レプリカ虚像乙女
【第十章、動乱 九十六話、絆】
が離脱した警察車両は猛スピードで江戸郊外に向かっていた。
隊服を着た万事屋の三人と土方は無言のまま。無線からはもう何も聞こえない。今現在置かれている情報すら手に入らない。だが武州に向かう列車の中、真選組局長近藤勲の命が狙われているのは確かなのだ。もう“それ”が始まっているのかもしれない。早く、早く。表情には出していないが各々の中に緊張と焦りが生じていた。
江戸を外れると小さな町や村が点在し、周囲は田んぼや草原の景色が続く。それらも離れると周囲には何も無くなってくる。だだっ広い平野には一直線に線路が這い伸びていた。視界の遥か遠く。線路の先に胡麻粒のような存在が複数見えてくる。スピードを限界まで上げて徐々にではあるがその差を縮めた。
列車だけではなく、周囲にはオフロード仕様の「じーぷ」なる車両が取り囲んでいる。内輪揉めにしては大事(おおごと)だ。
ヘタレから戻ってきた副長はかっこよく屋根の上で決めさせておく。
「いっちょ派手に行ってやらァ!!」
「「らじゃーアル/です!!」」
構えた大筒が火を噴いた。
「御用改めであるぅぅ!! てめーら神妙にお縄につきやがれぇぇぇぇ!!!」
高らかに宣戦布告が響き渡った。
銀時たちが乱入した先は真選組の反乱分子に限らず、攘夷浪士の姿があった。辺りの集団を蹴散らしながら、近藤がいるであろう最後尾の車両の元へ。自ら呪いを抑え込んだ土方は真選組参謀の伊東と、新八と神楽の乗る車両から離れた銀時は攘夷浪士の河上万斉と対峙するに至る。
そして彼の口から鬼兵隊の真の目的が語られた。伊東は最初から捨て駒であったこと。伊東が真選組を乗っ取ることで鬼兵隊と持ちつ持たれつの関係となる……のは建前で、実際は真選組内の混乱を誘いどちらも討つのである。計画の真意を聞いても銀時の中に動揺は生まれなかった。
ただその時、銀時の背後で大きな爆発音が轟いたのである。この先……何があっただろうか。周囲は人里から離れていて爆発するようなものはない。そう、先ほど離れた機関列車以外は。まさか。向こう(車両側)には真選組だけではなく新八と神楽がいる。早く向かわなければならない。
線路沿いに進もうとする行手を阻むのは河上の刃。正直、攘夷浪士だが何だか知らないが、奴らにかまっている暇はない。抜け出そうとすれば、途端に弦に捕われる。
「余り動かぬ方がいい。この弦は鋼鉄の強度を誇る故。手足など簡単に千切れよう」
「あァ!? 止まらねぇんだよ」
前へ前へと体は進み手足に巻き付いた鋼が食い込む。腕や足の一本ぐらいどうって事ない。彼らの元へと向かう意思は止まらない。こんな鋼の糸になんか千切れやしない。糸。見えない糸。
腐れ縁。
簡単になんか切れやしない。むしろ強くなっていく。ブチブチと金属が千切れる音がすると万斉の表情が変わった。最後の一本が切れると同時に銀時の体は前に進む。
目の前には谷に掛かる橋。終盤で爆発があったのであろう、先頭車両はぽっかり空いた穴にもたげて先が見えない。最後尾の車両はもう目の前だ。周囲には攘夷組織のヘリが旋回し、その側面からは大きなライフルを持った大男が顔を覗かせている。車両の外観には打ち込まれた弾丸の穴が、まるで蜂の巣のように並んでいるではないか。
「待ってろォォォ! 今行く! うぉぉぉぉぉ!!!!!」
背後で動く気配に体が反応する。木刀の先で男の鳩尾を捉えて、こちらに向かってくる勢いのまま振り投げる。反対側の軌道に乗った……先にはヘリの運転部があった。勢いよくそのままヘリに飛び上がった。列車から銀時を呼ぶ声が聞こえる。
銀時の木刀に押された男が運転部にめり込んでいく。何やらごちゃごちゃと叫んでくるがどーだっていい。振り上げた万斉の刃が銀時の左肩を斬り、周囲に血が飛ぶのが見えた。刀の勢いで銀時の体はヘリから離れて地面に叩きつけられる。だが彼の木刀には万斉の弦が繋がれていた。糸。戦いを終わらせる切り札は銀時の木刀に繋がっている。
「おらァ! よく聞け!!!」
目の前でヘリに縛り付けられた男。未だヘリからライフル弾が打ち込まれるがそんな物には構っていられない。
「今も昔もなァ……俺の護るモンは何一つ変わっちゃいねぇんだ!!!」
何も変わらない。
昔から俺は、大切なものを護るために刀を振るってきた。戦争だ何だは知りはしない。国なんてどーてもいい。俺にとって大切なものが奪われようとした時、壊されようとした時、傷つけられようとした時、ただそれを護ろうとするのに理由なんていらない。体が勝手に動くだけだ。目の前に刀があろうが棒があろうが構いやしない。そこで命毀れてしまうことも関係ない。ただそれだけ。
力ませに振り抜いた木刀。繋がった鋼鉄の糸がヘリの軌道を変える。プツンと切れた弦。地面に食い込んだ木刀の勢いでその場に倒れ込む男。地に堕ち、鈍い破壊音と共に飛び散るヘリの部品。回ったプロペラが地にめり込む。やがて燃料を積んだ機体が爆発した。河上万斉の乗ったヘリの墜落に、攘夷浪士の間に動揺が広がっていくのを肌で感じた。
「総員に次ぐ! 敵の大将は討ち取った!! 一気に畳み掛けろォォ!!」
土方の声に真選組の隊士が刀を持って広がっていく。鬼兵隊側は大勢を崩されて一目散にと退き始めた。戦いが静かに収束していく。残ったのは転がる骸、血の跡、列車や自動車の残骸ばかり。もくもくと煙が上がるものも残っている。
満身創痍の伊東が連れ出された。取り囲むは真選組の隊士数十人。彼の真選組隊士として最後の戦い。
土方十四郎と伊東鴨太郎。
似て非なる二人。出会う場所が違っていたなら。もう少し早く大切なモノの存在に気付けていたのなら。もっと違う、別の結末を迎えることができたのだろうか。言うは易い。そしてそれでも、考えずにはいられない。
刀を持った二人が向かい合い、名を呼び合いながら互いに斬りかかる。振り切った刃の軌跡。振り返ったのは伊東だった。その肩からはおびただしい量の血液が吹き出している。
おかしい話だ。見えるはずのない物が見えるなんて。それは大切な糸。伊東自身が欲していたモノ。既に繋がっていたのに見向きも気づきもしなかったやつ。土方も近藤も、沖田も。その他の隊士全員と確かに繋がっていた。
最期にその存在を知ることができて、伊東は笑った。一人じゃないと思うことができて、彼はようやく彼自身を受け入れることができたのである。天才肌のすまし顔だったはずの男の視界が滲んでいた。最後に感謝の言葉を残して伊東は地に倒れた。
思うことがあるのだろう。真選組の誰もが口を閉じたままだ。愛用の煙草を咥えた土方の口元から一筋の煙が吐き出された。これで……全部終わったのだ。
ーパチパチパチ
空気が振動するように響きわたるのは拍手だった。円になっていた真選組の面々も、列車の前で彼らを静かに見ていた万事屋側も音がする方向に視線を向けた。隊長格ではない一般隊士の格好をした男が一人、輪から外れて拍手をしていた。この状況でニコニコと笑っている様は異様とも言うべきか。
「ブラボォー! いやぁー素晴らしい! 面白い! 楽しい! 良い見世物だ!!」
この状況に響く剽軽な声。イカれてる、と言葉が浮かんだ。
そして同時に導き出したのは、目の前の男が真選組ではないと言う事実だ。男の出現に土方と沖田の二人は既に柄に手を添えている。何か動きを見せれば、すぐにでも斬りかかってきそうだ。
「ああ失礼。俺は真選組には用がないから安心して。今は丁重にその遺体を弔うべきだ。ね、白夜叉?」
「てめぇ……いつぞやの情報屋だな」
「当たり!」
男の関心は真選組にはない。途端に体の向きを変えてケラケラと笑っている。
銀時の隣に並ぶ新八と神楽が身を構えた。銀時は手で彼らを制止し、一歩一歩男に近づいていく。男が用あるのは他の誰でもない。銀時だけだろう。
「良いモノ見せてもらってご機嫌だよ。君にサービスで教えてあげよう」
「ア? 野郎のサービスなんていらねーわ。こちとら面倒事に巻き込まれて疲れてんだコラ」
「うーん。君、アホ?」
首を傾げる様は他人をイラつかせるには十分だ。何ならぶん殴りたい。と言うかぶん殴っても良い?
「アア゛? 誰がアホだ? アホって言った方がアホなんだよバカ! バーカバーカ!」
「じゃあやっぱ君じゃん。で、話戻すけど今回の騒ぎ。ピンとこないの?」
「何だやんのかゴラァ!?」
「さっきは雄弁に語ってたくせにとんだお間抜けさんだなぁ」
情報屋の顔から笑みが消えていく。
大切なモノを護るには、誰の手にも届かない所に隠すのも手の一つ。でも本当に護りたいものは手放しちゃいけないね。男は真顔で言った。
「君は
の手を離した。この騒動に鬼兵隊が噛んでいる時点で気づくべきだよ」
遠ざけることで守ったつもりでも、逆。彼女を一人にした途端に掻っ攫われることは必須だ。銀時は思考が真っ白に飛んだ。彼女は今万事屋に一人だ。来客には応対しないように伝えているが、奴らには引き戸の玄関扉などあってないようなもの。
の身が危ない。
「お前
に何する気アルか!! 状況によってはタダで帰さないネ!」
「銀さん! とりあえず早く万事屋に戻りましょう!!」
二人の叫びに、情報屋が立てた人差し指を軽く左右に振った。
「残念! 遅い!」
この男はこうなることも知っていたのだろう。全ては奴らの掌の上ということか。やっぱぶん殴らないと気が済まない。一回どころじゃなくボコボコになるまでは。
「おいイカれ野郎。お前ら
に何する気だ」
「俺の役は彼女が“ここにいた場合”の奪還だけど。やることないなら君らの足止めかな? まあ良いもの見れたから大満足さ。あ、向こうは噂の総督殿直々に行ってるよ」
「高杉か」
「もー大変だったんだよ! 浮島で戻ってくるはずだったのに君が邪魔するから。俺、久々に殺されかけたから」
てへっ、と舌を出しながらわざとらしく笑う。
どこまでも本心を出さない、食えない男だ。こうしている間にも
の身に危険が迫っている。
「万事屋ァ!! 動く車が残ってらァ! お前らだけでもすぐ江戸に戻れ!!」
「俺も一緒に行きやさァ」
血塗れの服のまま沖田が助手席に乗り込んでいた。今からでも間に合うだろうか。どうか彼女が無事であることを祈る。再び刀を握った土方がこちら側に歩いてくる。数的には優勢だ。
「無駄無駄無駄ァ。遅いって言ってるでしょ。俺のお迎えが……君たちには永遠のお別れがすぐに来るよ」
今にも一触即発の状況だ。
その時、遠くから音が聞こえた。それはだんだんと大きくなり近づいてくるのがわかる。これは……何だ。何の音だろうか。「ヘリが」空を見上げた新八の声は規則正しい騒音の合間によく通る。上空を旋回するヘリが一台。先ほど墜落した機体と同じ形をしているが、ライフルを持った男は見えなかった。
「んだコラ上等だ! 撃ち落としてやる! 真選組ちょっとバズーカ貸せ」
「駄目だって! あれ
ちゃん乗ってるから」
「何だと?」
目を凝らして機体を見ても、スモークのかかった窓からは中が見えない。操縦席にはヘルメットをかぶった人間が一人いるだけで、操縦席から後方を窺うこともできなかった。ヘリから落ちてきたのは縄梯子だ。先端は相当の重さなのだろう。それは風に僅かに翻りながらも十数メートル下までまっすぐ伸びている。
「テメェ!!」
皆の意識が空に向けられていた一瞬の隙をついて、突如、男が走り出した。止まっていた車両の上に飛び乗ると、その勢いのまま空に手を伸ばす。沖田が即座に反応して刀を振り抜くが体を捻って避けられた。情報屋は絶妙なタイミングで上部を通り過ぎた縄梯子を、掴み取ったと同時に足を絡ませた。
「バイバーイ」
「おい待て!
に手ぇ出したらただじゃ済まさねぇからな!」
「それは誤解だ。
は最初から鬼兵隊の一員だったよ」
「んなわけあるか!!」
ヒラヒラと手を振りながら男が笑う。何度見ても嫌になる顔だ。
銀時は真選組の隊士が持っていたバズーカを奪って肩に構えた。恐らく対空仕様ではないから距離が離れたら撃ち落とせはしないだろう。今ならまだ間に合う。引き金に手をかけた。
「万事屋!
が乗ってるかも知れねーんだぞ!」
「トッシーの言う通りアル」
「待って! それは撃たせないための口実かも知れないですよ」
「……」
引き金に掛けた指は動かなかった。あのヘリに
が乗っているなんて、情報屋お得意の嘘なのかも知れない。しかし銀時には引き金を引けなかった。そんなのは嘘だと信じたい。
「クソッ!」
万事屋と沖田の四人は、ボロボロの警察車両に乗って急ぎ江戸市内のかぶき町に舞い戻った。夜明けの明かりは疾うに上りきり、明るい朝の姿をみせている。ただ周囲には戦闘の痕跡が残ったまま時が止まったかのように思える。
ダンダンダンとブーツの底が建屋の階段を踏みつける音が響く。万事屋一行を迎えたのは
の笑顔……ではなく破壊された玄関だった。靴を脱ぐことも忘れてそのまま踏み込んでいく。
「ワンワンワン!」
定春の鳴き声が響いている。
「定春!
はいるか!?」
居間に置かれたソファーの横には力なく耳を垂らした定春がいる。ソファーにはまるでそこに“いた”かのようにブランケットが乱れたまま置かれていた。しかし二階をどれだけ探してみても、
の姿は見当たらなかった。
万事屋方面の補完でした。閑話でやると思ってたけど違った……。
20240506*星宮はちこ 裏語