減ったアル」と懇願するばかりで具体的な不調に関わる言葉は出てこない。そこで冷蔵庫の中を確認しても特にメインになるような食材は見当たらなかった。……あ、安売りで手に入れた卵ならある。との事で、すぐに準備して早炊きモードでコメを炊いた。

炊いたご飯と生卵。醤油瓶を添えて。

今の冷蔵庫の中身で出来る最大限の料理。……調理という調理は特に何もしていないけれど。もし自由に外出することが許されていたのなら、すぐにでもスーパーに買い出しに行っていただろうに。それが出来ないのが辛かった。一応新八くんが申し出てくれたけれど、空腹でイライラが募っている神楽ちゃんの拳の餌食になってしばらく倒れていたのはここだけの話。その暴挙を見た銀さんは恐れおののいて代わりの買い出しを申し出ることは無かったけれど。
そしてあれだけ不健康そうな顔をしていた彼女も、五合のご飯と生卵十個を使用した卵かけご飯の摂取により、いつもの可愛らしい笑顔が戻って来たので良しとしよう。ご馳走様の生き生きとした声が聞こえて頬が緩んだ。


「私がいなくて寂しかったアルか? まさか銀ちゃんに手ぇ出されてないネ?」
「大丈夫大丈夫!」
「姉上も驚くほど痩せ細ってしまって……まさか一週間であんなになるなんて。とりあえずご飯食べてもらって以前の姉上の姿まで戻りましたよ」


ハーゲンダッチは控えてますけどね、と彼は付け足した。新八くんの実家から頂いたお菓子を机に乗せる。淹れたての緑茶も人数分。元々乗っていた書類は下手に汚しても困るので隅へと寄せておこう。
「その紙は何なんですか?」新八くんにそう聞かれて、例の書類を手にとった。


「真選組からのお知らせと言うか、お願いみたいなものです」


三つ折りの紙を広げてみんなの前へ。それは真選組局長名義の手紙だった。白い紙に墨色の文字が並ぶ。


“万事屋諸君へ
兼ねてより殿の身辺警護にご協力頂き感謝申し上げる。
此度、武装警察組織である真選組の大幅な隊士増員に伴い、人員配置を改めたく、少しの間殿の四名体制の護衛任務を解く旨をご理解頂きたい。尚、護衛の任を解いたとは言え、我々は彼女の安全を第一に考えている事は言うまでもない事実であり、決して軽視しているわけではない事を申し上げておく。気がかりな事があれば、随時、真選組屯所まで連絡されたし。直ぐに局長を始め副長、参謀及び各隊長で対処する事を約束致す所存である。組織体制が落ち着き次第、護衛任務を再開するので暫しお待ち頂きたい。
昨今、過激派攘夷組織による攘夷活動が盛んなことは耳に届いていると思うが、殿自身も重々ご理解頂き、節度ある行動にご協力お願い申し上げる。
真選組局長 近藤勲

P.S 我が弟新八くん、お妙さんが断食修行からようやく戻って来たね。本当はこの俺も側から温かく見守りたかったけど真選組も今ちょっと忙しい時期で追えなかったよ。以前も美しいお姿だったけど、戻って来てからは更に可愛く美しい。またハーゲンダッチおねだりされたから届けに行くから。待っていてくれ、お妙さん”


「何考えてんだよこのゴリラァァァ!!!??? 姉上断食から帰って来てようやく元の体型に戻ったんだよ!? お前のハーゲンダッチでああなったんだよ!? 何また肥やそうとしてんの? ……てか、この手紙何ィ!? 前半あんなに真面目だったじゃん!? 真面目な内容書けるんだって思ったじゃん? 後半いつものゴリラで内容全然入ってこねぇじゃねぇかァァァ!!」

「新八ィ。文章でロング突っ込みは追えないアル。読者に優しく半分まとめろヨ」
「そーだぞ。読者はここまで九章分の文字読んでるんだから。考えてやれよ」
「九章って何ィ!? そもそもこれ一読者の二次創作だから!!」


真選組のお知らせを読み終わると同時に、新八くんの盛大な突っ込みが決まる。勢い余って彼が手にしていた用紙は真っ二つ。あはは……と、私は笑いながら用紙を受け取って机の上でくっつけた。

「実は山崎さんがお見えになって、丁寧に説明して頂きました」

真選組は隊士募集により少しずつ増員をしてきた。そして少し前にまとまった人数が入隊したと言う。隊士入隊の中心となった人物は、今まで外回りを担当していたためしばらくは屯所にはいなかったが、此度大勢を引き連れて屯所に戻ってきたらしい。隊士の増員。人員配置を含めて組織体制を改める必要があり、しばらくの間、四人体制の護衛を減らし二名体制に戻したいとのこと。体制が整い次第、護衛は四人に戻すとも言っていた。付け加えて、最近……単独で動いている真選組隊士が、攘夷浪士に襲撃される事件が多発しているらしい。隊士ですら単独行動を避け巡察は二名以上で行うよう、注意喚起がなされるほどなのだ。

さんは、万事屋の旦那がいるから安心です」

そう笑って山崎さんは屯所に帰っていった。


「まああれネ。は私たちが護るアル」
「税金ドロボーだろうと攘夷組織だろうと、万事屋からお嫁には出しませんってーの!」
「真選組まで狙われてるなんて、物騒ですね」


新八くんの呟きが耳に残った。でも私は、……真選組の皆さんの強さを知っている。少しの間一緒に過ごしてきたからわかるのだ。「大丈夫ですよ!」と明るい声を上げた。重くなっていた空気が少し変わったのを肌で感じる。


「近藤さんは丈夫だし、土方さんも沖田さんも強いし! 他の皆さんだって、単独行動さえしなければ大丈夫」
「ねぇそれゴリラ褒めてる?」
「ゴリラは頑丈さだけが取り柄ヨ」
「姉上に対する執着心は救いようがないですけど」


彼らは大丈夫だと私はそう信じている。「ですよね」なんて私が笑ったら、神楽ちゃんも笑い新八くんも微笑んだ。銀さんは相変わらず鼻をほじっていたけれど。


*****


今日の万事屋としての仕事は特に入っていない。
「私は散歩行くアル」と神楽ちゃんは定春くんを連れて出て行った。きっと二時間は戻ってこないだろう。新八くんは寺門通というアイドルのファンクラブのリーダーとして、重要な集まりがあるらしい。終わり次第そのまま実家に帰ります、と伝言を残して行ってしまった。

「……」

現在、万事屋には銀さんと二人きり。この状況は気まずい以外の何物でもない。
居間のソファーに向かい合いながら座っている我々の間に、会話はない。いよいよホンモノの熟年夫婦みたいになってきたではないか。何か話す?
いや別に話すことはない。台所……に行ってもすることはない。どうする私。
ふと見ると銀さんの体がモゾモゾと動いている。頭を掻きながら雑誌を読む……も落ち着きはない。というか本を読んでるのは雰囲気だけで、中身は入ってきてなさそうだった。

銀さんも……二人きりなら気まずいのかな。

そう考えてしまえばそれ以外に考えられなくなる。しかし仮にそうだとすれば、今の彼の落ち着きの無さに納得がいく。二人。どうしてわざわざ気まずい世界を築いているのだろう。本当なら私だって席を外すというか、外に買い物に行くだろうに。でもそれができないのは私が一人で出歩けないからだ。そして彼が外に出ないのは、ここに“私”がいるからだろう。彼は私を一人置いて出かけるなんてしない。

私が、何にもできない私がここにいるからだ。

彼は命の危険なんて感じることなしに、どこだって行こうと思えは行ける。万事屋のルールとして決めたのは、私が外に出る時は三人と一緒であること。それができないなら私は留守番だ。誰とも接触しなければいいだけで、一人で留守番をさせないという決まりはない。
決まりはないけれど、先の通り、今の状況で彼は外には行かないだろう。


「あっ、そういえばお醤油がなかったような……。明日の朝ごはん、きっと卵かけご飯だから神楽ちゃん困っちゃうかなぁ〜」


こう言った時、自分の演技力のなさが嫌になる。しかし女は度胸だ。やるしかない。変に緊張して棒読みになったのはご愛敬。


「銀さん? ちょっとスーパーまでお醤油買いに行って頂けませんか?」
「あ? んなの神楽に行かせりゃいいだろ。大体、今日の買い物当番はアイツだし」
「でも、もう晩ご飯の食材も揃っているから他に買う物もないし。わざわざ散歩から帰ってきて買い物に出てもらうのもなー、なんて……」
「……」
「ついでに神楽ちゃんの酢昆布も買ってきて貰いたいし。あっ銀さんのイチゴ牛乳も無くなりそうだわ。今週あと一本追加してもいいかな~」
「……」


忙しなく言い切るも銀さんの反応は薄い。あ、わかった行ってくるわ……なんて言葉が続く雰囲気では無かった。困ったフリをしながらも、そのまま彼と目を合わせることが憚れて視線は天井を右往左往。今の自分を端から見れない。



落ち着いた声で彼は私の名を呼んだ。迷っていた視線が下に降りてくる。
ぐうたらでやる気がない眼差しはそこにはない。ゆっくり立ち上がった銀さんの体が座ったままの私の視界に広がった。筋肉質で体格も身長もまるで違う私たち。男は見下ろし女は見上げる。若干の圧迫感、いや威圧感を感じるのは仕方のないことだろうか。


「今、がどんな状況にいるのか知らねぇとは言わせねえ。いつあの馬鹿に襲われるかもわからねーのに、一人になんかできるかよ」
「でも!」
「でもじゃねぇよ」
「……はぁ、ごめんなさい」


口で勝負しても負けるのはわかっている。彼の方が上手だ。経験上、私が何を言ってもあれこれ言いくるまれるのは目に見えていた。
言葉が続かなくなるといよいよ息が詰まってきそうだ。心さえも重く感じる。
「銀さんは私の命を狙っている人を知っているのですよね?」苦し紛れにそう呟くと、やや時間が空いてから「腐れ縁」とだけ。けれどそれ以外に、教えてくれる言葉は無いみたいだ。


「んな顔するなよ。な?」


上から降りてきた大きな掌が座ったままの私を頭を包んだ。銀さん。いつもはだらしないのに、優しくて大きくて頼れる人。衝動的にだろうか。私はその場に立ち上がり胸元に体を預けた。勢いもあったけれど、銀さんの体は難なく私を受け入れてくれる。
何だかお父さんみたい……父はいつだって私の頭を優しく撫でてくれたから。まあ銀さんの方が背格好も体格も大きいけれど。

「守ってやるよ」

その言葉を聞いて力んでいた全身が緩んだ。相手の体温をひしひしを感じる。彼が、万事屋がいてくれるから私も安心できる。私も向き合うことが出来る。

約束ですよ。

そう言って私はそっと右手を顔の前に差し出した。緩く握った拳にピンと小指を立てて指切りの仕草をして見せた。ニコリと笑った私には、それを見つめる銀さんの苦しい答えを知ることはない。


と言うわけで十章、動乱。真選組動乱編です。何だか色々ありそうな予感。
主人公が銀さんの地雷ぶち抜いてる。
20220703*星宮はちこ   裏語