レプリカ虚像乙女
【第十章、動乱 九十二話、二重人格】


 それは朝ご飯の片付けが終わった頃のことである。黒電話の呼び鈴が聞こえて、私は慌てて受話器を握った。

「はい万事屋銀ちゃんです」
「あっさんですか」
「新八くん?」

 電話の相手は新八くんだった。
 当日の報告になってすみません……との前置きを受けて、彼は用件を告げる。何と午前中のテレビ番組に出演するらしい。番組のテーマに沿った一般人を多数集めて討論し、現代社会の問題に迫るという内容とのこと。何それすごい。彼はかねてよりファンだった寺門通のファンクラブ会長という立場で出演するようだ。

 これは良きことを聞いた。放送時間とチャンネルをメモしておこう。と、私はチラシを切って作ったメモ帳と何かの景品でもらったボールペンに手を伸ばした。テレビ出演があるから今日は万事屋に行くの遅くなりますとのこと。頑張ってねと声をかけるのを忘れない。何だか新八くんのテンションが高く感じたのは気のせいではないはずだ。
受話器を下ろすと神楽ちゃんが入口から顔を覗かせているのが見える。

「仕事アルカ?」
「ううん。新八くんがテレビに出るんですって!」
「ほー。モテない男特集ネ」
「ハイこれ」

 さっきメモした番組情報を神楽ちゃんに渡した。今日はいい天気だから洗濯物干さなきゃ……あと他に針仕事も残っている。そう意気込んで洗濯カゴを持ち上げる。裏のベランダだから洗濯物干しは許してもらっている。まあ真選組には内緒なんだけど。しばらくしてが台所に戻るとウロウロと落ち着きのない神楽が目に留まった。どうやら何かを探しているらしい。

「どうしたの神楽ちゃん?」

こちらを見上げる表情はどこか元気がないように見えた。


「腹減ったアル」
「うーん。食パンならあるけど……」


 上にチーズのリクエストを受けて冷蔵庫の中を探る。あ、空だと思っていた包装の中に一枚だけ残っていた。良かった。居間で焼くからとホップアップ式のトースターを手に神楽ちゃんが笑った。先ほどの元気の無さはどこへいったのやら。今はとても嬉しそう。良かったの一言に尽きる。
 私は残りの洗濯物を干すそのままバルコニーに戻ると、神楽ちゃんが「! 始まったネ」と呼ぶまで洗濯物の皺と格闘していた。

「新八くんどう? 映ってる?」

 部屋の奥にあるテレビ。それをかじりつくように見つめる銀さんと神楽ちゃんの後ろ姿。真剣に番組を見ているのだろう。二人に近づいて画面を見ると、何やら人がわんさかと写っている。

 ……取っ組み合い? 何の番組? あ、新八くんだ。

 それを認識したと同時に、銀さんが何やら呟いていた。途端に画面は「しばらくお待ちください」に変わる。


「何これ?どうしちゃったの」
「わからないネ」


 放送事故でも起こったのだろうか。いやしかし、さっきは取っ組み合いをしていたようにも見えた。乱闘か。新八くん曰く、現代社会の問題に迫るはずの番組なのではなかったのだろうか。過激な人がいて手を出しちゃった的な……十分あり得る。やがて静止画のまま動かなかった映像は、次に予定されていたニュース番組に変わった。









「ただいま戻りました」


 ガラガラと玄関が開く音がしたと思ったら、どこか疲れたような新八くんの声が聞こえた。いつもの溌剌とした様子は感じられない。やっぱりテレビ番組で何かあったのだろうか。「お帰りなさい」と声をかけて玄関へ急いだ。すると新八くんの後ろに何やら人影が揺らいだのが見えた。あれは……

「土方さん……その格好」
「すみません。訳あって連れて帰ってきました」

 新八くんに後ろに立っていたのは真選組の土方さん。今日は真選組の仕事はお休みなのだろうか、隊服でもいつもの着流でもない。何というか……袖の無い個性的な格好をしている。私は二人を居間に促し、お茶用の湯を沸かすために水を汲んだ。湯呑みは五個。あ、おせんべいがあるから茶菓子にしよう。シュウシュウと湯気が立つのを見計らい、急須に茶葉を量る。湯呑みにお湯を移してからそれを急須に注いだ。
 居間には万事屋組と土方さんが向って座っている。「どうぞ」と、みんなの前へお茶とおせんべいを出したタイミングで土方さんの衝撃的な言葉が耳に入った。

「ああ、真選組ならクビになったでござる」

 その言葉に思わずギョッと驚き、ちらりと土方さんの顔を盗み見る。男の表情には焦りなどは感じられない。どこ他人事のような雰囲気だ。新八くんの盛大な突っ込みを受けて、土方さんはあれこれ言い訳のような理由を語った。と言っても、真選組を退職した事実に衝撃を受けたには周囲の声は届かない。そう言えば土方さん…いつものクールな雰囲気とどうも違うような気が。探る様に彼の瞳をジッと見つめる。


「土方さん……もしかして熱でもあります? 体調不良とかですか? ご乱心されたの?」
「……」


 半ば失礼なことを言っているのは薄々感じてはいる。でも聞かずにはいられなかった。彼の顔を覗き込むように視線を交じわせる……も、プイッと視線を外された。以前の土方さんならば考えられない。何なら、一睨みでカエルだろうと攘夷浪士だろうと縮こまらせるほどの眼力を持っていたのに。

「私を見て下さい」

 外した視線の先に割り込むもイタチごっこ。どうしてもに向き合う気はないようだ。だが顔はうっすら赤らんでいるような気がしなくもない。「そのくらいにしといてやれよ」銀さんの声に、今回は仕方がなしに引いた。
 土方さんが私の知る土方さんでなくなっているような……そんな気がした。まるで別人。一体彼の身に何があったというのか。


「しかしまいったな、実は貯金をほとんどフィギュアに使ってしまってね。もう刀でも売るしかないか」
「最低なんですけどこの人!」


 土方は刀をマジマジと見つめながら語った。すでに何度も売ろうとしているけれども手から離れないらしい。そして、寝て起きたら刀が美少女になっているとか何とか。
 いやもう、寝て起きて土方さんが元に戻っていて欲しいというのは私の本音でもある。目の前の現実に起こっている悪夢。いつ醒めているのかも怪しい現実。
私が記憶喪失だというのなら……土方さんは二重人格のような状態とでも言うべきか。突然別人のようになってしまうことに、論理的かつ医学的な説明が必要ならば、精神的な疾患。確か……近頃、精神疾患の研究が進んでいて病名がついたはずだ。何だったっけ? うーん。


「ったく、コイツに何があったかは知らねーが、刀に関係するなら詳しい奴に聞くしかねーか」
「と言うことは村田さんの所ですね」
「この刀そんなにすごいアルか? 卍解するネ?」
「コイツ(土方)見ろ。刀じゃなくて脳味噌が卍解してやがる」


 何だっけあの精神疾患。はまだその病名を思い出せないでいた。顎に手を当てて唸ってみるも思い出せない。ガサガサとみんなが支度をし始めて意識が戻ってきた。あれ? 何故かみんな玄関にいるではないか。

、行くぞ」

 えっ……どこに? と言うか、私が外に出てもいいのだろうか。お留守番していた方がいいのでは。開いた玄関戸の光が彼らの影を伸ばす。


「万事屋全員いるんだ。安心だろ? さっ、行くぞ」
「わかりました。ちょっと待って下さいね」
「お出かけお出かけ♪ も久々のシャバの空気吸い込むヨロシ!」
「いや神楽ちゃん。さんだって好きで留守番してる訳じゃないから。ついでにここ牢獄でもないから」


 玄関に私の影が一つ増えた。万事屋の戸締りは忘れない。土方さんの刀の件で、知り合いの刀鍛冶の元を訪れて話を聞くとのこと。階段を降りた万事屋一行は、飲み屋街の外れにある工房に足を進めた。


*****


 江戸かぶき町の外れ。村田鉄子が営む小さな刀鍛冶の店にたどり着いた我々は、開きっぱなしの建屋に入り込む。「邪魔するぜ」まるで家に帰ってきたかのよう。しかし私と土方さん以外は面識があるらしく、中にいた女性は「いらっしゃい」と優しい笑顔で迎え入れたのである。
 初対面の私を見つけた彼女は、静かに会釈をしてくれた。


「この町で刀鍛冶をしている村田鉄子だ。よろしく」
「初めまして、と申します」


 自己紹介がてら鉄子は自身と万事屋との関わりを教えてくれた。彼女には兄がいた。刀鍛冶としての技能は文句が無かったが、精神的な未熟さと焦りから攘夷組織と繋がりを持ったと言う。彼女の兄の暴挙を止める為に頼ったのが万事屋だった。その一件はニュースになる程大きな事件となる。詳細は教えてはくれなかったが。その事件の折、彼女の兄は亡くなった。父と兄の意思を引き継いで、ここで彼女自身も切磋琢磨しながら店を営んでいるのだ。

 彼女のお兄さんは……攘夷組織に協力していた。そして私も攘夷組織に協力していた。同じ。鉄子さんのお兄さんと私。どうして攘夷組織なんかに手を貸してしまったのだろうか。何が不都合な事実でも握られた? 精神的な弱さからつけ込まれた? あるいは明確な意図があって協力したのか……わからない。


「で、この刀なんだが……一体どんな代物かわかるか?」


 簡易的な椅子に座った鉄子さんの視線の先に、土方さんの抜身の刀が差し出される。マジマジと食い入るように見つめた彼女は感嘆の声を漏らした。その刀身に指を這わせながら女は頷く。

「この表と裏そろった刃紋。間違いない、村麻紗だ」

 鉄子はそう言い切った。刀の歴史は室町時代に遡る。時の刀匠「千子村麻紗」によって打たれたと言われる名刀。その当家の美しさはもちろん、切れ味、歴史的価値もさることながら、人の魂を喰らう妖刀としても知られると言う。
 その想像力を膨らませる言葉に反応したのは、今はオタクと化した土方だ。驚くほどの熱量にはかつての面影はない。まるで別人。鉄子に迫りつつ彼女を困惑させた。引き剥がした銀さんが無音のまま足蹴りしてるけど。

「銀さん! いい加減にして下さい。怪我しますから!」
「ったく、ぶっ叩いて鍛え直してやってるんだよ」
「人間と刀を同じにしては駄目です」

 服に付いた土汚れを払い落とす。その人は見る影の無くなった真選組副長。今はもう真選組を辞めちゃったと言うのだから……ただの男性? 考えれば考えるほど不憫に思えて仕方がない。いや、私が変に同情するのもアレだけれども。

「その、妖刀って一体どんな……」

 恐る恐ると探るような新八くんの声。
 噛み締めるように鉄子は押し黙った。やがてゆっくりとその妖刀に秘められた伝説を語り出す。全てを語り終えた時、新八の雄叫びのような突っ込みが響き渡った。


動乱編、土方さんに出会うの巻。この時点で真選組側の話はかなり動いてますね。
20220904*星宮はちこ   裏語